第23話 Game is over



 ――1位が欲しい。

 前提条件など関係なく、ただ、勝ちたい。

 心が叫ぶ。

 心臓が猛る。


 熱狂。

 浮かされて、ぼやける。

 打ち付けた釘が、抜け落ちる。

 重石を連れて、飛んでいく。


 ああ、重い。

 捨ててしまえば、軽くなる。

 軽くなれば、速くなる。

 速くなれば、強くなる。


「……そんなに簡単なもんじゃ、ないよ」


 苦り切って、囁いた。

 ffのRyu選手。

 叩き潰されて、思い知った。

 俺の強さは鈍重だ。

 鈍重だから、戦えた。

 鈍重だから、敗北した。


 でも……、軽くなったからと言って勝てるものでは、ない。

 陸の獣が、海の中では無力なように。

 空飛ぶ鳥が、檻に自由を縛られるように。

 強さにはそれぞれの方向性があって、拡大解釈にも限界はある。


 


 意思を持って、語りかけた。

 誰かが見てる。

 誰かが聞いてる。

 そうじゃなくって、俺を見ている、あの子に向けて。


「ほぼ……5年くらいかな。

 ゲームから離れて、俺は、俺の人生を生きてきたよ。

 それから、またここに戻ってきた。

 戻ってきたいって、思うようになったんだ」


 なにをしているんだろう、自分でも思う。

 ふつうに、恥ずかしい。

 不特定多数に聞かせるものでは、きっとない。


 そもそも、3試合目が始まるまで15分もないのだ。

 集中しなければならない。

 策を練る。

 先を読む。

 そうして初めて、俺は戦えるだけの強さを得るのだから。


 15分。

 15分、か。


 まあいっか、どうだって。

 普通に過ごす15分と、終わった後の残り時間は、きっと等価だ。

 そういうことに、してみせる。


「ここまでくるだけなら、回り道だったんだと思う。

 小4の夏、スカウトを受けて、Deltaに入って、敷かれた道を歩く方が、早かった。

 そうでなくても、あのままクラブなり部活なりに入って、段階を踏んで登っていく方が、楽だった。

 でも、俺はそうしなかった。

 そうしなかったのが、俺なんだ」


 過去は消えない。

 過ちは過ちで、罪は罪だ。

 積み重ねた先に、今がある。


「あの頃の俺は、間違えた。

 あの頃の君も、間違えた。

 でも、俺は、間違えた後の俺だから戦えてる。

 今の俺だから、この先まで進んでいける」


 今の俺と、6年前の俺は、違う。

 あのときの縫依ちゃんと、今の彼女も、違う人だ。

 毎日毎時毎分毎秒、アップデートされ続ける。


「変わってるんだって、変わってもいいんだって。

 変えられないものはあるけれど、違う風に見ることはできるんだって。

 きみがそう信じられるようになるまで、俺が、証明するよ。

 だから――、見てて」


 むかし、むかし。

 偉い人は言った。

 終わり良ければ全て良し。


「以上、喧嘩して仲直りした幼なじみへのメッセージでした! 

 クリップとか残すなよ! 

 そういうことしたヤツは後で家行ってしばくからな!!」








◇◆◇








「Hi, MieCro.

 4戦目、思ったより早かったね」


「5戦目もすぐですよ、きっと」








◇◆◇








「ぶっ潰したらァアッ!!!!」


「やってみろや!!!!」








◇◆◇







「やあ、1試合ぶり。

 見たよ少年、青春してるね」


「ちょっと、勘弁して下さいよ、もう。

 プロゲーマーが試合中に対戦相手の配信覗くなんて。

 ……というかマジで試合開始5分前に何やってるんです?」


「まあまあ、どうせ前哨戦なんだから、誰も気にしやしないよ。

 ……あ、ちなみに録画してあるから」


「知ってます? 

