異世界に冷酷あれ

凪鬼琴鳴

第1章 異世界殺人鬼

第1話 殺人鬼の転移

 21世紀の日本のどこかで殺人が現れた。

 それは時代錯誤なことに刀を振り回す侍のようだったと言う。

 そいつはいつしか殺人剣豪と呼ばれてニュースになればその名が出るほどに有名になった。

 そんな性別も分からない殺人鬼は警察が捕まえられないまま2年が経った頃に突如として消えてしまった。




 それは文字通りで、あの殺人鬼が異世界に呼ばれてしまったのだ。


「おぉー!なんと美しい女だ!」

「美しい上に強そうな目つきをしている!」


 呼び出した連中は殺人鬼を囲んで好き勝手に何かを言っている。

 その言葉は最初のうちはだけ理解できなかったが、少しして耳がこの世界に順応したらしく理解できる言語に聞こえるようになった。

 それが何かの力の影響だったかもしれないが、殺人鬼は気にせずに刀を抜いて近くの男に向けた。


「ここはどこで、あたしになんのようだ?」


 殺気を向けながらその男にそう尋ねるとビビってすぐに答えてくれた。


「こ、ここはニルブヘイムのカントウラ王国でございます。あ、あなた様には敵軍を壊滅していただきたいのです」


 震える男のその言葉で殺人鬼は全てを理解した。

 ここは異世界で今ちょうど戦争が起きてるから手助けをして欲しいと言ってるのだと思う。

 殺人鬼は殺すのが大好きなのでこれを了承することにした。


「それが依頼なら殺してきてやるわ。この桜木市華さくらぎいちかがかったい鎧いの上からでも切り裂いてあげる」


 そう言うと直感で戦場に向けて走り出した。

 その速度におっさんである呼び出した連中は追いかけることが出来なかった。


「血の匂いがする。まさか城下町に侵入されてんのか?これなら日本の方がまだ動くにくいっての!」


 そう愚痴をこぼしつつこの建物の窓とおぼしき穴から外に飛び出した。

 そのまま体をくるくると回して見える範囲の状況を見た。

 それで今いた場所が一応城であることが分かって守るべき依頼主を理解した。


「まぁ、殺せばみんな同じ肉の塊だけど、楽しみをくれたから今回はちゃんと守ってやるよ」


 そう言った直後に地面に着きそうになってきたので刀を振った。

 その一振りで地面は砕けて飛び上がり、それを足場にするという頭のおかしな方法で殺人鬼は着地した。

 それからまた走り出し、本能のままに敵を見つけては切りに向かった。


「はい!1人2人3人!」


 そう言いながら街中で女を襲おうとしていた敵兵を斬り殺した。

 そのお礼を女は言おうとしていたが、疾風の如き殺人鬼は話を聞くつもりが無かった。

 そのまま走り続けてそこら中に湧く敵兵を片っ端から斬り殺していった。




 それから数分後、中に侵入した敵兵は殺し切って依頼主側の兵士も守り切った。

 その兵士達が兵隊長が呼んでいると言うので仕方なく殺人鬼は行くことにした。

 その兵隊長がいる拠点に向かうと遠くに残りの敵軍がいるのが見えた。


「君が上の連中が召喚すると言っていた異世界人か。いきなりいい働きだったぞ」


 そう言われても殺人鬼は何も思わなかった。

 ただ、言いたいことはあるので言ってやることにした。


「お前らに言われたく無い。こっちは依頼されたから殺しただけだ。依頼内容は敵軍を壊滅させろってことだったのに侵入させるなんて情けない」


「あれは不意を突かれたまでだ。敵の本陣は今から叩くからそれで終わる」


「はぁ、情けないお前らにやらんのか?」


 殺人鬼は兵隊長があまりにも自信満々なので喧嘩を売ってみることにした。

 しかし、大男な兵隊長は冷静な口調で返した。


「お前こそ元々の戦闘センスだけでやってるようだが、能力か何か使えるのか?」


 そう返されて殺人鬼は怯んでしまった。

 この世界に呼ばれたばかりでまだ全然理解してないからだ。

 でもまだ殺し足りないので戦場の最前線に出たい。

 そう思ったので兵隊長にしゃくだが教えてもらうことにした。


「知らんな。教えてくれんならお前らの無様な姿は黙っててやるよ」


「それなら教えてやる」


 そう言うと偉そうな態度で兵隊長は殺人鬼に教え始めた。


「この世界には能力と魔法が存在する。個別に能力が生まれた時から与えられるが、異世界人が呼ばれた際には到着した時点で与えられる。それは魔法のステータス表示で確認出来るんだ」


