第7話 キミも入隊しよう!

「あっ!」

「思い出したのか、ニャンコ。

 その田中さんとかいうおじさんに」

「確か、小学校の体育の先生でした」


 それは、やべーな!

 俺の身体が長椅子から完全にずり落ちたので座り直す。


「だから体操服を着せたのか。

 それは教育者としてどうなんだ?」

「ここだけの話ですが…

 田中隊員はカッター隊員としては優秀でした。

 ですが。

 特殊補佐兵2名を付けておりまして。

 それが全て…」

「もしかして全部元教え子?

 ニャン…錦小織(にしきこおり)特補が3人目とか」


 伍長が頷く。


 おいおいかなりヤバいヤツだ!

 そんなヤツに…。

 ニャンコを渡していいのか?


「隊長…田丸さん!

 私、ワタシイヤですっっ!!」


 ニャンコは目に涙を浮かべて首を振り、俺の制服の袖を掴んで駄々をこね出した。


 嫌な気持ちはわかる。

 俺が女だったらやはりニャンコと同じ反応をしただろう。

 でも俺にはどうする事もできない。

 

 特殊補佐兵の指名は特例がない限り、他人が口出しできないと『ハーレム法』に明記されている。


「カッター隊員は大体へんた…変な性癖の方が多いですし…」


 言葉をオブラートに包みきれてないぞ、伍長。

 きっとこの人も『ハーレム法』が嫌いなんだろうな。


 俺は異常な性癖なんて無い!


 たぶん。


「田丸さんの方が…

 田丸さんの近くにいた方がマシです!」


 「マシ」か。


 そういう所がダメなんだよ、ニャンコ。

 天然だから悪気も無くさっくりと男心を傷つける。


 悪かったな、イケメンじゃなくて。


「あ、そうでした。

 失礼しました、報告を続けます。

 昨日、トキオD.J.に範囲レベルSのUMAW(ウマー)が出現。

 田中隊員は戦死されたとの報告が先程ありました。」

「へ!?」

「ふぇ!?」


 驚くカッター隊の2人を他所に報告は続く。


「よって錦小織特殊補佐兵は本日で解任となります。」

「はぅ…」


 ニャンコが口をポカンと開けて固まっている。

 安堵か失望か歓喜か悲観か、どの顔だろう。

 それとも全部混じって処理ができなくなったか。


「続いて田丸隊長の特殊補佐兵の件です」

「そう、それ!

 結局どうなった!?」


 ニャンコをなぐさめようとしたけど。

 俺の話が出ると伍長に喰いついた。


「東川 初奈(ういな)特殊補佐兵は田中隊員付きとして

 昨日のトキオD.J.の戦闘に参加」

「まさか!

 まさか戦死…」

「いえ、生存を確認。

 と、いうか……」

「なに?

 何かあったんですか」

「今、来てるんです。

 ロビーに」


 俺は袖を掴むニャンコの手を離れて事務室を飛び出す。


「田丸隊長ぅぅぅーっ!!」


 ニャンコの悲痛な叫びが追いかけてきても俺は気に留めない。


 ウイナ、ウイナさん、ウイナちゃん!

 清楚で可憐で長く美しい黒髪の俺の初恋の人!!

 頭も良くてトキオD.J.の有名私立中学へ入学してそれっきり会えなかった人!!


 カッター隊の特殊補佐兵の話を聞いて真っ先に思い描いた人。

 卑怯だと言われても。

 もう一度彼女に会えるチャンスだと思った!


 最初はただ側にいて微笑んでくれるだけで良い、なんて考えていた。

 でも一緒に暮らしていけばお互い惹かれあい、やがて。

 そんな妄想がどんどんと大きく膨らんでいくと、僕の下半身も膨らんで。

 どんな特訓でもカッター砲を撃てるようになった。

 

 彼女に失礼だと思う。

 でも男ってそんなもんだろ!


 一昨日の戦闘もその妄想をすればよかったんだ!

 ニャンコが泣くから心を乱された。

 『チロー隊長』という不名誉なあだ名もニャンコが悪い!


 陽が沈んで薄暗くなった玄関ロビーに着いた。

 省エネの為、幾つかの蛍光灯のLEDが外されている。


 そこには一人の女性が壁にもたれて立っていた。

 が、それは東川ウイナさんではない。


 その女性を無視して俺は玄関の周りで人探しを始める。


 どこだ、どこだ?

 俺のウイナさん!


 壁の女性はこれからも、そしてこの先も関わる事が無い人種だ。

 金の髪の所々に青や紫のメッシュ、破れたジーパン。

 七色に光る爪を眺めている。


 ギャル、というより不良パンク少女。

 中学の不良グループにもこういうのがいたな。


 と思いながらふと気が付く。

 ここは一般人立ち入り禁止のハズ。


「あの、すみません。

 ここは民間の方は立ち入り…」

「さっきから何してんのよ、田丸」


 不良少女の声を聞き、その顔と目を見て凍りつく。


 いや。

 まさか。

 そんな…


「ひさしぶり~」

「お…お久しぶりです、東川さん?」

「アタシを特補で呼び出すなんていい度胸してんじゃん。

 ずいぶん偉くなったものねー」

「いやあ…それほどでも…」

「タマルセイトの特補に選ばれました、って言われてもさあ。

 小学校の同級生って事しか思い出せなくてさあ。

 さっきアンタがココに来てやっと思い出したわ。

 地味でさあ、よく丸緒たちにからかわれてヘラヘラしてたヤツじゃん」

「うぐっ…」


 昔の心の傷をえぐられた。

 スポーツ万能成績優秀でクラスのリーダー的存在だったアイツには誰も逆らえなかった。


「少しはガタイは良くなったみたいだけどぉ。

 お前みたいな弱っちくてしょっぱい男がさぁ、

 アタシの横にいられるなんて思ってるワケ?

