二点間アーチノイド

自惚れ屋

二点間アーチノイド

夕暮れ時の河川敷、二人の男の背中が影を作る。


「よっ」

「おう」


そう挨拶して、男二人は並んで河川敷の土手に腰を下ろした。

二人にとってこの時間は、何故か妙に落ち着く何ものにも代えがたい時間だったのだが、ここの所二人とも忙しく会ったのは数週間ぶりだった。

陽は落ちかけているがまだ暖かく、穏やかな風が草花を撫でていく。季節が春になってきた証拠だ。

2人はしばらくの間黙ったままでいた。何かを話す気にはなれず、ただなんとなく二人ごちた。

少しばかり黄昏れた後、二人のうち背の小さい男が少し気恥ずかしそうに、頬をかきながら話しかけた。


「久しぶりじゃん、忙しかったん?」


その声は少し高く、若さが溢れている。久しぶりに会った友人に気を遣うような、様子を伺うような声色で話す。しかし顔は夕陽を見たままだ。


「結構な。全然来れてなくてごめんな」

「いいんだよ、仕方ないじゃん。皆お前を頼ってるんだしさ」

「まあそうだけど・・・」


背の高い男は夕陽に目を細めながらコーヒーに口を付ける。顔立ちはまだ幼さが残るが、どこか達観した表情が見る人を印象付ける。

一口飲みながら、もう一つコーヒー缶を取り出した。


「いる?」

「おう、ありがと」


差し出されたコーヒー缶をカシュっと開ける。最近になってコーヒーを飲み始めたので、まだあまり飲み慣れない。

これが大人の味ってやつなんだろうか。自分にはまだ早すぎたかもしれない。


「んで、どうなの?調子は?」


背の小さい男が明るく話しかける。出来るだけ自分が気を遣っているという事を悟られたくない。気恥ずかしいのもあるがそれ以上に、傍らに座るこの男がそれを知ったら自分以上に自分に対して気を遣うだろうという事を、彼は知っているからだ。

それに、背の高い男が忙しくしているのは知っていたが、本人の口から色々聞きたかった。


「・・・ぼちぼちだな。なんか新しい仕事先にまだ慣れないっつーか、もう結構経ってるんだけど未だ違和感があるっつーか」

「決まったのもめちゃくちゃ急だったんだろ?仕方ないって」


笑いながらペシ、と腰を叩く。背の高い男もつられて少し笑った。横から見る表情には少し疲れが見える。やっぱ色々無理してるんだろうな、と背の小さい男は思った。


「まあな。でもちょっと楽しくもあるんだ。皆に頼られるってこれまでになかったし」

「そりゃあ羨ましい限りだよ。俺なんか今の現状になった所で特に何にもできないしな。女の子にもモテたりすんの?」


背の小さい男はニヤリと笑って見上げた。背の高い男は動じない。昔からこういった事にはあまり関心がないようだ。

普段からそういう事ばかり考えている自分からすると信じられない。


「その辺はあんま変わんねーな・・・。そういや明日だっけ?市民ホールで『未来技術展覧会』みたいなのやるのって」

「ああ、多分明日だよ。なんか色々スゲーのが出るらしいぜ」

「へえ?例えば?」


初めて背の高い男が小さい男の方を見た。こういう事には関心があるんだな、と心の中で少し笑いながら背の小さい男は短い腕を目いっぱい広げながら話し始める。


「例えば、こーんなデッカイ空飛ぶ車とかよ!!」


背の小さい男が目いっぱい腕を広げたところでその空間はかなり小さく、"デッカイ"という言葉とのギャップがまた可愛らしかったが、背の高い男は言わずに黙っていた。

それよりも『空飛ぶ車』というものに興味があった。


「マジで?遂に空飛ぶ車が開発されたの?」


あまり見ないくらい目が輝いている。顔はもう完全に子供だ。最近妙に大人びてきたなと寂しく思っていたが、こういう所はまだまだ子供だったんだなと背の小さい男は少し安心した。


