夏のあの日の魂

異球志秋

時計

美沙がお掃除している。武美さんが冷えた麦茶を飲んでいる。そんなあの家ではいつもの夏の風景。

揺れる扇風機の音、ミンミン鳴く蝉の声。それだけが青空に響いていた。

そんな場所に通りかかった俺は改めて「平和だなぁ」とつぶやいた。


そんな時、武美さんがふと美沙に聞いた。

「その時計ずいぶん気に入ってるわねぇ。」

美沙は掃除を「しながら」だがコクリとうなずくとポケットから出した時計を撫でた。

「もう離しませんよ。私のものですから。」

その時計はそんなこともお構いなしに「チクタク」と時間を刻み続けていた。

蓋には写真が貼ってあって、それを撫でていた。日差しでだいぶ色あせてしまっていた。

武美さんは少し考えてから「そう。」と一言残して新しい麦茶を取りに行ってしまった。


少し掃除につかれたのか美沙が縁側に座ると時計をそっとしまった。

「話しかけるなら今だ。」そう思うもののあの頃と違って言葉がのどに詰まって出ない。

「私たちは、いつも一緒。2人で一人。ねっ。」

ポケットを触りながらそう言った。そしてもう一度掃除を再開した。汗は出ていたが彼女の額には日照りは反射していなかった。

「どうかしましたか?」

その呼びかけにはっとされる。俺は右手を伸ばして門の前に立っていた。

「あのっ、、、」

そこでやっぱり詰まってしまった。夏祭りとか学校とかいろんな話をしたかった。

「今まで待たせたね。ごめん。」その一言ですら出なかった。

怪訝そうにする彼女は俺の知っていた華奢で、守りたいと言っていたあの頃とは違った。


「大丈夫ですか?」

「あっ、、、いえ、、なんでもないです、、、すいませんでした。」

そう言い終えるや否や俺は走り出していた。

言えなかった。いえるわけなかった。もう彼女は俺など忘れた。それが「答え」だ。

生死の壁は超えられなかったんだ。


ミンミンと大きい蝉の音とともに彼は走っていった。そして路地の曲がり角で消えた。

「あの人、似てたね、、、」

時計の蓋に入った写真に語り掛ける。哀愁漂う終わりごろの蝉の音が響き渡った。もうお盆も過ぎた。もうすぐ「あの日」だ。

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夏のあの日の魂 異球志秋 @ikyuusiaki

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