 イジりも過ぎればイジメになるって」


「おーこわ。

 叩き潰して、立場を分からせてあげなきゃあなあ!!」


「そっちの方がよっぽど恐い人じゃないですか!!」








◇◆◇







 4度目、黄昏時の、『飛空劇場アースゲイザー』。

 ちょっと場違いな、表彰台。


「おめでとう」


 大和泉さんが、言った。

 差し出される勲章はNFTだ。

 『iVR world』や『Journey to the El Drado』の中でなら実際に付けることだってできる。

 その気になれば売り捌くこともできるけれど、専用装備みたいなものだ、それを売るだなんてとんでもない。

 ……捨てちゃいたいような気分では、ある。


「……ありがとうございます」


 感情を隠すことはできなかった。

 あんまりにも嫌そうな声に、我ながら笑ってしまう。


「榊原も言っていたが――」


 大和泉さんも、現実そのままの渋い顔で薄く笑う。

 はっずい。

 ほんとに、どうしようもない、大馬鹿だ。


「所詮は、前哨戦だ。

 気にするなとは言わんが、切り替えろ。

 どうせこれから何度も味わう」


「……慣れるものですか?」


「無理だな。

 きみなら、分かるだろう」


「ですよねー……」


 慣れてしまえるぐらいなら、こんなことにはなってない。

 『大将軍』なんて名前で呼ばれる偉大な先人からのお墨付きだ。

 やったぜ。


「きみは、その才能で道を塞ぐ扉を押し開いた。

 まあ、有るか無いかも分からないぐらいの軽さだったかもしれないが」


「……」


 否定はしなかった。

 思いのほか、抵抗を感じることもなかった。 

 その喜びが、ほんの少しだけ、わだかまるヘドロを紛らわす。


「チーム事情を考慮しなければ……度外視してでも、きみを採りたいと手を挙げるチームは多いだろう。

 繰り返しになるが、3位入賞、おめでとう。

 きみがのを楽しみにしていた」


「っ、憶えて……いらっしゃったんですか」


「もちろん」


 さらりと言い放ち、あかがね色の勲章を俺の胸に押しつけて、大和泉さんは身を翻す。


 ――そうして、第10回プロアマ交流戦は閉幕した。

 俺は、3位だった。

 20万の賞金も、有名デザイナーが制作した銅メダルも、敗北感を打ち消してくれるほどのものでは、なかった。








◇◆◇








 1位  Delta 所属 榊原 又則 1268pt

 2位 fan first所属  Ryu     1174pt

 3位    無所属  MieCro   1160pt 








◇◆◇







『やあビッグマウス、気分はどう?』


『性格わっるいな、おい』


『今更でしょ』


『それはそう』


『3本目、ちょっとチキってたよね』


『うるせー』


『まあリハビリ明けの割には頑張ってたんじゃない?』


『何様やねん』


『2年後まで、ちゃんと生き残っててよね』


『まだ決まってないよ』


『ウチからの勧誘、断ったって聞いたけど』


『なんで知ってんだよ』


『自分、期待のホープなんで』


『理由になってねーよ』


『で?』


『まあ、5チームくらいから打診は来てるよ』


『おー。

 どこにすんの?』


『言えるか、バカ』


『偉い』


『常識では???』


『ちょっと早いけど、おめでと。

 お祝いに焼肉予約しといたから』


『おそいよ、いろいろと。

 ありがたく奢られるけど』








◇◆◇







 週明けの学校は、凄かった。


 まず、校門前で担任が待っていた。

 それはまだ良い。

 朝早い、朝練の運動部が登校してくるような時間帯を指定したのは俺の方だし、余分な仕事を増やしたのも俺だ。


 ……だからと言って、顔を合わせるなり、ご近所からクレームが来そうなくらいでかい声で「入賞おめでとう!!!!!!」なんて喧伝する必要はないじゃないか。

 誇るべきことだし、誇らしいことでもあるけれど、あまりにも過分だ。

 1位でも2位でもなく、3位にしか届かなかったのだから。

 俺を辱めようという意図がなく、純粋に褒め称えてくれているのが伝わってくる声量だったからこそ、余計に恥ずかしかった。

 あとゴツい運動部連中が一斉に振り返った瞬間がチビリそうなぐらい恐かった。

 マジで。


 世間一般的にどうかはともかく、この街において、e-sportsという競技は野球やサッカー並の市民権を獲得している。


「おうおまえ何部?」

「部活には入ってないけど、個人でe-sportsの大会に出て」

「ほーん」

「おっ烏野じゃん、昨日の見てたぜ、おめでとう」

「なんだなんだ、なんかあったん?」

「おう聞いてくれよ、こいつがさー」


 みたいな会話の後、ネズミ算式に同級生やら先輩やらが集まってきて、気づけば俺は宙を舞っていた。

 生まれて初めての胴上げだった。

 高い。

 恐い。

 あいつらちょー力強いんだけど。

 悪い気はしないけどさー……。


 俺以上に盛り上がって喋りまくる友達と、顔見知りですらないのに我がことのように喜び、褒めそやしてくれる運動部共をどうにか振り払い、10分遅れでローカル番組の取材を受けた。

