第26話 極寒の監獄

 雷光の紳士が捕縛された翌日の朝刊は、その話題で一面が埋め尽くされていた。


(ふむ。やはり好意的な意見は少ないですね。カミナの言った通り、メディアは彼を泥棒として扱うと)


 宿の近くにあるカフェで、コーヒーを飲みながら優雅に朝刊に目を通しているケルノス。


「やっぱり俺の予想通りだったな」

「うわ! 気配を消して後ろから声を掛けるのは止めてくださいよ」

「はっはっは、悪い悪い」

「まったく。……しかし、彼のある事ない事、好きに書いていますね。完全に自己顕示欲のための愉快犯に仕立て上げたいようです」

「まぁ、その方が引きがあるし、後は上からの圧力ってところだろ。俺は義賊の英雄譚も悪くないと思うが、捕まっちまったら仕方ない」

「そうですね」

「自己顕示欲のためってのはあながち間違いじゃないけどな。わざわざ予告状出したり、金をバラ撒いたりしなけりゃ、もう少し盗みもやり易かっただろ」


 運ばれて来たコーヒーを一気に流し込むカミナ。


「何にしろ、コイツが面白そうな奴ってことは分かった」

「行く気ですか? 彼が昨夜の内に運ばれたのは『アルカズ』という難攻不落の監獄街。おすすめはしませんよ」

「何で?」

「入ったが最後、生きては出られない、死んでも出られない地獄への片道切符。それがアルカズの異名です」

「へぇ、そいつは過酷そうだ」

「…………やれやれ、なんでそんな楽しそうな表情なんですか。まぁ、いつものことですけど」

「ケルノス。悪いがクレアを頼めるか」

「そうですね。アルカズにクレアを連れて行くのは危険過ぎますから。私とクレアはこの中流層で待っていますよ」

「悪いな。…………で、そのアルカズってのはどこにあるんだ?」

「それならウチが知ってるよ」

「鳳仙。聞いてたのか」

「途中からね。ウチも興味あるから、一緒に行くよ」

「そうか。じゃぁ、一緒に行くか」


 早速その場を立ち去ろうとする二人。


「あぁ、ちょっと待ってください。アルカズはかなり寒い地域にあります。その恰好では」

「あん? 俺はそういうのは大丈夫だ」

「ウチもどっちかと言えば寒い所は得意だから」

「そうですか。…………普通の人と同じに考えた私が馬鹿でしたかね。それと、これ」

「なんだ? これは」

「ここに戻ってくるためのチケットですよ。カミナと鳳仙が興味を持って追いかける可能性は高いと思いまして。さっき用意しておいたんです」

「手回しが良いな。ありがとな。じゃぁ、行ってくるぜ」


 カミナと鳳仙はアルカズに向かい出発した。


(…………まぁ、あの二人なら大丈夫だと思いますが。…………あ、コーヒー代)


