第2話 いったい誰だよ!?

 少女がオタオタしまくって話が進まない。


 カッター隊員の制服を着ているという事は。

 ああ、そうか。


「相方がまだ来てないのか。

 それで部屋に入れないんだね」

「ふえっ!?」

「玄関でいいなら入って待ってなよ」

「…お…おじゃまします…」


 少女はトランクを引いて玄関に入ると。

 トランクをそこに置いて靴を脱いで部屋に入って行く。


「ちょ、ちょっと待った!」


 俺の制止を聞かずにどんどん奥に進み。

 同居人のベッドの上に座る。


 待て待て!

 そこはあの人のベッドだし。

 せっかくキレイにベッドメイクしたんだぞ!


 ってか初対面の男の部屋に入るのも危機感がなさすぎる!!

 いや俺は駐屯地内で間違いはおかさない!

 外でも何もしないよ!!


 少女は肩を強張らせ身体を縮めて岩みたいに固まって座っている。

 極度に緊張していて小刻みに身体を震わせている。


 困った。

 何かに怯えているのだろうか。

 ここへ来た何らかの事情があるのだろうか。

 とにかく落ち着いてもらって話を聞いたらすぐに出て行ってもらおう。


 同居人に他の女性と二人っきりで部屋にいる所を見られたくない。


 少女を落ち着かせる為、電気ポットでお湯を沸かして。

 実家から送った段ボールの中からコップを探し白湯をいれて渡す。

 初日で買い物にも出てないからコーヒーやお茶なんてシャレたものは全くない。


「あ、あ…ありがとう、ございます…」


 お湯をすする少女を観察する。


 男性の目から正直に言おう。

 美人ではない。

 普通。

 目は一重で大きくも細くもない。

 凹凸のないのっぺり日本人顔で鼻も低め。

 髪は手入れが適当なおかっぱボブ。

 今別れたら明日には顔を思い出せない。


 ただ。

 胸が大きい。

 それだけは明日でも覚えてるね!

 FとかGとかあるのだろうか、よくわからないけれど。

 最近の子供は成長が早い。


 いや制服を着ているということは子供ではない?


「どう、落ち着いた?」

「あ、はい。

 あの…ありがとうございます…」

「で、キミはどこの誰さんなのかな

 まさか未成年じゃないよね?」


 少女は急いで床にコップを置くと。


「し…新世界連合軍、

 だだ第11師団極東ひょうめん軍いいい石沢カッター隊

 に配属されました。

 にしきこ…錦小織(にしきこおり)にに…にゃこ…にゃん…尼子(にこ)特殊補佐兵、16歳であります!」


 ベッドから立ち上がって敬礼する。


「特殊補佐…

 ということはもう一人カッター隊員が来るのか」


 そんな話は聞いてない。


「ふぇ?

 あ、あああ」


 錦小織 特殊補佐兵は床のコップを蹴飛ばしてしまい、またオタオタと慌てだす。

 落ち着きのないコだな。

 俺が転がったコップを拾ってやる。


「あ、あ、すいましぇん」


 そしてよく噛むコだ。


「それで、どういう事?」

「え、ええ…

 あの…田みゃる聖人(せいと)分隊長ですよね?」


 人の名前噛むなよ。


「そうだけど…」

「私は貴方に呼ばれた特殊補佐です…けど?」 

「いや、違うよ?」

「え?」

「え??」


 特殊補佐兵。


 「ヤリタ・カッター砲」は男性の下半身が元気になって初めて発動できる。

 エッチな本でも見てろ!と思われるだろうが、それでは不発になる事が多かった。


 そこで発令されたのが「特別兵員召集法」、女性には悪名高い別称「ハーレム法」。


 連合軍統治下の各国、いや今は各自治区での区民の基本的人権は尊重されている。

 ただUMAW(ウマー)撃退とカッター隊員の為なら軍はその道徳的柵を乗り越える。


 カッター隊員の特権として好きな女性を側に置いて仕えさせる事ができる。


 つまりだ。

 指名された女性は強制入隊させられ挙句、好きでもない男性が元気になるように努めなければならない。

 もちろん付き合っている者がいれば、問題はないはず。


 ただ、カッター隊員は童貞が多い。

 そう…俺も…くっ!

 16歳ならたぶん全然普通。

 これからだ、そうこれからだ!


 隊員の中には元女優やアイドルを指名する者もいる。

 そんな高嶺の花を前にしたら俺なら逆に元気がなくなりそうだ。


 隊員も補佐兵も特殊貞操帯の装着が義務付けられ、暴力や猥褻な行為を受けたと申告すれば「特殊補佐兵保護法」で隊員を起訴出来たりする。

 「奴隷」となるわけではない。

 ただ色々な「自由」が奪われるだけだ。

 それが人権無視だと言われればそうなのだが。


 最初は女性からの反対運動が活発だったが、2年間UMAWの攻撃に晒され疲弊して運動は鎮静化していき、現在女性達は特殊補佐兵に選ばれないように!と祈りながら誰かが黒いヤツらを追い払ってくれるのを願っている。


「ええええええーーーーっっ!