 大会の時とはまた違う、対談形式のインタビューだ。

 生放送で私信をぶちまけた身で言うのもなんだけれど、大会本番の1億倍は緊張した。

 ……それを正直に伝えたら途端、場が笑いの渦に包まれたのだけはどうにも解せない。


 テレビクルーと共謀して身を潜めていたトラオが口を挟んでくるハプニングはあったものの、1時間ほどで取材は終わった。

 テレビ局の偉い人から気に入られてるからってエラいことやりやがる。

 おかげでいろいろとトントン拍子に話が進んだのもあって怒るに怒れないのがまた腹立たしい。


「お礼はー、来週あたり新入生の教育手伝ってくれればそれで良いよ」


「えーあーまー……、いーけどさあ」


「え、良いの!?」


「もう断る理由ないし、それに、あー……、や、うん」


「それに?」


「なんでもない」


「なんだよいーえーよー!!」


「うるせえ!!」


「ひっど!!!!」


 どつき合いつつ、2人並んで教室へ向かう午前8時、割と普通の登校時間。

 トラオは目立つし、俺も……、トラオの相方として、校内では割かし顔が売れている。

 こんな風にギャーギャー騒いでいたらなおさら人目につく。

 1時間前が再現されるのに、そう長くはかからなかった。


 人の輪に囲まれ、喋ったり、喋らなかったり、聞かれたり、聞かれなかったり。

 まだまだ新米とはいえストリーマーとしての経験がなければ、混乱しきりで揉みくちゃにされて、訳が分からなくなっていただろう。

 トラオのヤツ、ぜんぜん助けてくれないし。

 つーか途中からどっかいったし。


 ――学ランのポケットに突っ込まれた手紙に気づけたのは、たまたまだった。

「ラブレター?」誰かがはやし立てる。

「違うよ、テレビ局からのお礼状」はっきりと否定して、折れないよう、鞄の中のファイルに挟む。


 もちろん嘘だった。

 送り主の名前も見ていない。

 でも、誰からの手紙なのかは、なんとなく察していた。

 ……まだ持ってたのか、新しく買ったのか、見覚えのあるレターセットだった。


 背中を押されたような気分だった。


「ちょっとごめん」


 断り、押しのけ、俺は、壁際に立つ2人組の同級生の方へ足を向けた。








◇◆◇







「わ!!」


 扉の前に、人が立つ。

 1文字みじかく声をかけると、彼女が目を丸くしているのが扉越しにもありありと分かった。


 きゃって。

 きゃっ、て。


「もう、びっくりさせないでよ」


「最近気づいたんだけどさ、俺、こういう……なんて言うかな、イタズラ? 

 好きみたいで」


「えっ、今更?」


「そう、今更」


 例のカフェ。

 渋いダンディーな店長さんに自分で頼んで、この間のと同じ個室を使わせてもらっている。


「むう」


「ごめんって」


 お互いに制服だ。

 俺は学ランだし、縫依ちゃんは白シャツに紺のカーディガン。

 鼈甲色の髪留めが良く似合っている。


 コーヒーを口に含む。

 熱くて、苦い。


「今日、凄かったね」


「ん? 

 ああ、うん。

 宝くじ当たった人ってあんな感じなのかな」


「親戚生えてきた?」


「それはさすがに。

 でも……、友達は増えたというか、生えたというか。

 ちょっと失礼だけど」


「あはは」


 縫依ちゃんが笑う。

 つられて、笑う。


 向かい合わせに座った彼女をぼんやり眺めつつ、俺はぐいっとカップを空ける。

 物言いたげな視線が突き刺さる。


「いやウマいって」


「えー……」


 メニューを手に取り、縫依ちゃんは迷いなくケーキのページを開いた。

 美味しいのに。

 いやケーキも美味しいけど。


「びっくりしたんだよ、ほんとに」


 注文を終え、ガレット・デ・ロワなるシンプルなパイが届いてから、縫依ちゃんは言った。

 前置きはなかったけれど、何に対してのクレームなのかは分かりきっていた。

 そりゃそうだ。

 よくわからんテンションでよくわからん言葉をネットの海に投げ込んだのだ。

 デジタルタトゥーにもほどがある。


「お母さんにもむちゃくちゃ笑われるしー……」


「その節は……本当に申し訳ございませんでした」


「いいんだけど……やっぱ駄目かも」


「どっち?」


「どっちも」


「……?」


 というか、愛海さん、見てたんだなあ……。

 父さんはどうだったんだろう。

 みっともないとこ、見せちゃったな。


 ショートケーキの天辺に乗っていたイチゴを噛み潰す。

 ちょっと酸っぱくて、ちょっと固い。


「ね」


「うん?」


「一口、ちょーだい」


「あいよ」


 まだ上のイチゴを食べただけだ。

 特に抵抗もなく、真っ白なケーキを献上する。

 迷惑料としては可愛いものだろう。


 けれど……縫依ちゃんは、差し出した皿を受け取ってはくれなかった。


「あの?」


「ん」


「や、だから……え?」


「ん」


 手ではなく、顔がずいと寄ってくる。

 えー……、ちょ、ええ……? 


