第3話 嘘だろ、緊急出動!

『福美県上空80キロにUMAW(ウマー)出現。

 地表到達推定時間15分。

 発生範囲レベルAA。

 空挺隊、陸戦隊全隊出動願います!』


 ここで一度、天井に設置されたスピーカーからのアナウンスが切れる。

 外の緊急警報音は鳴りっぱなしだ。

 再びプツリと音がして放送が開始されると。


『カッター隊2名、出撃お願いします!』


 2名って。

 2名って言ったか。

 振り返るとニャンコちゃんが口を開けて間の抜けた顔でこっちを見てる。

 鼻水出てるぞ。


 UMAWもなんて間の悪い出現しやがるんだ!

 ほんの3日ぐらい待ってくれたら隊員の交代が出来たのに。


 UMAWは毎日世界のどこかに降ってくる。

 人口の多い主要都市では回数が多いが、次の出現は3日から1週間ぐらい空く。

 この北陸では3週間前に出現して以来になるが。

 あと3日。

 3日ぐらい待ってくれよ!


 しかも範囲レベルAAって。

 50万を超えるUMAWかよ!

 初出撃で超ハードモードすぎだろ。

 普段はレベルEやFの100から200しか出現しないから北陸や東北は新米が配属されるんだぞ。


「ニャンコ、

 行くぞ」


 心の不安を隠して笑顔でベッドの方へ声をかける。

 『常に笑顔でポジティブで』。

 俺はマジメだから訓練所の教えは守る。


「で、でも…」

「でも、は無しだ。

 俺達は新世界連合軍カッター隊員。

 出撃と言われればどんな状態であっても出撃する。

 そうしなければ多くの命が失われるんだ!」

「は、はい!」

「集合場所はわかるな!?

 先に行ってくれ」

「はいっ!

 あっ!あいたたたた…」


 走り出そうとしてベッドの角に足の小指をぶつけたらしい。

 今更だが。

 ドジッ子?


「外に出る前に顔を洗えよ!」

「…あたた…は、はいっ!」


 宿舎にある更衣室に入る。

 ここにはカッター砲装着のための”コネクテッドスーツ”がある。

 リアル系ロボットアニメでパイロットが着る『身体にフィットしてるけど胸や肩にメカっぽい装甲がある』スーツという認識で問題ない。


 俺は私服を全て脱ぎロッカーに放り投げる。

 臙脂色のコネクテッドスーツに足を入れて、自分のアレをコネクター部分にスルリと入れる。

 訓練初日はなかなかうまく入れられなくて苦労したっけ。


 ちなみにアレのサイズは平均だ。

 これはハッキリ言える。

 なんせ中学1年の時に友達の家で集まって遊んでた時に、ヒマになったのでみんなで測り合ったからだ!

 懐かしい。

 3年前なのに昨日のように思い出せる。

 あの時集まった友達のうち3人がもうこの世にいない。


 目頭がジンッと熱くなる。

 ダメだダメだ!

 今は戦いに集中しなければ。


 『常に笑顔でポジティブで』。

 ネガティブな心では男のアレは元気にならない!

 これは絶対不変の事実っっ!!


 元気よく堂々と集合場所のヘリの離陸場所へ向かう。


 「田丸隊長、中山軍曹です。

  お2人の護衛は我々第121分隊にお任せください」


 イカツい顔に太い腕と熱い胸板。

 いかにもベテラン兵士といった風情。

 その軍曹の敬礼に敬礼で返した。


 分隊4人の中に佐藤兵長がいた。

 彼が顔を寄せて尋ねる。


「あの…失礼とは思いますが。

 大丈夫なんですか?」


 兵長がチラリと臙脂色の軍服のニャンコ特補を見る。

 ニャンコの目は充血して腫れ上がっていた。

 ヘルメットをちゃんと被れておらず傾いて頭に乗っている。

 

「女を泣かせて喜ぶ趣味は無いですよ」

「何かあったんですか」

「親を殺された話をしたら涙腺が壊れたようで」


 ウソではない。

 主にその話はニャンコのだが。


 兵長は気まずい顔をして姿勢を正し敬礼する。


「失礼しました。

 ご搭乗ください」


 頷くとニャンコの側に行く。

 彼女の肩に手を置く。


「おい、大丈夫か」

「……」


 ニャンコは俯いて俺の顔を見ようとしない。


「ヘルメットがちゃんと被れてないぞ。

 ニャンコ特補」

「にゃ…ニャンコじゃないです!

 にゃ…ニコです」

 

 俺の顔を見てくれた。

 俺は今できる精一杯の笑顔を作る。

 ヘルメットの被り直しを手伝う。


「よし、その元気を出せ。

 泣くのだけは勘弁してくれ。

 俺の士気が下がる」

「うん…じゃなくて。

 はい、了解しました」

「人員ミスの話は今は無しだ。

 後で話そう」

「で、でも…」

「錦小織特補、生き残りたかったらヘルメットはちゃんと被れ!

