第103話「猫舌高林さん」
急に真面目にふざけたことを言うから噴いてしまった。
「諦めて……」の後の言葉は、普通みんなで歩いていこうってなると思うじゃん。
やっぱり美沙は一味違うね。
――結局大型のタクシーはあった。
佐世保バーガーは美味しくて、明がもう一つ注文してトイレに行ったのは、大人になってから再会したときの話のネタになることだろう。
飯を食い、観光スポットに行こうということでやってきたとある海の見える公園。
修学旅行で来たんだけど、みんなただの観光してるよね。
行ってきたところまとめるとか言われたらどうするのだろうか。
一抹の不安を覚えつつ遊覧船に乗り込む。
「高いね」
「そうだね」
陸で見た時はそうでもなかった。
実際乗ってみると、水面までの距離があるように見える。
「こういうの乗るのって箱根以来か」
「あそこは、湖だっただろ」
「あ、そっか」
「見て、凪。海と空っ」
「おー! 写メっておこう」
今日は、誰かが晴れ女or男だったようで雲一つない快晴。
遠方を見ると、海と空の境目がない。
普段はお目にかかれない光景である。
「あとで送って」
「自分で撮れよっ」
「えー、めんどくさい」
「いやいや、これは撮っておいた方がいいって。中々収めるチャンス無いぞ」
「それもそうだね」
グラッ。突如船が揺れた。色んなところから悲鳴が聞こえてくる。
波か。海だから急に――
「あー!!」
な、なんだ!? でも、なんか聞いたことある声っ。
とっさに声のする方へ振り向いたら逆方向に服を引っ張られる感覚。
「今高林先輩凪君の服掴んでました!」
うん、それでどうしたら良いか分からなくなったんだよ?
紗衣氏に向き直ると血相を変えて距離感など忘れてしまったかのような近さ。
「その前になんで新川妹がここにいるわけ? 佐世保だよ。新幹線代バカにならないでしょ」
「バイト頑張ってるので」
「使い道間違ってるって」
「いや、今回はあながち間違っていませんでした」
「……あ、そう」
ため息をつき、紗衣氏への注意を諦めてしまった。
キラキラした目に言う気が失せてしまったらしい。
でも、ここは心を鬼にしないと。
「紗衣ちゃん」
「はいっ」
「……」
ヤバい、不覚にも可愛く見えてしまった。
決意が揺らぎそうになったので紗衣氏から目を逸らす。
「凪君?」
「大金はたいて来てくれたのは嬉しいけど、これ以上はダメだよ」
「わ、分かりました」
お、意外に素直。裏が無いと良いんだけど。
紗衣ちゃんは、ゆっくりと歩き出した。
時折こっちを振り向きながら。
「花咲君のことが好きなんだね、あの子」
優しい声で美野里さんが紗衣ちゃんを見つめている。
まぁ、分からない方がかえっておかしいけど。
「そうみたい」
「え、自意識過剰?」
「違うからっ」
「冗談冗談」
「もっと良い人いるって拒否してるんだけど……」
「いや、はっきり断るべきだと思う。厚手のオブラートだよ」
「……うん」
なんとなく言い寄って来なくなるのが嫌な自分もいるんだよね……。
良くないのは知ってるけど、あるじゃんそういうの。
「あ”ー……」
「どうした、美沙。服掴んできて」
「ぎもぢわるい」
「ちょいちょいちょい! マジで?」
「お、おうサンキュ。ほら、これ!」
「……」
美野里さんからもらった袋を美沙に渡す。
袋に顔を突っ込み、くるりと向きを変える。
その余裕はあるんだ。
「……平気? ……」
さすさすと美沙の背中を擦る高林さん。
余計出てしまわないか、それ。
「う、うん。なんとか」