 圧が、強い。

 瞳が期待に輝いていた。

 顔ちっちゃ、ちっか。


 ……。

 あれからまた内ポケットに隠した封筒の感触を、はっきりと感じる。

 答えられない。

 応える気も今はない。

 堪えられるかは、分からない。


「――なんちゃって! 

 びっくりした?」


 場違いに明るく、縫依ちゃんは声を上げた。

 俺は戸惑いつつも、「びっくりするよ、そりゃあ、もう」、今度こそと皿を差し出す。

 彼女がそれを拒むことはなかった。

 綺麗な扇の先端に、銀色のフォークが突き刺さる。


「私のも、いる?」


「……いい」


 だってそれ、食べかけだし……。


 イヤに時間を掛けて、見せつけるように――実際そういう意図なのだろう――、縫依ちゃんはケーキを頬張った。

 空気が、不味い。

 どうすんだよこれ、どうしてんだよ人類。

 こちとら童貞なんだが?


「……ごめんね、迷惑だよね」


「そんな――」


「答えないでいいよ、分かってるから」


 ばっさりと切られる。

 二の句も継げず、俺は押し黙る。


 縫依ちゃんは、ふつと微笑んだ。


「でも、やるから。

 何度でも」


「……」


「一矢君が、私のことを好きって言ってくれるまで」


 喜んで良いのか、悪いのか。

 ……なんだろうなあ、俺。

 嬉しいけれど、喜べない。

 喜べないのに、嬉しくなる。


「好きだよ、一矢君」


「……、ごめん」


「うん、知ってる。

 言いたかっただけ」


 無敵だなぁ。

 無敵の人だ。

 花が咲くような笑顔を見ていられなくって、俺はお代わりのコーヒーを啜った。


 止めてくれと言っても、きっと彼女は止まらない。

 俺が、ひとを傷つけても、、競技としてのゲームを止められないように。

 だから、まあ、しょうがないことなのだ、きっと。


 第一、イヤなら突き放せば良い。

 そうしない俺も、大概だ。


「とりあえず、部活でやろうと思うの」


「何を?」


「ゲーム」


「へー……」


「一矢君が見てる景色を見たいからだよ」


「……そっか」


 それは、素直に嬉しかった。

 同じ歩幅で、同じ道を。

 そういう風にはできないけれど――


「ありがとう」


「お礼なんか言わないでよ。

 私がそうしたいっていうだけなんだから」


「それでも、俺が言いたいから、お礼を言うんだよ」


「そういうもの?」


「そういうものなんじゃない?」


 知らんけど。

 少なくとも俺は、そういう風に生きたいのだ。


 自分の言葉が、胸に染みる。

 ああ、そうだ。

 俺は、人に好かれたいし、嫌われたくもないし、傷つけたくもない。

 でも、同時に、他の全てを踏み潰した上に立ちたいのだ。


 欲張りだなあ、自嘲する。

 けれど、それこそが、俺だった。


「わ、ケーキの中に……なんだろ、お人形? 

 入ってた」


「え、なにそれ」


「ほら」


 縫依ちゃんが渡してくれたのは、小さな小さな、指先ほどの人形だった。

 翼の生えた赤子……ああ、天使なのだろうか。


「そう言えば、ヨーロッパの方の風習でそういうのなかったっけ。

 ケーキにコイン入れといて、当たった人は幸運ですよ、みたいな」


「あー、それだ! 

 このケーキのことだったんだねえ」


「はい、返すよ」


 差し出された手の平に、ぐっと腕を伸ばして陶器の天使像をちょこんと乗せる。

 ほんの一瞬、指が触れあう。

 俺たちは顔を見合わせ、そっと微笑んだ。















○●○●○●○●○●○●○●○●○●○●


 これにて1章完結です。

 評価コメントフォロー等、反応を頂けると嬉しいです。


 ここまでお付き合いいただき、ありがとうございました。

 

 

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