ラブソングという翼

「南雲君ったら、サングラス掛けてちゃモニターがよく見えないでしょ?」

「そ、そうですね、高井戸さん」


「だから美由紀って呼んでって……」


 そこへ、真っ先に声を掛けたのは品川だ。


「やあ、君がなぐ――ヒィッ!」


 ――自身の肩越しに、上目遣いの横目で睨み付けてきた三白眼の男を見て、みかじめ料を要求しに来ているどこぞの若い衆だと勘違いした品川は、先走って声を掛けてしまった事を後悔した。


「す、す、すみませんでしたぁぁ!」


 必死な形相で、南雲に向かってガバッと頭を下げる品川。


 だが、視線だけを動かすのは、いつもの南雲の癖である。

 オタク気質の南雲にとって、挙動不審だと思われる事は致命傷になりかねない。だから南雲には、キョロキョロとしないよう、首の動きを最小限に留める『癖』があるのだ。



 ――ところが。


「ざまぁねぇな。品川の野郎、逃げちまったぜ」


「喜んでるだろ駒沢さん」


「ふんっ、まあな……でもよ、コイツにゃ驚いたな、月島よ」


「ああ。彼は想像以上だ」


「ふんっ、食い付きてぇって顔だな」


「ああ。彼に一目惚れした。さっきから震えが止まらないよ駒沢さん」


 ここで言っておくが、月島は決してオネエではない。

 月島という男を、分かる人にも分かり易く説明するなら、ソース顔で昭和風のちょい悪オヤジといったところだ。

 もう一人の駒沢という男に関しては、想像通りのオッサンなので、判断は各個任せる。


「けっ……オメエはあのむすめが居なくなってから、腑抜けになっちまったんじゃなかったのか?」


「ああ。確かに阿佐ヶ谷ゆうみ以来、新人は手掛けてなかったよ……」


「阿佐ヶ谷の次は高井戸でいいじゃねぇか。路線は違ぇけどよ」


「いや、駒沢さん。俺は彼だけでいい」


「ふんっ、相変わらずソロに拘ってやがんだな。じゃあよ、今後もコイツが楽曲を提供してくれるってんなら、俺がバンドと高井戸をまとめて引き受けてやってもいいぜ?」


「ああ。ただし、彼のレコーディングやライヴでは、神田と中野……それとあのドラマーを貸してくれるって条件ならな」


「いいぜ。じゃあ決まりだな」



 一目散に逃げていった品川を抜きにして、ガラの悪そうな二人のオッサンが、不気味な喜色を浮かべる顔を南雲へ向けている。


 ――南雲は瞬時に頭を巡らせた。


 何かの取り決めをしていたようだけど、その対象は高井戸さんであって、決して僕では無い筈だ。

 でも、この二人は、彼女ではなく僕を見ている。それに「彼」とか「コイツ」という言葉は、間違いなく僕の事を指している。


 ……まるで確定事項じゃないか。


 ――南雲は、ホント迷惑だと思った。


 僕はゲーム作りがしたいだけなんだ。菅原と加賀谷と僕の三人で、ゲーム会社を立ち上げるのが僕の夢なんだ。


 レコーディングとかライヴとか言ってたけど、この顔を人前に晒されるなんて冗談じゃ無い……けれど……


 そこそこ有名な進学校で、定期テストの成績が、常にトップ5に入っていた南雲だけに、判断能力は高い。

 彼らが、自分をスカウトしに来たのだという事を、瞬時に理解した。


 南雲は誰にも媚びたりしない。だが、理解してしまった以上、ここから最善策を導き出すしかないと考えた。


 そして南雲は、辿り着いた答えを口に出す。


「僕は、どうすればいいですか?」


 高井戸美由紀を人質に取られている。そう判断したからこそ出した答えだ。

『――私を助けて』と言ってきた彼女を救う為の言葉なのだ。


 自分が彼らを拒否する事は、高井戸美由紀を否定する行為に他ならない。


 ……曲を作ってしまったのは、この僕なんだから――


 ――全ての責任は僕に有る。


 ◇


 恋する乙女は南雲の表情に憂いを見た。


 この人を縛ることなんて出来ない……私の事はいいの。貴方は自由で居て欲しい。

 貴方は私に素敵な翼を与えてくれた。だから私はどこに居たって飛び立つことが出来るのよ。


「中野さん、南雲君を此処から連れ出してあげて。お願い……早く」


 彼女は、持っていた南雲のサングラスを中野佳音に手渡した。


「良いのですか美由紀さん。あたし、彼を連れて何処までも逃げますよ?」


「心強いわね。ええ、お願いするわ」


「美由紀さん、これ使って下さい。彼がたたんでくれたハンカチです」


 お尻に敷いていたとは言わない中野佳音。

 それを受け取って目頭を押さえる高井戸美由紀。


 そして、中野佳音にグイグイと腕を引かれ、連れて行かれる南雲。


 待ってくれと言わんばかりに腕を伸ばす月島。

 それを制止するように、月島の肩に手を掛ける駒沢。


 間もなく南雲はスタジオから出て行った。



「何で俺を止めたんだ、駒沢さん?」


「なあに、暫くすりゃあ戻ってくるさ。オメエもそう思うだろ? 豊洲よぉ」


 何も答えられない様子の豊洲が顔を伏せると、駒沢は白髪交じりの頭を掻いた。


「けっ、全く……どつもこいつも若けぇなぁ……」


 小さく呟いた。

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