第2話 なんか森に入った
市華はあの後仲間3人を転職させて殺人鬼パーティーの錬成士、狩人、魔道士にして北の森に入った。
そこは王国も手を出さないモンスターの巣窟で、あの兵隊長くらいしか入らない。
「なんでこんなところにいきなり行くんすか?」
うんざり顔で狩人になった処理担当の兵隊は市華にそう尋ねた。
そのベルスター・ノンセルスに市華は楽しそうな顔で答えた。
「本によると人間はモンスターの討伐で強くなるとあったからね。この世界での目的はまだ決まってないけど、とりあえず能力の練習と魔法の取得も兼ねて入ったんだよ」
明確な目的を持って入ったことを知ってベルスターは仕方ないという表情になってから弓矢を装備した。
魔道士になったベルン・ラステラは感知魔法でモンスターを見つけて言った。
「ベルスターさん!南東より3匹の小モンスター反応!」
「了解!イチカ様とラルンスの拠点準備が終わるまで相手してやるよ!」
そう言って射抜くために木の枝に飛び乗った。
そこから言われた方角に矢を向けて、狙いが定まったところで能力と魔法の併用をした。
「対魔付与!および追尾矢にして狙撃体勢へ移行!シュート!」
そこまで早口で進めて矢を放った。
その矢は一体の狼型モンスターを射貫いた後そのままの勢いで残りも仕留めた。
貫通した矢はターゲットを失うと崩れてその場に欠片も残さなかった。
それを見た市華はちょっとだけ笑みを浮かべて「へぇー」と言うと、キャンプ張りの作業を離れてベルスターに近づいた。
「ベル!降りてきな!」
下から市華がそう叫ぶとベルスターはスッと降りてリーダーの前に立った。
そっと顔を上げると本気で嬉しそうな市華がそこにいてビクッとした。
そんなのお構いなしに市華は褒めた。
「あたしに付いてくるだけのことはあるよ!あの矢なら逃げられないから殺しに適してる!あんたには後処理なんかより遠距離の暗殺が似合ってるよ!」
全力で市華が褒めるのでベルスターは照れてしまった。
「軍に入るのにこんな『狙撃の名手』なんて能力はどうかと思ったんですがね。ここまで言われるんなら最初からやればよかったかな」
顔を赤らめてそう言うと市華がものすごい勢いで言ってきた。
「最初からこの道に進むべきだった!あたしに無いその才能を使わないなんて宝の持ち腐れ!下手したら国一番の狙撃手になれたよ!自分の才能に自信を持て!」
ここまで言われるとベルスターの中で自信が湧き始めた。
あの剣による殺しで誰も寄せ付けない強さを見せた市華に言われれば自信も付くだろう。
だって、狙撃部隊も切り伏せる化け物なのだから。
そんな化け物にベルスターは疑問を持った。
「この才能はこれから使うことにするけど、なんであんな冷酷に殺してたあなたが褒めるんだ?」
思ったことを口にしてしまうと市華はきょとんとしてしまった。
その状態で2人にも聞こえるような声で言った。
「だって、無い物を持ってるのにもったいないことをしてるのが嫌いなんだもん。それに殺しが出来るのはみんな仲間だと思ってるから理由が無い限り才能を伸ばす手伝いをする」
さも当たり前のように話す市華に3人は驚きを隠せなかった。
つまり市華に無い才能を持ってる人が、殺しを出来る人間で敵になることが無い限りは育ててしまうということだ。
今褒めたベルスターはこの条件に当てはまっていて、人を殺すのに
もしも、残りの2人も褒めて伸ばすようなところが見られれば、それは殺しを楽しむ異常者の才能があると言われるのと同じだ。
当然、このルールに気づいた2人は付いてきてしまった自分を疑うようになった。
今まで普通だと思っていた自分が実は異常なんじゃないかと。
市華はしばらくして3人の明らかな動揺に気づいて言ってあげた。
「別にあたしが褒めたからってそうとは限らない。才能と可能性があるだけで実際には殺せないかも知れない。あまり深く考えるな」
そう言ってあげた直後に市華は今日のキャンプ張りの作業に戻った。
今言われたことを3人、特にベルスター以外の2人が噛み締めて恐れることが起きないことを祈った。
あれから時間が経って夜になった。
森のモンスターは特に夜が活発になる。
そのことを本で読んだ市華は素材集めのためにも今単独で狩りに出ることにした。
「3人は待ってな。今からあたしの楽しみの時間だから」
そう言うと本当に単独でキャンプを離れてしまった。
残った3人は異世界慣れが早い市華の帰りを待つために厳重警戒態勢に入った。
しばらくして市華が森のモンスター狩りで大物に会えるようになってきていた。
「向こうで待たせてるんだしさっさと終わらせるか!ボス級はいないけど楽しめたからいいもんね!」