 そんな…冗談は笑えませんっ。

 だってご希望通り体操服とブルマまで着てきたんですよ!」

「冗談なんかじゃねえよ!

 てか何だよコスプレの希望って!!

 そんな希望なんて出してねえしっ」


 1964年の東京オリンピックで活躍した「東洋の魔女」で盛り上がったブルマ文化なんてとっくに廃れている。


「と、とにかく。

 俺はお前なんか全く知らないし。

 お前は俺の事知っていたか?

 ニャンコちゃん」

「に、ニコです」

「でもさっき自己紹介の時…」

「ニコです!

 私も貴方と会った覚えはありませんっ」


 ニャンコ特補は顔を真っ赤にしながらフルフルと首を振る。


「だろうな!

 だって俺の指名した人はもっと清楚で美しく素敵な人なんだから」

「そうですよね……

 私みたいな何の特徴もないブスが呼ばれるなんておかしいと思いました…

 でも…でも…」


 少女の下の瞼から涙がせり上がってくる。


 しまった。

 こういうデリカシーのないところが俺のモテない原因の一つだろうな。


「すまん!

 でもブスだ、なんて思ってもないからな!

 キミに憧れてる人もきっとキミの周りにも一人はいるよっ」


 胸目当ての人とか。

 という考えが一瞬頭に浮かぶがさすがにそれは声にしない。

 そこまでデリカシーが無い人間ではない。


 涙目で見つめられて居心地が悪くなる。

 2人の間に漂う沈黙が部屋の空気を悪くする。

 季節は春。

 締め切った部屋でじっとしていると汗ばんでくる。

 換気扇を付けとけばよかった。


 汗ばむのは空気のせいじゃない。


 今日、あのコは来ない。


 目が眩むほどの失望と、この場をどうするかを考えているからだ。


「とりあえず。

 事務か人事課に言って手違いだったと報告しよう。」

「でも…でも…」


 少女の頬に大粒の涙が伝う。

 困った!

 こんな時の女性の扱いなんて知らないぞ。


 とりあえず笑顔を作って声を張って元気よく。


「大丈夫だって!

 きっとすぐに特殊補佐兵の任がすぐに解かれるよ。

 よかったじゃないか、知らない男の側で暮らす事にならなくて…」

「私、UMAWと戦いたいんです!

 お父さんとお母さんの命を奪ったアイツらとっ!!」


 伏せられていた瞳が突然キッと俺に向けられる。

 その鋭い眼光の中に強い意志があった。

 その強さに当てられて怯む。


「私嬉しかったんです…特殊補佐兵に選ばれて…

 私は女だからUMAWと戦えない…だから…

 …特殊補佐兵なら一緒に戦えるって……うううっ」


 ニャンコ特補は両手で顔を隠し本格的に泣き出した。


 俺も母の顔を思い出してた。

 笑った顔、部屋でうんざりしながらも一緒に掃除した時の事。

 もうあの姿を見る事はない。

 だからUMAWを憎む気持ちは痛い程解る。


 顔を覆った手を下へずらしニャンコ特補は目だけを出して僕を見る。


「特補は一隊員に5人までいけるはずです!」


 そうだ、だから「特別兵員召集法」は「ハーレム法」と言われる。

 ただ女性が増える度にルールが増えて大変になる。

 普通は増やしても2人が限度と鬼軍曹が教えてくれた。


「まあ…

 それはそうなんだけど…その…」

「私、足手まといにならないようにガンバります!

 お願いです、特補の一人に…」

「…やる気があるのはわかった…でもその…

 キミと一緒にいても…自信がないんだ…

 カッター砲を撃てる自信が…」


 一瞬の沈黙。

 俺の言葉の意味を理解しようとして息を止めたのだ。

 そしてそれを深く理解して今度は本格的に号泣した。


 特殊補佐兵はいわば疑似恋人だ。

 側にいるだけで隊員が元気になれる相手でなければならない。

 だからアイドルを希望する者もいて、俺のようにずっと想い続けた相手でなければならない者もいる。


 これだけはニャンコちゃんがいくらガンバってもどうにもならない。


「…UMAWのせいで…

 …男のせいで…

 カッター砲なんて…

 私が女だったせいで!

 みんな滅びてしまえばいいのに…。

 私だってイケメン仕えの特補になりたかった…

 …だ妥協して…妥協してあげたのにいいいっ…」


 大泣きしながらニャンコちゃんの恨み節が始まって。


 はい、俺はすごく傷つきました!

 たぶん生まれてきてこの16年で一番傷つきました!


 ニャンコちゃんはこのままにして。

 一人で人事課に行って特補交代の処理をしてしまおう。

 きっと人事課の書類の処理ミスだから強気で押せばすぐに対応してくれるハズだ。


 ドアノブに手をかけた時。


 耳をつんざく緊急警報音が鳴り響いた。

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