封印された想い

 阿佐ヶ谷ゆうみが、自分たちが卒業した高校の後輩だったという事実を、此処に居る三人は知らない。


 それもそのはずで、阿佐ヶ谷ゆうみが同じ高校に在籍していたのは、彼女が高校一年の、二月三日から二月十五日までの僅かな間だけだったからだ。

 彼女のプロフィールを見ても、その部分は省かれている。


 その頃の南雲、菅原、加賀谷の三名は高校三年で、三人揃って同じ大学を目指そうと誓い合っていた。


 いよいよ三学期を迎え、どこにも漏れは無いかと、試験の最終チェックに入っている時期に、転校してきた後輩に注意を向ける者など居なかったのだ。


 南雲達が通っていた高校では、三年生は三学期に入ると、卒業式までは自由登校になる。


 だが、他人との接触を拒みがちなオタクでもある三人は、少しでも他人に慣れ、リラックスした状態で試験に望むべく、学校の教室で勉強をしていた。


 ――そして二月十四日。


 間もなく二次試験を迎える三人は、その日も学校に来ていた。


「まだ居たのかお前ら。そろそろ教室閉めるぞ?」


 声を掛けてきたのは担任だ。教室の時計を見ると、午後六時を回っていた。

 もうこんな時間だと、いそいそと帰り支度を始める三人。


「忘れ物はしないようにな」


 お決まりの文句に三人は「はーい」と、おざなりな返事をした。


 念のためにと机の中に手を入れた南雲。


 ――何か入ってる……?

 何も考えずに取り出し、机の上に置いてみる。

 リボンの付いた小さな箱だ。これは……


「貢ぎ物発見!」


 すると、すかさず担任がつっこむ。


「いや、今日はバレンタインだから、貢ぎ物じゃなくてチョコだろっ」


 それは無い無いと、担任に向かって片手を横に振る菅原と加賀谷。


 だが、もう一度机の中に手を入れ、何かを確認した南雲は顔を曇らせた。


 可愛らしいリボンの付いたその小さな箱に、添えられていたと思しきカードが、南雲の指先に触れたからだ。


 恐らく誰かと間違えたんだ。だとすれば、このカードをみんなに見せる訳にはいかない。僕の心の中だけにそっとしまっておけばいいんだ。


 他の連中から見えないように注意を払いながら、カードをそっと確認する南雲。


『……さんへ』


 やはりか。では本来貰うべきだった奴の机の中に入れておいてあげよう。


 南雲さんへ……か。成る程な……って――え⁉


 ……くっ。たちの悪い悪戯だ。

 だとすれば、菅原か、いや、加賀谷か……とぼけているのならば炙り出すまでよ。


「わーい、女子からチョコ貰っちゃったぁー。嬉しいなぁー」


 もの凄いショックを受けたような二人の表情を見た南雲は、この二人では無いと確信した。


 ここは、友情を優先すべきだ。そう思った南雲は頭を巡らせた。


「引っ掛かったね君たち」


「「「え?」」」因みに、担任も含む。


「いや、ほら……僕たち最近会話が少ないだろ? だからちょっとしたジョークで和んでもらいたくてさ……実はこれ、自分でラッピングしたんだよ。あははは、残念でしたー」


 それを聞いた加賀谷が、南雲の身長に合わせるように眼鏡をクイッと上げると口を開いた。


「自作自演という事ですか?」


 菅原が身を乗り出す。


「南雲……お前……」


 その言葉の続きを遮るように、菅原の肩にポンッと手を掛けた担任が、ニヤリとした笑みを浮かべながら話し掛けた。


「ふっ……いい仲間を持ったな。わっはっはっはっはっ……」


 シャレにならない程、女子には縁の無い菅原と加賀谷だったが、この陽気な担任のお陰で、事は円満に解決を迎えた。



 然し、南雲の心境は複雑だった。

 帰宅して直ぐに自分の部屋へ駆け込み、例の小さな箱と二つ折りのカードをバッグから取り出し、学習机の引き出しに入れると鍵を掛け、その鍵を握り締めると部屋を出て、再び外へと駆け出した。



 駆けること約五分。

 ハァハァと息を切らせる南雲は橋の上に辿り着く。


「一生封印だ」


 河川へ目がけ、握り締めていた小さな鍵を投げ捨てた。


 南雲は誰も怨みたくなかった。だから、この悪質な悪戯に決着を付けようなどとは考えなかった。



 ――それが、悪戯などでは無く、当時まだアイドルではなかった阿佐ヶ谷ゆうみからの、想いのこもった手作りチョコだとも知らずに。


 とぼとぼと帰路に就く南雲。


 頭上にある小さな星が、寂しそうにまたたいていた。

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