 そこまでの説明を聞いて市華は実践した。

 直感で使った魔法でステータスが表示され、そこには『切り裂きの王』と書かれた能力があった。

 それを覗いた兵隊長は驚きのあまりに口をあんぐりと開けて後ずさった。


「なるほど。あとは直感でやるからいいや。もう潰してくる」


 そう言って殺人鬼は敵本陣に突っ込んでいった。

 その直後に兵隊長がボソッと呟いた。


「ダブルスキラーで両方が王タイプなんてあり得ない」


 それを聞いてしまった兵士の1人が持っていた剣を落としてしまった。




 そんなありえない力をいきなり手に入れた市華は敵陣で無双した。

 能力も直感で発動して刀に付与した力を放つことで無数の斬撃を飛ばした。

 敵の大将はこの化け物の襲来を王に報告すべきと考えて逃げようとしたが。


「逃がさない」


 そう言って目の前に突然現れた市華によって首を切り落とされてしまった。

 それが影響して敵兵達は戸惑って動きが鈍った。

 それを見逃さない市華は最後の仕上げて思って能力の実験を始めた。


「殺しの最中はあまり話さないようにしてるけど、これだけは言ってやる。依頼者は誰であろうと守るのがあたしが流儀」


 それから刀を地面に刺して能力を発動しつつ宙をなぞった。

 すると、なぞったところから斬撃が飛んで行って残党を次々と切り裂いて行った。

 さらにその場でくるくると回ることで円形の斬撃を何発も敵に向けて飛ばした。

 これを続けることでものの数分でかたがついた。

 依頼主側の兵隊が来た時には無数の遺体が戦場に横たわるその中心で血にまみれた殺人鬼が嬉しそうに笑いながら踊っていた。

 この日のうちはこれだけで終わり、市華は一躍有名人になって敵軍を壊滅させた異世界からの勇者として丁重に扱われた。




 翌日、市華はこの世界に慣れて呼び出した連中がお偉い大臣達であることを知って薄ら笑った。

 それから王に呼び出されて与えられた豪華な部屋を後にした。

 この世界に来ていきなり戦場に飛び出したが、たった一夜で色々と勉強して市華はこの世界の仕組みを理解している。

 そんな状態で王の眼前に出された。


「そなたが急遽異世界より呼び出した新しき勇者か」


 王は市華に『勇者』という単語を使った。

 それを鼻で笑って市華は言ってやった。


「あたしは勇者なんて綺麗なもんじゃない。王に言うのは失礼かもしれないが、あたしはあんたの敵にだってなる鬼だ。これからの新生活はひっそりとやるから今回の報酬として金と数冊の本と兵士をよこせ。それであんたに牙は向かないで置いてやる」


 王に対する最悪の態度に呼び出してしまった大臣達は顔から血の気が引くのを感じた。

 だが、王は寛容に振る舞ってその報酬を渡すことに決めた。


「そなたはこの国にさっそうと現れ守ってくれた英雄ということにしておこう。そんな英雄殿には感謝を表すためにその要求の物を渡そう」


 そう言って彼女の元に大臣を行かせて要求を聞いた。


「要求は10万ジェルでいい。これが安いことは勉強して分かってるけど、あたしは良心的な値段でしか殺しを引き受けない。それと、本は歴史書とこの世界について書かれた本と魔法について書かれた本だ。兵士はあたしについて来たい奴だけ来い」


 これが彼女の要求する報酬の詳しい内容だ。

 大臣はこの内金と本を取りに行った。

 その間に市華は自分について来たい兵士がいないかと尋ね続けた。


「僕で良ければお供します」


 その声の方を見ると背は小さいがなかなかの美青年だった。

 市華はその顔に見覚えがあったので思い出してみた。


「あっ!お前は昨日の戦場で後処理に来た奴の1人だな」


「そうです。雑用なら僕に任せてください」


「向こうにいた頃なら1人で良かったけど、お前が来てくれて助かるよ!」


 こうして市華は1人目の仲間を手に入れた。

 その後すぐにもう1人の兵士が前に出た。


「俺もお供します。どうせあれだけの強さなら無茶するんでしょうからね」


 そう言ったこの兵士はあの時作戦の拠点から血溜まりの美しい市華を見ていた。

 その時の狂気と殺意に満ちた市華は狂い咲きする花のような場違いな美しさがあった。

 それに魅了されてついて行くそうだ。


「あの、一応軍所属なので私もいいですか?」


 その声の方をよく見ると若い魔法使いの女の子が手を上げて言っていた。

 その子は天才魔法使いと呼ばれていていつか絶対に強くなると思われるほどに才能がある。


「2人も来たいならあたしは歓迎する。この世界はあたしにとって未知だから助かるよ。さぁ、3人ともおいで」


 そう言われて3人は市華の元に集まった。

 それを見ていた他の兵士や大臣や貴族はおかしいと思って渋い表情をした。

 当然だ。殺しを楽しむような奴にあいつらはついて行こうとしてるのだからそう思われるに決まってる。


 その直後、大臣が金と本を持って走って来た。

 そして、それを市華に手渡した。


「確かに受け取った。これからあたしは旅に出るが、文句があるなら聞くぞ。無いなら失礼する」


 そう言って市華は出て行こうとしたが王様が市華を呼び止めた。


「待ちなさい!そういえばそなたの名を聞いていなかった」


 その声を聞いて市華は足を止めた。

 市華は王の方を向くと名乗った。


「桜木市華だ。こっち風に言うとイチカ・サクラギだな」


 そう言うと完全に背を向けて出て行ってしまった。

 その背中を見送った後で王はボソッと言った。


「イチカ、その名は忘れない。勝手に呼び出して迷惑をかけた我々を救ってくれたあなたは本物の勇者だ」


 その言葉は本人に聞こえてないがステータスには勇者と刻まれた。

 これからすぐに市華は出て行くが勇者に気づくのは後になる。

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