この世界からいなくなる魔法
天野蒼空
この世界からいなくなる魔法
「なんで全部、私の前から消えてしまうの?」
大切だと思うものは握りしめていたはずなのに、気がつけば手の中は空っぽだった。全て砂のように指の間から零れ落ちていく。
ならばいっそ、消えてしまえばいいのだろう。
そう考えた私は禁忌を犯して魔法を使った。
今日は私が私で居られる最後の日だ。今日の太陽が沈んだら、この世界の中から「私」という存在は最初から居なかったことになる。
だから、最後に最愛の人だった彼に頼んだ。「デートをしましょう」と。
そして、今日という日はもう終わろうとしている。
自分の存在が少しずつ空気に溶けていくのがわかる。冷たい風がひゅうっと音を立てて心の中まで入ってくる。少しでもこの場所に残っていたいという、捨てたはずの気持ちが溢れ、右手は彼の袖口をそっと掴む。
彼は笑ってこっちを見る。目元がきゅっと細くなるその笑い方は、いつもと何一つ変わらない。
しかし、私は上手く笑えずに下を向いた。声を振り絞り、噛みしめるように単語を口から出す。
「あのね」
空が終わりを告げる赤に変わる。街が幸せそうなオレンジに染まる。
「私の事、忘れないでね」
そう言って精一杯の作り笑いを顔に貼り付けるが、頬に一筋、光がつたう。無駄なお願いを足元で黒い影が嗤う。
私の指先が光に溶けていくのを彼は気づかない。私の足が動かないのは足がもう消えてしまったからということも彼は気づかない。多分もうすぐ私のことを認識することすらできなくなってしまうだろう。
この世界の中から居なくなる魔法を使ったのに彼に私を覚えていて欲しかったなんて、最後まで私はわがままだ。
この世界からいなくなる魔法 天野蒼空 @soranoiro-777
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