第5話 お前と迎える朝!

 振り仰ぐと真っ黒な空。

 視界は蠢くUMAWに埋め尽くされた。

  こんな近くで生でコイツらを見たのは初めてだ!


 関西の援軍は50万を超えるUMAWの一角をも崩せてなかった。


「発射5秒前!

 ヘリを下げて全員伏せろっ!!」


 爆発寸前まで気が高まって行く!

 大きな情動が身体の内側からせり上がって行く!!


 そこへ。


「もっと…

 したかったです…セイトさん…」


 ニャンコが耳元で囁きやがった!!


 うああああああああああああああああっ!!!


 俺はバカだ!

 容姿ばかりに気をとられて。

 大事なのは外面ばかりじゃないって事を!

 その内面ってのは口蓋垂が奏でる音波だけどな!!


 なんて甘く優しい可愛い声なんだああああああああああああああっっ!!!


 ドッッッッッッッッ!!!

 ピュウウウウオオオオオオオオッッッ!!!!


 思わずトリガー引くと眩い白い光が立ち上る。

 黒い空に大穴が空く!


 発射されるビームはどんどん太くなっていく!


「うおおおおおおおおおおおおおおおおおおおっっっ!!!」


 ヤリタ・カッター砲を持ち上げて左右に振ると。

 車に付いた泥を落とすシャワーのように、太いビームがUMAWを消滅させていく!


 「す、すごい…」


 優しく可愛い声が再び耳をくすぐる。


 さらに太くなるビーム!!


 その反動に耐えられなくなり後ろに倒れそうになると。

 首に巻き付いたニャンコが俺を支えてくれた!!


 イェェエエエイ!俺たちいいチームかもな!!


「燃え上がれ!俺の分身の生命力!!

 翔べ! この快感、水平の彼方までっっ!!!!」




 短くも激しい戦闘は終わった。

 人類の圧倒的勝利で。

 50万を超えるUMAWは全て消滅した。


 空はオレンジに染まり、海水はその光を反射させている。


 美しい…普段ならそう思うだろう。

 今は何も感じない。


「やりましたね!

 隊長っっ!!」


 目の前の半裸の少女がうさぎみたいに飛び跳ねて喜んでいる。

 今の俺にとってそれは性別”女”の人間がそこに存在しているだけにすぎない。


「よくやったな、

 ニャンコ」

「はいっ!

 ってニャンコじゃなくてニコです!

 ………

 …どうしたんですか隊長?

 嬉しくないんですか!?」

「ああ嬉しいさ嬉しいよ嬉しい」

「…はっ!

 これが研修で教わった”賢者タイム”!!」


 特殊補佐兵も配属前に研修があるんだっけ。

 でも今はそんな事どうでもいい。


 専用機シコリターナXYに向かって歩き出す。

 兵士達が集まってヘリまでの花道を造っていた。


「グッジョブ!」

「助かったぜ、ありがとう!」

「良いビームを見せてもらったぜ!」


 沢山の拍手と共に賛辞の声があがる。


 一人の兵士が駆け寄って来た。


「田丸隊長。

 落し物です」


 投げ捨てたヘルメットを渡された。


 俺は腑抜けた顔を兵士に見られたくなくてメットを被る。


『…ったくよぉ。

 カッター隊員は大体発射前にヘルメットを外すんだよなあ。

 やってらんねえよなあ』

『んだ、んだ』


 コントロール室のオペレーターが隣にいる誰かに文句を垂れていた。


「聞こえてるぞ」

『あっ!

 はい、そのえっと…』

「今度からオペレーターはセクシーボイスのお姉さんにしてくれ」


 それだけ言うと通信を切った。


 俺は花道を歩きながら適当に手を挙げて声援に応える。

 

 ヘリに乗り込んでカッター砲を外すと俺は気絶するが如く爆睡した。




 なにか素敵な七色の夢を見ていた気がする。

 不意に誰かが耳元で囁く。


「もっと…

 もっとして!…セイトさん…」


 驚いて目を覚ますと見慣れない天井。

 しばらくの間、自分がどこにいるのか把握できなかった。


 ああ、そうかカッター隊宿舎の俺の部屋か。 


 上半身を起す。

 朝の光が清々しい。

 なんて爽やかな気分だ!

 

 朝の6時59分。

 昨日の夕方から寝ていたとしたら12時間以上は寝ている。


 誰かがスーツを脱がせてくれたのだろう。

 パンツ一枚で寝ていた。

 そのパンツの一部が目一杯膨らんでいる。

 身体中が元気で満たされていた。


 ベッドから立ちあがると隣のベッドに人が寝ている事に気が付く。


 ニャンコちゃんだ。

 名前はニシキナントカ…ニコだったか?