 搭乗しろ!」

「りょ、了解です!」


 カッター隊専用機 ”シコリターナXY”。

 最高速度 時速700キロ の白く流線型の形が美しい最速ヘリだ。


 他の兵はグリーンの無骨な攻撃ヘリ ”PE-5ジャコフアロー” と輸送ヘリに乗り込む。            

 30を超える機体が飛び立つ光景は壮観だった。

 滑走路からは次々と戦闘機が飛び立つ。


 専用シートに座ると専用ヘルメットとヤリタ・カッター砲が自動で装着される。


『こちらカッターコントロール。

 装着問題なし』


 ヘルメットの無線からコントロール室の管制員からの声が流れる


「了。

 到着ポイントは?」

『ポイント福美8375。

 到着時刻1615。

 大きな広場があるテーマパークです。

 民間人の避難は完了』

「では住宅地への被害は少なくて済みそうだな」

『隊長次第です。 

 がんばってください。

 それと、関西地方のカッター隊が応援に来ます。

 それまで持ちこたえてください』

「了」


 コントロール室では俺の脳波や心拍数、アレからナニまで全て監視されている。

 しかしもう慣れた。

 訓練では羞恥を捨てるところから始まる。


 股の間に横たわる臙脂色のカッター砲には


『恥じるな

 己とアレに誇りを持て』


という銘が刻まれている。


 真ん中の席の隣のニャンコを見ると。

 俯いて目を閉じている。

 この状況で寝ていられる程キモの据わった人間でないことは解っている。

 むしろ逆だ。


「どうした。

 高所恐怖症か」


 首を振るだけで顔を上げない。


「初日からレベルAAなんてな、ツイてるな隊長さん!

 だが気楽にやろうぜ。

 2人は俺達が守る。

 ナニワD.J.のカッター隊なんて戦場でイチャイチャしやがって。

 ヤツらのケツに弾をブチ込んでやりたかったゼ」


 ガハハと豪快に笑う、ニャンコの向こうに座る中山軍曹。


 ナニワD.J.は関西一の大都市。

 極東トップ5に入る危険地帯の生き残りがいるのは心強い。


「そうですよ!

 ド派手にドバババーッとヤツらにブチかましてください!」

「過激なぐらいの方がオレ達の士気が上がりますよ!」


 向かいの席の一等兵、上等兵が陽気に続く。


「大丈夫だニャンコ。

 お前は俺が守る!」


 ニャンコの肩に手を置いて強くゆする。

 それでも俯いて固く目を閉じている。


 向かいの佐藤兵長が複雑な笑顔で親指を立てる。


 他人を励ましている余裕なんて本当は無い。

 心臓がバクバク音をたてて口から飛びでそう。

 それでも俺はカッコよく親指を立てて応える。



 広い芝の上に次々とヘリが着陸する。

 

 目の前には青い海。

 日が落ちかけて空は青とオレンジのグラデーション。

 デートには最高のロケーションだ。


 空に広がる黒い塊が無ければ。


 兵士を降ろしたヘリが次々と飛び立っていく。


「UMAW接触まであと3分!」

「各自判断で発砲。

 撃て、討て―!」

 

 新世界連合軍が開発したのはカッター砲だけではない。

 一般の兵でも対抗できる手段を講じた。

 「TIN5(ティンファイブ)」の精※をクローンで大量に増やし、それを炸裂弾に込めて発射する

”O-072(ダブルオーセブンツー)ライフル”

”セメンピストル”。


 ソレを炸裂弾頭に込めて発射する”クローン搭載ミサイル”を戦闘機や攻撃ヘリが発射する。


 しかし所詮はマガイモノ。

 UMAWを暫く行動不能にする事しかできない。


 消滅させるにはカッター砲しかなかった。


『こちらコントロール。

 カッター砲発射に入ってください』

「了」


 とは言ったものの。

 

 ニャンコを見る。

 セメンピストルを胸の前で持ちながら震えて立っていた。


「ニャンコ」

「は…はひっ」

「落ち着け」


 ニャンコの横に立ちそっと細く小さな肩を抱く。

 その肩はゲーム機のコントローラーのバイブ機能のように震えていた。


「あの…隊長?」


 女の子の肩を抱けばカッター砲のスイッチが入ると考えていた。

 甘かった。

 女性の肩を抱く、なんて初めてなんだけど。


 シュミレーション戦闘のようにはいかなかった。


 目の前に黒い死の恐怖が迫り、周りでは兵士達が必死でライフルを撃ちまくっている。

 恐怖と焦りで膝が震えてきた。

 怖い。

 とても怖い、チョー怖い。

 

 こんな状況で自分のアレをナニな状態に持っていけるハズが無い!

 UMAWが来なければ僕は平凡な高校一年生。

 戦場の、それも先陣に立てるような人間じゃない!

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