第4話 描けない一瞬の先に

「や、やっぱり…私じゃダメなんですね…」

「ニャンコ…」

「ごめん…なさい。

 私いつも大事な時にドジばかりで…

 こんな所まで来てみんなに迷惑かけて…うううっ

 私が間違って来なければ!」

「だから泣くなって!

 間違ったのは人事のヤツらでお前は悪くないっ」

「た、隊長~っ」


 ニャンコが抱きついてきた。

 お腹に大きく柔らかいモノが当たる。


 ポーン…フィィィィィィィィィィン…


『カッター砲、起動確認!』


流線型をした臙脂色の機体から青い光が漏れる。


「よしっ!」

「や…やりましたね!

 隊長!!」


 喜んで俺達は顔を見合わせた。

 すぐ近くにお互いの顔がある。


 充血した目、泣いて腫れた一重の目を近くで見て申し訳ないようななんとも言えない気持ちになった。


 そうだ、父さんだ。


 母さんの葬式の時にこんな目をして無理に笑っていたっけ。


 心の中に冷たい風が吹き込む。


『カッター砲、停止します!』


 ブゥゥゥゥゥゥゥゥゥ………


 くそおおおおおっ!

 男の心は案外とってもデリケートなんだよっ!


「ごめんなさい、ごめんなさい!

 私がブスでごめんなさぁぁぁぁぁいっっ

 わあああああああああっっ」


 僕の身体に顔を埋めて大号泣。


「だから泣くなって!

 お前のせいじゃない!

 ブスだなんて思ってないっっっ!!

 違ああうっこれは俺の問題で…」


 ガシャアアアアア!


 派手な音がした後にヘリの一機がコントロールを失い海に落ちる。

 UMAW(ウマー)の一番近くで戦闘していたヘリだ。


「全軍持ちこたえろ!」

「ヤツらに攻撃のスキを与えるな!」


 無線から士官達の必死な命令が流れる。


『こちらコントロール、

 全軍攻撃によりUMAWの落下速度低下。

 UMAW接触まであと2分。

 防衛限界ラインが近いです!』


「田丸隊長、撤退してください」


 中山軍曹以下第121分隊が回りを囲み、銃を撃ち続ける。


『撤退許可が出ました!

 撤退して体勢を立て直してください!!

 至急撤退を…』

「あーうっさいっ!!」


 俺は被っていたヘルメットを投げ捨てた。

 


「軍曹達は先に撤退してください!」

「我々は 田丸隊長を置いて撤退はできません!

 初陣で失敗は当たり前です。

 初めから何もかも上手くいけば誰も苦労はしない!!

 撤退して立て直せ」

「そうです!

 もしここで貴方を失えば誰が北陸を守るのですか!」


 分隊員たちの言う通りだ。

 みんなカッター隊員に期待しすぎたんだ。

 俺は16歳の普通の新兵にすぎない。


「ニャンコ、撤退…」

「そうだ!」


 泣いてたニャンコが突然声をあげて俺の身体から離れると。


 制服を高速で脱いだ。

 第一印象のドジでトロそうな少女のイメージを払拭するぐらいに。


「ほら見て下さい!

 隊長の好きな体操服とブルマですっ」

「違えよーっ!

 それは俺の趣味じゃねえええええ」

「ひゅーっ

 いい趣味じゃねえか」


 ライフルを撃ちながら軍曹が茶化す。


 カッター砲が起動と停止を繰り返して不安定。


 白いソックスに健康的な太もも。

 ブルマを履きなれてないせいか、裾口から白いパンツのレースが覗いてる。


 俺の趣味ではないが。

 これで何とかガンバれないか?

 ガンバれ、下半身の俺!

 男は上半身と下半身で別々の考えが出来る生き物。

 あの太ももに集中するんだ!

 あのちょっと肉付きのいい太ももにっ!


 男の”ちょうどいい細さ”と女の”ちょうどいい細さ”は違う。

 あのくらいが健康的でちょうどいいんだっっ!!!


 カッター砲は依然不安定。


 涙目のニャンコが下唇を噛み。

 意を決して白い体操服の裾を掴むと。

 一気にまくり上げて投げ飛ばした!


 揺れる胸と白いブラ!


 カッター砲が安定!

 しかし。

 発射体勢に変化しない!


 ここでヘルメットを投げ飛ばした事を後悔する。

 3Dビジョン再生機能が搭載され、このタイミングでエッチな3D映像が鑑賞できれば何とかなったかもしれないのに!

 訓練所でいつも自分を高めるためにやっていた方法。

 しかしこの方法では出力は30%から40%までしか上がらない。


 この緊急事態で100%を目指すより。

 出力が落ちても慣れた方法で、1発でもカッター砲をぶっ放すほうが最善だった。


 出力のあがらないカッター砲を見たニャンコは。


 瞳にさらに涙を溜めて目をきつく閉じた。

 そして両手を背中に回す。


「待て!

 ニャンコっっ」


 俺はその手を掴みニャンコの動きを止めた。


 何をしようとしているかは童貞の僕でもわかる。

 童貞でなくてもわかるしそれは今は関係ない。


 ブラを取って半裸になろうとしている。


 僕を見上げるニャンコの眼。

 追い詰められて瞳孔が開いている。

 どうして止めるのかわからない、と言いたげな表情をして。


 何度も言うが俺は16歳の童貞。

 女性の身体に興味はあるし、同年齢の胸だって見たい!