「ただの模型だろ、流石に」

「そうか・・・車が空を走る予定もなさそうか。期待してたんだけどな、ロンリロンリーってさ」


心底残念がる様子に、背の小さい男は思わず吹き出してしまう。


「でもスマホだってここ数年で出てきただろ?空飛ぶクルマなんて一瞬なんじゃねえの?」

「そんなもんかねえ」


背の高い男はまた夕陽を見上げ目を細める。また、少し大人びた顔に戻った。残念だな、もう少し見たかったな、と背の小さい男はちょっと思いつつ、同じく夕陽を見上げる。


「そんなもんだよ。身の回りなんて、意識して気付いてないだけでどんどんどんどん変わっていってるもんさ」

「なんだ?いやに詩的だな今日は」


背の高い男は少し笑いながら背の小さい男を肘で小突く。背の小さい男はそれだけで体勢を崩してしまう。予想以上のパワーに驚き少し崩れた体勢を戻しつつ続ける。


「どんどん変わっていくもんだなー・・・。この河川敷だってさ、ちょっと前まで舗装された道なんてなかったじゃん。ジョギングコースみたいなやつ」

「ああ、なかったな」

「昔は泥だらけになって走り回ったもんだよ・・・んで怒られてさ。帰ってすぐ風呂に入れられて無理矢理洗われんの。でもその怒られながら入る風呂ってのも、嫌いじゃなかったんだよな」

「・・・」


背の高い男は何も答えず夕陽を見上げたままだ。背の小さい男もそれ以上は続けない。二人してぼーっと、コンクリートで作られた生活の先に沈みゆく太陽を見ていた。


「何もかもが変わらずにはいられない・・・良くも悪くも。時の流れは止まらないし、その流れについていける奴もいれば置いてかれる奴もいる・・・」

「・・・」


背の高い男は変わらず答えない。ただ聞いていた。夕陽を見ている。

背の小さい男の少し高い声は、どこか哀しみが滲んでいる。どこか遠い景色のような、もうずいぶんと昔のように感じるその記憶を、二人は共有していた。


「科学なんてどんどん進歩していって、でもそれを使う人間側は全然変わってない気がするんだよな。今でも、河川敷で遊びまわって泥だらけで帰ってきたら、怒りながらも風呂に入れてくれる気がするんだ」

「・・・かもな」


そして二人の間に沈黙が流れる。夕暮れは赤いままだ。そろそろと陽が沈んでいく。春風が夕陽に照らされ、風で揺れる葉に映る。


「で、身体の調子はどうなのよ実際?もうそろそろ慣れてきただろ?」


背の小さい男が笑顔を作る。


「さっきも言っただろ?この前まで普通の学生だったのにさ、急に機械の身体にされて、急に人助けの仕事させられて、数週間で慣れるわけねーって」


背の高い方は肩をすくめながら愚痴る。

その肩から伸びる腕は一見普通の人間の腕だが、道を塞ぐ岩を粉砕する事だって出来る。慣れないうちは力加減に苦労したものだ。


「でも万事上手くいってるようで良かったよ。タカシの父さん母さんも、むしろ賛成したんだろ?機械化に」


タカシと呼ばれた背の高い男ははぁ~とわざとらしい溜息をつき、人間の皮膚と変わらない感触を持つ自分の腕をさする。


「あれはビックリしたわ。普通ありえないだろ、自分の息子が機械化されるんだぞ?普通反対するもんじゃねえの?それを我が子がスーパーマンになる!とか言ってはしゃいじゃってさ」


タカシと呼ばれた背の高い男は口を尖らせる。確かに人助けがしたい、という漠然とした将来の夢が明確化されたのは素直に嬉しい。両親にもその話はたまにしていたし、賛成してくれていた。

それにしたって急すぎるし、明確化された方法が非現実的すぎて、未だにこれは夢なんじゃないかと不安になる。

そこに加えて両親のあの反応である。人間を機械化、なんてそんな眉唾物の話をそのまま受け入れて、むしろ背中を押してくるとは思わなかった。もしかしてバカなんじゃないか。