 宿に帰ると、むくれた表情のクレアが駆け寄って来た。


「も~、どこいってたの? 私とシンだけ置いてけぼりなんてヒドイよ」

「あぁ、すみません。私もこんなことになるとは思っていなかったので」

「こんなこと?」


 事の次第を説明するケルノス。


「え~、私も行きたかったな~」

「仕方ありませんよ。今回に関しては危険なことが予め分かっている訳ですから」

「ん~。そうだよね」

「あの二人のことです。二~三日もすれば戻って来ますよ」

「うん」

「せっかくです、少しゆっくり休むのも悪くないでしょう。特にクレアは」

「そうだね。よし、じゃぁケルノスに買い物とか付き合ってもらお」

「えぇ、良いですよ」


 アルカズに向け疾風の如く進む二人。


「で、アルカズってのはどれぐらいで着くんだ?」

「ん~。この速さなら半日ぐらいで着くと思うよ」

「捕まった奴に追いついたりしねーかな」

「それは無理じゃない? 多分、移動には『スメラギトンボ』を使ってるだろうから」

「スメラギトンボ?」

「うん。神人の一部だけが使う超大型のトンボ。当然飛べるし速いから、もうアルカズに着いてると思う」

「そうか。…………うん? なんだアレは?」


 走っている二人の前に走っている人影が見えた。二人に比べれば遅いが、それでも常人では考えられない速度である。


「ちょっと速度を上げるか。付いて来れるか?」

「うん。もう少しなら」


 一段速度を上げ、前を走っている影に追いついた二人。


「お! 何だ子供じゃねーか」

「本当だ。クレアと同じぐらいかな。この男の子」

「うわ!? なんっすか、アンタたち。て言うか自分のスピードに追い付くってナニモノっすか?」

「まぁ、自己紹介は後々で良いだろ。で、アンタはそんなに急いでどこ行くの?」

「じ、自分はジェントルを追っかけてるっす」

「ジェントル?」

「知らないっすか? 雷光の紳士って呼ばれてる人っすよ」

「お、てことはアンタもアルカズに向かってんのか」

「もって。アンタたちもアルカズに?」

「あぁ。せっかくだ、一緒に行くか」


 数時間、森を抜け山を越え、熱気あふれる荒野から身の震える寒冷の大地と、劇的に変わる気候の中を走り続けた三人。


「お! なんか見えて来たぜ」


 およそ人の住むような所では無い。それが証拠にここまで建物らしい建物など無かった。が、突如として視界に入って来たそれは、難攻不落という言葉が似合い過ぎる様相を呈している。


「ほ~、これがアルカズか」

「ドーゴの大門よりも大きいね、この門。城壁もそれと同じ、いやそれ以上に大きいか」

「そんじょそこらの攻撃じゃビクともしないだろうな。確かに難攻不落か」

「はぁ、はぁ。ア、アンタたち、速すぎるっす」

「おう、アンタなかなかやるな。俺たちに最後まで付いて来たのか」

「で、一体なにものなんっすか?」

「俺はカミナ」

「ウチは鳳仙」

「自分は『フィリオ』っす。それで、なんでここに来ようと?」

「俺たちはアンタと一緒、雷光の紳士って奴に興味があってな」

「そんなフワッとした理由でここまで来たんすか」

「フィリオ君はなんで雷光の紳士を追いかけてんの?」

「自分はジェントルのパートナー。……弟子かな? なんすよ」

「なるほど。それで助けに来たのか」

「そうっす。そもそも昨日ジェントルが捕まったのは自分のヘマが原因っすから」

「そうなんだ。でもさ、どうやって助ける気? この中は使徒や神人がウヨウヨ居るはずだけど」


 しばらく考えた後、フィリオはガックリと肩を落とす。


「そうなんっす。走りながら薄々気づいてはいたんすけど。とりあえず追いかけようって頭が一杯で」

「後のことは何にも考えてなかったんだ」

「どうしたら良いっすかね。自分、走るのが速いだけで、戦いは全然ダメなんっすよ」

「ふ~ん。なら俺たちと一緒に来るか?」

「え! 良いんっすか?」

「あぁ。ただし、俺は別にアンタをわざわざ守ったりはしないぜ。雷光の紳士に会うために邪魔なモノは排除するから、後を勝手に付いて来な」

「それで十分っす。感謝っす。…………でも、どうやって中に入るっすか?」

「確かに高い壁だが。まぁ、大丈夫だろ」


 カミナはフィリオを脇に抱え、ググッと膝をかがめた。


「え? まさか」


 20メートルは優にあるであろう壁。カミナと鳳仙は途中で数度ほど壁を蹴り、一瞬で越えていく。フィリオにとってはとんでもない落差のジェットコースターだ。


「ふぅ、行くかね。……ありゃ、大丈夫か?」

「だ、大丈夫っす。……たぶん」

「そうか、なら行くぞ」

「は、はいっす」


 しばらくアルカズの中を歩くカミナ達。


「…………何かイメージと違うな」

「なにが?」

「いや、監獄なんだから普通はもっと看守とかがウロウロしてるんじゃねーのか?」

「ここは外の環境自体がこんな感じで極寒っすからね。それ自体が看守の代わりみたいなもんなんっすよ」

「ただ寒いだけだろ」

「ねぇ」

「それは二人が異常なだけっす。自分の恰好見れば分かるでしょ。こんなモフモフしたの着ても寒いぐらいっすよ。二人ともメチャクチャ薄着じゃないっすか」

「そんな変人みたいに言うなよ。照れるぜ」

「褒めてないっす。なんで二人ともちょっと照れた感じなんすか。あっと、ムダ話はここまでっす」


 何も無かった所に、突如として巨大なタワーが現れる。


「この中が本当のアルカズっす」

「本当の?」

「そうっす。このタワーが監獄になっていて、上に行くほど基本的には罪が重い人が投獄されてるっす」

「へぇ~。で、雷光の紳士はどの辺に居るんだ?」

「それは分からないっす。でも、低層階に居る可能性は低いと思うっす」

「そうか。まぁ、とりあえず行ってみるしかねーだろ」

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天下無双の神殺し @eiji777

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