 もう一回言う、見たい!!


 だが違う。

 違うんだ!


 こんな戦場でその光景を見て何て思うだろうか。

 戦火から身一つで逃げて来た避難民のように見えたら。

 必死な表情な分、むしろ哀れみしか感じないだろう。

 ちょっとくびれが足りない腰のラインがそんな想いをさせてるかもしれない。


 男のアレはネガティブな気持ちでは元気にならない!

 繊細なんだ、繊細なんだ!


 ブラを取って営業スマイルで男の煩悩を刺激させる官能的なポーズが出来るならそれでいい。

 だがニャンコはきっとそうじゃない。

 普通のドジな16歳の少女だ。

 

 この白い布が取られた時。

 もしカッター砲が再び停止したら。

 

 俺は自信を失くし。

 ニャンコは深い傷を負うだろう。

 お互いタチ直れなくなるかもしれない。


 ニャンコの赤い頬を両手で包む。

 手のひらから熱い体温が伝わってくる。

 顔を近づけてうるんだ瞳を見つめる。


「いいか、俺はビッチは好きじゃない」

「ふぅぅぅっ…

 でも隊長…

 わたし…わたしには…」

「でもじゃない!

 自分を大事にしない奴はキライだ」

「……」

「落ち着け、錦小織特補。

 目をつぶって10数えろ」

「でも!」

「10数えろ!」


 ニャンコは目を閉じて唇を微かに動かして数えだした。

 僕は手の位置を変えてニャンコの耳を塞いだ。

 外の音を少しでも遮断すれば集中できるだろう。

 

 10数え終わった後は。


 何も考えていない。

 

「最終デッドラインに入った!

 田丸隊長を無理やりにでも撤退させるぞ」


 と、軍曹の声。


 そうだ撤退だ。

 それしかない。


 撤退を命令する為にニャンコの顔を見つめた。


 それは。

 テーマパークが見せた奇跡だろうか。

 夕日のマジックだろうか。

 それとも吊り橋効果はこの場合にあてはまるのだろうか?

 これは何効果というのだろう。


 オレンジの陽に照らされた凹凸の少ない顔。

 ヒクヒク動く低い鼻。

 小さく動くピンク色の唇。


 とても愛おしく思えたんだ!


 平凡で平均的な容姿の俺には。

 超絶美人より、平凡で平均的な容姿な彼女がちょうどいいって思った。


 なんて傲慢。

 若さゆえの傲り。

 でも男なんてそんなもんだ!


 したいと思った。

 やりたいと思った!!

 湧き上がってくる衝動が抑えられなかった。

 男なら誰でも心に飼っている猛獣が暴れている。


 やってやる、一思いに!


 小さな唇に俺の唇を重ねた。


「ふぐっ!?」


 驚いたニャンコは驚き身を固くした。

 俺は目をつぶり彼女がどんな顔をしたかわからない。


 身を硬くしたまま。

 ニャンコは俺に身をまかせた。


 といっても。

 ただ唇を重ねただけの軽いキス。

 しかも全長60センチのカッター砲が前方に付いてるので僕は腰を右に回して間抜けな体勢。

 腰が痛い。


「たいちょ…ふぐぅぅ…」


 ”初体験”の俺には”ディープ・キス”なんて思い付かない。

 ただタコみたいに唇を尖らせてニャンコの唇を吸う。

 それに呼応して彼女も唇を尖らせて俺の唇を吸う。


 フィィィィィィィィィィィィィイイイイイイイッッ


 カッター砲の出力が上がっていく。


 俺たち2人を担いで後退しようとした分隊員がみな足を止めた。


「密集隊型!

 この場を死守するぞ!」


 わかってるじゃないか、軍曹!

 今はこの時間を邪魔されたくはないっっ!!


 チィィィィィィン!

 ゴォォォォォッッ


 カッター砲の発射音と炸裂音が響く。


「関西の援軍が間に合った!

 いいぞっ時間を稼いでくれっっ」

「ぐわああああっ」

「衛生兵、衛生兵!

 来てくれっ一人倒れた!」


「うわああああっ!」

「ぎゃああああああっ!!」


 激しい銃声の嵐の中、方々からUMAWの犠牲になる兵士達の絶叫があがる。


 そんな中で2人は激しく唇を重ねる。

 ニャンコが俺の首に手を廻して抱きしめる。

 彼女の軟かな感触のなんて心地良さ!


 身体を密着させると、フワリと彼女の汗のニオイを感じる。

 それは今まで嗅いだことのない。

 今まで嗅いだ芳香の中で一番甘美な香りだっっ!!


 俺の身体の中の、そして下半身の気が一気に高まるっっ!!


 グィィィィィン、ジャキン!


 カッター砲の左右にある運搬用の取っ手がトリガーへと変形する!

 発射準備OK!!!


 ジュッと音をたてて唇を放すと。


「イクぜ!

 ニャンコッ!!」

「はいっっ隊長っっ!」


 俺はニャンコを首にぶら下げたままトリガーを握るっ!

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