え、大丈夫なの? 顔を上げた美沙の肌色はいつもよりも白い。
上げるほどではないようだ。
――修学旅行の思い出が美沙の嘔吐シーンとなることなく無事に遊覧船から降り、佐世保観光を少しして一旦集まる時刻になった。
メインイベントの一つでもあるディナータイム。
ホテルの近くだというステーキ屋さんが今日のディナーの会場とか。
修学旅行の夕食にしては、あまりに高級そうなところ。
「ヤバくね、ここ」
「しーっ。声が大きいよ」
言われてやんの。
高校生にもなって、そういったことを胸の内に留めておくことができないのか我が友は。
せめて呟く程度でしょ。
「なんか緊張するね」
「あ〜、確かに」
「……コク……」
「凪、この高校入って良かったね」
「そうだな」
色々言いたいことあるけど、それを凌駕できてしまえる。
前にいるコックが俺らの会話を聞いていたらしく肉をみんなより多くしてくれると言ってきた。
ありがたくそれを受け入れる。少しして先にスープが運ばれてきた。
「温かい……」
「……外寒かった……」
「かじかんでたからマジ感謝」
「凪って手温かいのにね」
意外とでも言いた気な口調の美沙。
まるで俺と手を繋いだことがあるみたいな言い方だった。
止めてもらいたいよね。無意識か意識して言ってんだか知らないけどさ。
「……手繋いだこと……あるの……?」
「いや、小さい頃の話だよ」
「……」
「そんなニュアンスだった?」
美沙の影から顔を出し、美野里さんが苦言を呈した。
なんで俺が責められる感じになってるの。
「大体美沙には彼氏いるし」
「あ、そっか」
「そんなんどうでもいいだろ。肉食おうぜ。そろそろ焼けるって」
「そうだな」
フォローしてるわけではないんだろうが、それを利用させてもらおう。
「……コク……フー……フー……」
「良い臭いだね」
「……フー……フー……」
「ステーキをこういったところで食べるの初めてだ」
「今のご時世で?」
「……フー……フー……」
「ちょい高林さん?」
ずっとスープを冷ましている高林さんに思わず突っ込んだ。
コップに口を近づけ息を吹きかけ続けている。
スープが息により波打つ。
「……猫舌……」
「いや、それにしたってじゃない?」
「……人それぞれ……っ……」
まだ熱かったのかビクッとして催促した俺を見つめてきた。
え、俺のせいっすか。
でも、このやり取りができるようになったのは、仲が深まって来たからだよな、きっと。
コックが作ったステーキを口にし、嬉しさと美味さを同時に噛みしめる俺であった。
――ヤバい、ホテルも豪華なんですけど。
最近ホテルって格式高いのがセオリーなのそれとも。
部屋割りがクラスメイトなのは気にしてはいけないよねこれじゃ。
部屋のリーダに勝手になっていたので渋々修学旅行ではおなじみの会議に参加。
担任に無言の圧力をアイコンタクトで送ってやってストレスを解消し、部屋に戻ったらその前の廊下で正座をしている数名の生徒達。
知り合いがいたので聞いてみる。
「なにやってるんだ?」
「……ぶいを観た」
「え?」
「だからAVを観たんだ」
「……」バタン
軽く会釈をして部屋に入る。
こういう時は、多くを語ってやらない方がいい。
「ん? なんか今正座してるやつ見えたけど」
「AV観ちゃったんだと」
「アホだ」
「フロントで分かるんだよ、こういうホテルは」
危ない危ない。
少し観ようとした自分がいるだけに冷や汗が出てくる。
シャワーでも入ろ。冷や汗とかって臭いってい――熱いな!