 寝ぼけてるのかハッキリ本名を思い出せない。


 そのニャンコちゃんは僕に背を向けて白いぬいぐるみを抱いて寝ている。

 パジャマはクリーム色に小さなネコの顔の総柄だ。


 ピピピピピピ…


 ニャンコの顔の横にあるスマートフォンが7時のアラームを鳴らす。 


「んむ…」


 左手をフトンから出すとアラームを止めようとスマホを叩きだす。

 いやいや、叩いただけで止まらないだろ、普通。


 アラームを止めるのを諦めると。

 スマホを投げた。


「あぶねーな!」


 こっちに飛んできたのを避けて、床に落ちる前に受け止める。

 スマホの表示面にいくつも小さなヒビが入っていた。

 このコにはもっと丈夫なスマホが必要だ。


 アラームを止めるとアザラシの子供の待ち受け画面が表示される。


 軍の仕事でもあるのか別に用があるのか。

 アラームを設定したって事はこの時間に起きたいって事。

 それを尊重して起してやるか。


「おい、起きろー」

「ん~…あとごふんだけ~」

「アラーム鳴ったぞー。

 おきろー!」

「んん~うるさーいー。

 もうちょっとだけー…」


 揺すっても起きようとしない。

 典型的な朝が弱い寝坊助だな。

 これは長丁場になりそうだ。


 俺は狭いローベッドの上に右手と左膝を乗せて楽な姿勢をとる。

 左手でニャンコを揺さぶり続けた。

 自然、彼女の顔に近づく。


 昨日はほとんど泣き顔でシワになるほど顔を歪ませた顔ばかり見ていたけど。

 寝顔は穏やかで愛嬌があって、癒しがある。


 でも。


 初恋のあのコの麗しさには遠く及ばない。

 俺にはあのコへの想いがあるからニャンコと同室でも間違いなんかおかさない。


 安っぽいシャンプーの香りに気が付く。

 この宿舎に備え付きのやつだろうか。

 ニャンコの体臭と混じり、甘い香りへと昇華する。


 ああっやべっ!

 間違いなんかおかさないからな!


 ニャンコを起す為に身体を揺すっているが、大きな胸も同時に揺れているのを見てしまった。

 パジャマの合わせからチラリと見える下着と肩紐。


 あああっやべやべやべっ!

 おおお俺には初恋のあのコへの想いがああああああ!!


 だが身体は正直に反応して下半身に力が集中する!


 突然大きな警報音が部屋中に響く。


「警告、警告。

 田丸隊員、特殊貞操帯未装着。

 5分以内に装着しなければ軍法により処罰されます」


 それは軍から借りているタブレットからで、警報と女性の合成音声が大音量で流れていた。


 そうか出撃で外してそのままだったか!


 特殊貞操帯は伸縮性バツグン、身体にフィットする特殊合金で造られている。

 締め付け感や束縛感はなく、トイレも必要なところだけ穴が空くので特に問題なく用が足せて。

 だが一定時間以上下半身が元気になると冷気を発して、心と身体を冷たく沈めてくるのだ。

 もちろん特殊補佐兵も形は違うが 特殊貞操帯を装着。


 これはか弱い女性の特殊補佐兵を守る人権的目的、ではなく。

 不純異性交遊をした後のカッター隊がカッター砲を使った場合、その威力が必ず大幅ダウンするという報告から発生した処置である。


 うおおおおお!

 しかし田丸 聖人(セイト)16歳!

 若さゆえにこの状態をガマンなんて出来ないっっ!!


「うっさいでひゅっっ!!」


 ニャンコが急に上半身を起す。

 それに驚いて俺の中の本能の獣が静まった。


 ふぅ、危なかった!


「お、おう

 おはよう、ニャンコ」

「…あ、おはにょうごじゃいましゅ、たいちょー」

「ああ、うん。

 お前は俺と同じ年齢だったよな。

 まだぬいぐるみ抱いて寝てるのか」

「ひゃいー。

 あざらしの”しらたきさん”でふよー」


 寝ぼけマナコでふにゃっと笑って。

 俺によく見えるようにしらたきさんを前に突き出して振り振りする。

 その様子は子供みたいに無邪気で微笑ましい。


「こどものときからのにゃんこのおともだちでー。

 ねるときはいつも…い…しょ……」


 ニャンコの動きが少しずつ固まっていく。

 あれ、どうしたんだろう。

 そう訝しんだその時。


「にゃああああああああああああああああああっっ!!!」


 ニャンコが身体全体の筋肉を使って絹を裂くような絶叫を発した!


「なななななななんで隊長は裸なんですかぁぁぁっっ!!

 ははは裸でべべべベッドのうう上まで来てっっ!!

 私ににゃにゃにゃにゃにをするつもりだったんですかああああ」


 あ、しまった。

 服着てなかった。


「いや、違うんだ錦小織特補。

 俺もさっき起きたところでだな…」


 訓練所で培った心を鎮める呼吸法で落ちついて。

 ニャンコの説得を試しみる。

 冷静になった俺は彼女の本名を思い出した。


「バカ!変態!スケベ!ろくでなし!

 この下半身UMAW!

 エッチエッチエッチエッチ変態ーーーーっ!!」


 ニャンコは俺の話を聞かず手に取るモノ全てを俺に投げつけた。

 枕にスマホ、本にクッション、最後にしらたきさんが身体に当たる。


「いやあああああああっっ! 

 しらたきさんが汚されたあああああああっっ!!」


 それは投げたお前が悪いんだろ!


 ともあれ。

 また俺はニャンコを泣かせてしまった。

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