 ね、アタシの事舐めてる?」

「うぐぐぐっ…」


 話ながら少しずつ近づいてくる不良少女。

 険しい顔をしているけど。

 その顔は確かに東川ウイナさんだ。

 幼さが抜けて美人へと変貌している。


 それにしても変わりすぎだろ!

 白やピンクのワンピースが似合っていたあの清楚な彼女はどこへ行った?


 Tシャツの胸の部分に他人を罵る下品な英語が大きく乱暴に描かれている。


「唸ってばかりいないで何か言ったら?

 会いたかったでしょ、アタシに」

「ひ…東川さんは随分変わったよね。

 その…雰囲気がさ…全体的に…」

「ああー、アンタ。

 猫を被って大人しくしていた時の私に会いたかったんだー」

「猫を被ってた…」

「ホントに。

 男ってバカばっかりよね!」


 側まで歩き、立ち止まったウイナさんが足を上げる。

 俺の股間めがけて。

 反射的に両手でガード!


 訓練所では『命を捨ててでも股間を守れ』と教えられている。

 特殊貞操帯はある程度の衝撃は吸収出来るが、鋭い彼女のキックに耐えれたか疑問だ。

 特訓の成果が出せて良かったと思う反面。

 心に深い傷をおう。


 憧れの人に急所を蹴られそうになる瞬間なんて誰が想像できただろう。


「やるじゃん、田丸ぅ。

 田中とかいうトキオD.J.のオッサンはモロに蹴れたけどな」

「お、お前!

 そんな事をしたらカッター砲に支障が…」


 ウイナさんはワザとらしいぐらい大きな声で笑い飛ばす。


「…はっ。

 あのオッサン、うずくまって泣いてやがったぜ!」

「ぬううう!

 田中カッター隊員が戦死したのはウイナさんのせいじゃないか!」

「知るかっ!」


 笑顔から一転、鬼の形相となる。


「アイツ、アタシに紺色のダッサいパンツをはけって命令してきやがって!

 無視してやったら無理矢理はかそうと襲ってきやがったから!!」


 ブルマを知らなかったか。

 一応歴史ある体操着なんだがな。


「だからって!」

「ウルサイッ!田丸セイトッッ!!

 お前がアタシを特補に指名したせいだろうが!

 お前が悪いっっ」

「ぐはあっっ」


 ウイナさんの回し蹴りを左脇腹に喰らい派手に吹き飛ぶ。

 玄関ロビーの冷たい床に倒れて動けなくなった。


 脇腹が痛いわけじゃない。

 自分から派手に飛んで蹴りの衝撃を軽くしたので問題ない。

 最初の蹴りを防いだ時に思い出した。

 小学校のウイナさんが放課後に通う『習い事』の中に空手があった事を。


 疼くのは俺の心。

 憧れの人が不良少女になって蹴られ、嫌われ。

 そして一人の隊員を死に追いやってしまった。

 訓練所の教えを忘れて俺は涙を堪えるのに必死だった。


「ふっふっふっふっ……」


 頭上から意地悪な笑い声が聞こえる。

 いつの間に来たのか。

 目を開けるとニャンコがしゃがんで俺を見下ろしている。

 ニヤニヤと笑いながら。


「セイト君。

 セイト君はねえ。


 女の子に夢を見過ぎなんですよ」


 ニャンコのくせに。

 正確に俺のガラスの純情ハートを撃ち抜いて壊した。


 頬に一粒の涙が伝う。


 ニャンコの後ろに事務員さんが立っているのに気が付く。

 

「伍長、

 錦小織ニコを…

 俺の第二の特殊補佐兵に任命する手続きをお願いします」


 俺は床に寝ころんだまま敬礼する。

 敬礼する必要は無いけど。


 能面のような表情になるとニャンコは立ち上がる。

 そして薄目で僕を見下げた。


「アナタって思ってたよりサイテーの男ですね…」

「了解しました。

 手続きを行います」


 伍長も鋭い目つきで俺を見下す。

 2人の目から共通の想いが語りかけてくる。

 『男ってホントにサイテー』と。


「第二って!?

 アタシは解任じゃないの?

 カッター隊員を2人蹴飛ばしたんだから不適格で解任でしょ!」

「それはカッター隊員から申し立てがあってから審議になります。

 田丸隊長、申し立てをしますか」

「しないっ!!」

「なんでよ!?」


 俺はゆっくりと立ち上がる。

 希望も計画も確信も何もない。

 そう言わせたのは多分俺の男としてのプライド。


「ニャンコの強いコンプレックス、

 ウイナさんの捩じ曲がった性格、

 俺が全部面倒みてやるっっ!!」


 右手を高く掲げ宣言!

 決まった!!


 その言葉を聞いて少女二人は怒りに顔を歪ませ、大人の女性は深く溜め息をついた。

 ここには俺の味方はいなかった。


 その時。

 緊急警報が鳴り響く。


『石沢県上空100キロにUMAW(ウマー)出現。

 地表到達推定時間20分…』


「ええっ!?

 こんなに早く再来するなんて!」


 伍長が驚嘆の声を上げながら事務室へ走り去り、本部棟の内外が騒がしくなる。


「聞いたか、2人とも!

 田丸カッター隊3名、これより出動っっ!!」

「はぁ…

 はい、隊長…」

「田丸のクセにアタシに命令するんじゃねえーっ!」


 俺はコネクテッドスーツを装備する為に元気よく本部棟を飛び出す。



 そして俺と少女達の長くて熱い戦いが始まった。


                               <完>







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人類の存続は俺の※※※にかかっている! 館主(かんしゅ)ひろぷぅ @hiropoo

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