そう言いながら市華は刀でザックザックとモンスターを細切れにしていった。
会えるようになってきた大物もこんな勢いで斬られていけばそのうち全滅するかも知れない。
そう思っていたがしばらくして違和感を感じた。
「やっぱり異世界だな。さっきからモンスターが減ってる気がしない」
そう思って辺りを見渡すと、宵闇の中でモンスターが生み出されてるのが見えた。
このことから市華は推測して答えを導き出した。
『この世界のモンスターは夜に自然発生する』
この答えに至った途端にやばいと思って素材回収に切り替えた。
「こりゃやばいからさっさと拾って今日は休む!」
そう言いつつ近くのモンスターを一掃した。
それからすぐにモンスターの皮などを拾いながらキャンプを目指した。
「あそこならベルンがいるし平気でしょ!急がないと無限ループだわ!」
背後にモンスターの気配を感じてるが、相手してもキリが無いことを理解したので無視して走った。
その途中で進行方向の逆に森で一番大きな気配を感じた。
おそらく、それが本に載っていたダンジョンのボスなのかも知れない。
「面白そうだけどこれはどうかな?」
いい獲物を相手したくなった市華はそっと振り返った。
すると、約200体のモンスターが追ってきてるのが見えて青ざめた。
「無理無理!こんな数の相手なんて経験ないからね!」
人生で初めて勝てないと感じた市華はモンスターも追いつけないほどの全速力でキャンプに走った。
それですぐにモンスター達の視界から消えたので、奴らは追うのをやめて散らばって行った。
それに気づかずに走っている市華はキャンプが見えてきたところで一度立ち止まった。
それから自分の恥ずかしいところをバレないように落ち着かせてからキャンプに入った。
「おかえりなさいな」
キャンプの入り口近くで警備をしていたベルスターは戻ってきたリーダーにそう言った。
それに反射的に市華は反応した。
「ただいま」
それだけを言ってキャンプの中に入って行った。
入ると感知魔法を展開するベルンと錬成陣を張っているラルンスがいた。
2人が気づくと市華に「おかえり」と言った。
それに対して市華は素材を渡しつつ「ただいま」と言った。
「やっぱりすごいですね。普通なら個人収納魔法がいっぱいになるほどの素材は取れませんからね」
ラルンスは驚きつつそれを錬成陣に放り込んでいつでもそれから物を作れるようにした。
それを見た市華は興味を持ったが自分の二つの能力で出来ないことを分かってるので何も言わずにイスに座った。
「これってやっぱり今は使わない方がいいですよね?」
そう聞かれたので市華は冷静に答えた。
「いや、料理に加工出来るものはしちゃって。モンスターでも食えるのがいるのは勉強したから」
「分かりました。すぐに使わないものはこのまま保管します」
ラルンスは市華の指示を受けて作業に移った。
こっちも軍の武器などの整備をしていたが、本職は素材から物を作り出しす上級の錬成士だった。
これを見ていると市華は本当にもったいないと思ってしまう。
そう、市華も時代と性別が違っていれば、その剣の才能で有名になっていたかもしれない。
それを自身が理解してるから自分の才能ももったいないと思っていた。
宝の持ち腐れなら、使ってから人生を終わらそうと思って殺人事件を起こしたのだ。
結局彼女は持ち前の力と運で生き残ってしまったが、好きに力を使えるこの世界に来れて良かったと思っている。
しばらくしてラルンスが猪型モンスターなどの肉を加工して料理が出来たのでみんなに声をかけた。
その料理が拠点中央のテーブルに並べられてるのを見てみんなで驚いた。
「こりゃまたすごいな。こんな物を錬成士は作れるのか」
「いえ、低レベルの奴なら作れません。俺と同じ『物作りの匠』っていう上位能力なら作れますけどね」
市華が軽く褒めると即座にラルンスはこう言った。
他の2人もよだれを垂らすほどに前に置かれた料理は素晴らしい。
ラルンスは我慢できそうにない2人のために食事をする許可を手で示した。
それに従って4人揃って用意されたイスに座った。
「では、なんとなく選んだ森の夜を無事に生き残れるように願って、いただきます」
市華がそう言うと3人は彼女との出会いに感謝を込めて別のことを言った。
「我々は素晴らしい方に出会えたことに感謝を込めてお食事をいただきます」
3人は手を合わせる市華と違って両手を組む祈りのポーズでその言葉を述べた。
それから警戒を緩められない食事を始めた。
異世界に冷酷あれ 凪鬼琴鳴 @kuronomakoto3214
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