君の知らない君への言葉

天野蒼空

君の知らない君への言葉

「ねぇ、聞こえてる?」



私は隣で寝息を立てている彼の顔をのぞき込んで聞いた。



「寝ちゃってるよね」



髪をそっと撫でる。柔らかい毛質のふわふわとした髪。男子にしてはやや長めの髪。


髪に少し隠れた閉じたままの瞼。短いまつ毛。形の綺麗な顎と、キスしたくなるような唇。


暗い部屋、シングルベッドの上で、私と彼は横並びで寝ていた。ゲームをして、お喋りをして、お昼寝。よくあるいつものお家デート。何もかもいつも通り。だけれども……。



「ごめんね」



私は小さな声でそう言った。


その言葉に答える声はなかった。


私は暗い部屋の中でそっと立ち上がる。なるべく音を立てないように。君が起きてしまわないように。


胸が締め付けられるような痛みに襲われる。ああ、苦しいな。まだ離れたくないな。開いた両目から雫がこぼれる。



「なんで、なのよ」



それは私に向けた言葉であり、君に向けた言葉でもあった。


なんで、なんで……。


私はこんなに悲しいの?


君は私だけの君にならないの?


言葉の代わりに溢れ出るのは透明な涙。頬を濡らし、枕元に落ちた。


全てを捨てて私だけ。そう言ってくれると思っていた。


私しか君にはいない。君もそう思っていると信じていた。


だけれども、現実はそんなに甘くないのだ。




止まらない涙を袖口で拭い、私はカバンの中から一通の手紙を取り出した。


『for you』


シンプルに封筒にはそれだけ書いてある。枕元にそれを置く。


「ねえ、起きないの?」


返ってくるのは穏やかな寝息。


「私、行っちゃうよ」


聞こえていないと知りながら君へ語りかける。



「ほんとに起きないんだね」



こんな時きみが突然飛び起きて、私のことを抱きしめてくれたら……。


それを叶わない望みというのは十分わかっていた。だから、



「さよなら。」



私は君の額にひとつキスを落とした。




離さないでといったのは私だったはずなのに。


離れないよと言ったのは私だったはずなのに。


私はわがままだ。


君を私だけのものにしていたかったんだ。


息ができないほど締め付けられる胸の痛み。止まらない涙。まぶたの裏に浮かぶのは二人きりの時に見せてくれた笑顔。



さよなら。



そう私が言ってしまったんだ。


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君の知らない君への言葉 天野蒼空 @soranoiro-777

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