第6話 考えるニャンコ

 俺とニャンコは制服を着て連れ立って基地内を歩く。

 目指すは本部棟。

 昭和の佇まいが残る古い5階建ての建物だ。


「…すいません、隊長…」

「いや、もう謝るのはいいって!

 俺も気が緩んでいたからな」


 あれから暴れるニャンコをなだめて、誤解を解いて。

 (俺の暴れ狂う情動が飛び出しそうになったのは伏せて)

 まだ片付けてない引っ越しの荷物から下着を探して制服を着て。

 お詫びに朝ごはんを作ると言ってきかないニャンコが出した、レンジでチンするご飯とインスタントみそ汁を食べて。

 ご飯の間も謝り続けるニャンコをなだめて。


 そんなこんなで出勤は朝の10時を回っていた。

 といっても誰かに怒られるわけでもなく。

 カッター隊の出勤は自由だった。

 その代わり体力の維持と向上を務めたり、出来る限り基地内に留まる事などの条件が付く。


「それより。

 朝が弱いわりに早起きなんだな、ニャンコは」

「ニコです。

 錦小織(にしきこおり)ニコです!」

「朝は自分の事を”にゃんこ”って呼んでたじゃないか」

「あ、う…

 あれは子供の時のクセで…」

「へぇそうか。

 ニャンコ可愛いじゃんニャンコ!」

「うーーー!」


 ニャンコはほっぺを膨らまして肩を怒らし上目づかいで睨みつける。

 拗ねた子供みたい。

 同じ歳なのに泣き虫で落ち着きがなくて。

 からかい甲斐がある。


「それよりなんで7時だったんだ」

「それは隊長が1日中寝ていて…」


 そうなのだ。

 俺は昨日丸一日寝ていたらしい。

 睡眠時間は12時間以上ではなく24時間以上だった。

 その間に検査や点滴や色々お世話されていたらしい。


「今日には目覚めるだろうって聞いて…

 …だから…キスで…起こそうかなって……」


「よっ、北陸の英雄!

 目覚めたか!!」

「おはようございます!

 田丸隊長!!」

「ああ、どーもどーも」


 さっきから気軽に色々な人から気軽に声をかけられる。

 目覚めるとヒーローに仕立てられていた。

 カッター隊としてやれる事をやっただけなのでこそばゆい話だ。


「ん、すまん!

 最後なんて言ったか聞こえなかった」

「いや…いいです…」


 何故かニャンコの顔が真っ赤になってる。

 恥ずかしがり屋だからヒーロー?ヒロイン?扱いされるのは照れるのかな。


「そういえば。

 隊長の事、みんなは”チロー隊長”って言って褒め称えていましたよ」

「ぶっ!!」


 それは多分、絶対褒め称えてないな。

 確かに発射が遅くなってみんなに迷惑かけたけどさ。

 怪我人は多数出たが死者0人なので悪い結果ではないと思う。


「チロー、ってなんでしょうね?」

「さ、さあてね。

 まだ16歳だから大人の使う言葉はよくわかわないなー」

「ふーん」


 ニャンコがニブくて助かる。


「それでこれから何処へ行くんですか?」

「…なあ、ニャンコ。

 2人でいる時は敬語は使わなくてもいいんじゃないか。

 同じ歳だしさ」

「え?でも隊長ですし…」

「お前がそれでいいならいいけど」


 朝は『下半身UMAW』とか言われたけどな。


「人事課だよ」

「え!?」


 ニャンコの足が止まる。

 だから俺も足を止めてニャンコと向き合う。


「やっぱりさ、俺達2日前までお互い知らない仲だったよな。

 今回はなんとかなったけど。

 これから上手くいくかどうかわからないしさ」

「…で、でも…」


 またニャンコの顔が真っ赤になり瞼に涙が溜まる。

 それでも瞳に強い光が宿り何かを決心して言葉を振り絞る。


「わ、わたしっ!

 ”初めて”を隊長にあげました!」

「うん、俺も初めて」


 羞恥心を訓練所に置いてきたので顔を赤くする程恥ずかしくはない。

 奪う側と奪われる側とでは感じ方が大きく違うのかな。


「そ、それでもですか?

 それでも私を側に置いてくれないんですか!?