「なんじゃこれ」
「お、同志よ」
「お前もなったのか」
「西日本スタイル?」
「その考えは違くね」
「水とお湯のコックを両方捻って熱さを調整するんだって」
「受け売りかよ」
火傷するかと思った……。
てか、人が入ってるのに入ってくるなよ。助かったけどさ。
汗を洗い流し、浴室を出るとなぜか明がいた。
「なんでいるんだ」
「自分のところアウェーだったから避難」
「人見知り?」
「違う。みんな彼女持ちでさ……分かるだろ」
あーはいはい。巷で噂のチョメチョメされてるんですね。それも正座案件だけど。チクって恨まれても面倒だから止めておこう
「ちょっと明カメラ回してこいよ」
「ワンチャン考えたけど」
「正座じゃ済まないわな」
「だから止めた」
賢明な判断。モラルのある親友でなによりだ。
「ていうか、二人は知り合いか?」
「小学校で一度同じクラスだったんだよ」
「あ、そういうことね」
「ヤキモチ?」
「名前で呼んでたから気になっただけ」
「ところでなんで正座してるんだ、外の奴らは」
やっぱり気にならない方が無理があるよな。
正座してる概要を話すと苦笑いを浮かべた。
こいつ俺と同じか。
「AV以外は観ても良いんだよな」
「良いんじゃないか?」
「今日 本放送前の声優トーク番組やってんだよ」
「是非観ましょう」
録画しとけよ。観ないようにしよう。
世の中には睡眠を優先するタイプがいることを忘れないでくれ。
――二日目は、日中はクラスごと。
さすがに修学旅行はあくまで学びに来てるわけですから。
終りが近づいてるのを認識してるためか時間の進みが早く夜になった。
そしてなぜかハウステンボスへ連れてこられた。
ここからはまた自由にしていいらしい。
基準が分からん。
「ヤッホ凪」
「おう、ハウステンボスって夜見るべきなのか?」
「……今……イルミネーション……」
「キレイってこと?」
「……コク……」
ただの観光になってるけどっ。
もしかして先生達がただここに来たかっただけか?
少し進むと周りが騒がしくなった。
「話してたイルミだ」
「……これは、紹介するよ」
「……キレイ……」
高林さんの言う通りキラキラしていて光の色にも意味がありそうだ。
率直に言ってキレイだし、めっちゃ心が満たされる。
「写メろっ」
「そうだね。撮らないともったいないよ」
こ、これは、どさくさに紛れて高林さんを撮るチャンスでは?
スマホを取り出し構える。近くに明がいるから悟られないようにさり気なく。
「……」
「イルミに照らされた肌もまたキレイだよな」
「……キモ。彼女に言っとくわ」
「や、止めろ」
「冗談」
イルミ+高林さんを画角に収め、ガチで静止してくる明を安心させる。
こいつ将来が見え見えだな。彼女の尻に敷かれている。
さぞやヘコヘコ明になっているに違いない。
「ちなみに、紗衣ちゃんの好きな物は?」
「妹はやらん」
「土産の話な。そもそもいらんし。紗衣ちゃんは物じゃない」
「……凪があげるものならなんでも喜ぶよ絶対に」
「石ころでも?」
「あぁ」
あながち本気で言ってそうで突っ込めない。
ていうか、妹の恋路を応援するのかしないのかどっちだよ。
――佐世保・ハウステンボス観光はとても楽しかった。
結局土産は万人向けでみんな同じやつにした。
「お久しぶりです」
「なんでそんなに旅行に行くのっ」
バイト先へ顔を出すと、高林さんの母が泣きついてきた。
俺にはどうすることも出来ないですけど。
「お土産買ってきました」
「でかしたっ」
「……ありがと……」
「どいたま。それじゃこれで」
「え、一緒に食べよ?」
「ちょっと用事がありまして」
「……分かった」
名残惜しそうにしながらも我慢し、高林さんの母は頷いてくれた。
さて、意味深メッセをしてきた美沙の元へ行こう。
というのも、バイト先に行く前メッセが来た。
普段俺の部屋に勝手にいる美沙がメッセで侵入したことを報告するのだから勘ぐらない方がおかしい。
「なんかあったのか?」
自室のドアを開けながら中にいるであろう美沙に問う。
「特になにも」
「……ホントに?」
「うん。ていうか、寒い。こっち来て手貸して」
「ホッカイロ使えよ」
「ない」
「……はいよ」
要望通り美沙の手を握ってやると、外にいた俺より冷たかった。
なにかあったらお互い様よ。語りたくはないようなのでそばにいるだけにしておいた。
人生初のバイト先が転校生の実家でした 黄緑優紀 @8253
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