 …やっぱり私がブスだから…」


 フルフルと身体を振るわせて泣き出した。


 このコのコンプレックスの強さも一因ではある。

 何も応えずに黙って人事課に連れて行った方がよかったかもしれない。


「ニャンコはブスなんかじゃないよ」

「じゃ、じゃあ!」

「ニャンコは敵が憎くて特殊補佐兵でも何でもよくって。

 そして俺にはずっと想ってるヒトがいて。

 それって平行線でどこまでいっても交わらない想いなんだよ。

 俺もUMAWは憎いけどさ」

「…じゃあ、でも…」

「ニャンコの想いは立派だと思う。

 でもそれは特殊補佐兵みたいな危険な仕事しなくても。

 軍需拡大で多くの人が軍事産業に転職させられて働いている。

 それも立派な戦いだし。

 これから勉強して士官学校に入る道もあるじゃないか」

「……」


 伝えたい事は伝えた。

 面倒でも無理矢理人事課に行くよりこれでよかったと思えてきた。

 少しは納得してくれると嬉しい。


 再び歩き始めようとするとニャンコが胸に飛び込んできた。

 俺の胸に埋めた顔は見えないけどすすり泣きが聞こえる。


「ニャンコはさ、笑った顔が一番良い顔だよ」

「ごめんなさい…

 …それでも…少しだけ泣かせてください…」


 周りの訓練や作業をしていた兵が手を止めて口笛を吹いて俺たちを茶化す。

 羞恥心は置いてきたけど。

 女性の扱いの知らない童貞にはこの状況はどうしたらいいか困る。


 僕はニャンコの頭を優しく撫でた。



 人事課で特殊補佐兵の配置が間違った事を告げると。

 想定以上に大騒ぎになり。

 少佐とか中佐とか出てきて面談したり面倒な事になった。

 


 夕方になって幹部達が話合いをしている間、事務室の応接セットで2人長椅子に座って待つことになった。


 …気まずい。


 ニャンコが朝の話し合いから目を合わせてくれないし、口も聞いてくれない。

 ヘリの中と同じで俯いたまま。


 僕は紙コップのインスタントコーヒーをすすりながらニャンコに話しかける。


「俺が訓練所で教わったのは、いつでも笑っていろってさ。

 楽しい事考えていなきゃ良いカッター砲は撃てないって。

 ニャンコもまだカッター隊員なんだから笑っていろよ。

 そしてこれからもさ」


 何様目線で俺は話してるんだ?

 結構恥ずかしい内容だが。


 それでも。

 いつか俺の言葉がニャンコの心に届いて笑ってくれる事を願っている。


 そこへ慌ただしく女性事務員が入ってくる。

 受付にいたキリッとした顔のお姉さん。

 20代半ばだろうか。

 そのお姉さんが困った表情でアタフタしていた。


「田丸カッター隊に報告があります!

 最初に錦小織特補!

 貴女の正確な指名者が判明しました。

 田中 清二(せいじ)。

 トキオD.J.のカッター隊隊員です」


 俺は田丸 聖人(せいと)。

 「た」と「せい」しか被ってないじゃん!


「それで。

 年齢は俺と同じ16歳なんですか」


 カッター隊隊長は曹長扱い。

 お姉さんは伍長なので階級は俺の方が上だけど、大人と会話をする時は敬語になってしまう。


 16歳なんて所詮”毛の生えた子供”だ。

 訓練所で色んな大人と一緒に生活して思った。


 新世界連合軍は18歳から入隊できるが、カッター隊は16歳から。

 しかも隊員だけ徴兵制。

 ヤリタ・カッター砲の適合者が少なく、軍としては試験管テストの合格者はどんな手を使っても手に入れたい。

 15歳でテストに合格した俺は”特別体験入隊”という枠で強引に入れられた。


 14歳から15歳の少年の精力なら誰でもカッター砲が撃てそうな気もするが。

 そういう単純なモノでもないらしい。


「いえ。

 年齢は39歳でした」


 俺は長椅子の上で半分ずり落ちた。

 ちょっと似た名前で年齢が同じくらいでなら間違えるのも理解できる。

 倍以上の年齢じゃねーか!


「個人情報の管理が杜撰過ぎませんか?」

「すみません…

 トキオD.J.は激戦区で時々情報が錯綜する時がありまして…

 今回の件を受けて管理体制の見直しを図る予定です」


「たなか…せいじ…?

 …年上の…おじさん…」


 隣に座るニャンコが目をつぶりながら首をひねっている。

 名前を聞いただけでは思い出せない関係らしい。


「…あっ!」

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