背の小さい男は笑った。


「タカシの親変わってるもんなー」

「おかげでよくわかんねえ素材でできた全身ロボットになっちまったよ」


お腹をさする。見た目も触った感覚も人間と全く変わらないし一応服も着ているが、人工的に作られた皮膚の下はよくわからない硬い金属だ。

もはや自分の中に、人間らしさは微塵もない。


「でもそれでめちゃくちゃ強くなったんだし、犯罪防止とか解決に一役買ってるんだろ?いいよなーそういうの。俺もやってみたいわー!」


背の小さい男はんーと慣れない動作で伸びをしながら続ける。


「しかもタカシも含めた最初期に機械化された人間のおかげで、技術開発とかいうのがすげえ進んで、今や日本はロボット王国じゃん。色んなもん機械化されてんじゃん。多大な貢献してんじゃん」


うりうり、と肘でタカシと呼ばれた背の高い男の脇腹をぐりぐりする。


「俺は何もしてねーよ。世界が急に変わっただけだ。タロウもそうだろ?」

「まあな。色んな事が、急に変わったな・・・」


夕陽はもう沈みかけている。日中は暖かいとはいえ、この時間帯になるとそろそろ寒い。


「まあ俺が言いたかったのはさ・・・。色々な事が急に起こって、色々な事が急に変わったけど。俺はいつだってお前の味方だし親友だし、お前が帰るのはあそこの家だってことだよ」

「・・・ああ。ありがとな。週末には帰られると思う。それに、今は研究所で寝泊まりしてるけど、観察とデータ計測が済めば普通に家で生活していいらしいんだ。だからすぐ元の暮らしに戻れるよ」

「それを聞いて安心したよ。なんだかんだ言って、タカシの父さん母さんも心配してるしな。たまには顔見せてやれよな」

「うん・・・。そろそろ、研究所に戻るわ。今日のデータ計測もしなきゃなんねえし。・・・今日はありがとうな」


少し照れ臭そうに、タロウと呼ばれた背の小さい男はニヤッと笑う。


「やめろよ水臭い。じゃあな、また週末」

「ああ、またな」


タカシと呼ばれた背の高い男は立ち上がり、少し右肩を回したり屈伸したりして軽く準備運動をした後、足の底から何やらジェットのようなものを噴射して飛んで行った。

そしてあっという間に空の向こうで小さくなっていった。


「・・・すげーなー、あれ。俺もそのうちあんなんになるのかなあ・・・」


タロウと呼ばれた背の小さい男は、飛び去って行く人間の背を目で追いながら、自分もまた立ち上がった。


「よっ・・・おっとっとと」


歩くのには慣れてきたが、『立ち上がる』という動作にまだ慣れていない。

どうも尻尾が地面に着くのに違和感を感じる。


「これなんで尻尾だけそのまんまなんだよマジで・・・」


ブツブツ言いながら立ち上がり、数歩歩いたがやはり尻尾に違和感を感じる。

十何年生きてきて、尻尾の根元の方から地面に着いて途中で折れているというのはどうしても落ち着かない。


「やめとこ、普通に歩こ」


普段の自分、自分のアイデンティティとも言える四足歩行に戻る。やはりこれだ、これしかない。

二足歩行ができるようになったからって、別にやらなくたっていいんだ。


「そもそも、こうも尻尾が地面に着いて途中で折れてちゃ、向こうから可愛い子ちゃんが来ても尻尾振って愛嬌振りまけないし、生意気な奴をビビらせるのだってできやしねえ」


やっぱ俺たちは四足歩行だな。二足歩行で歩くのはまた今度だ。・・・まあジェットには興味があるが。

慣れた様子でてくてく歩きながら帰路についていると、向こうから学校帰りの女子高生たちがやってきた。


「あ、見て見てかわいー!」

「ほんとだー!」


バタバタと女子高生たちが自分を取り囲み、身体を触り始めた。


「ハッハッハッ!」


パンティングと呼ばれる独特の呼吸をしながら、尻尾を振り愛想も振りまく。女子高生たちはやたらめったら無防備に俺の身体を触りまくる。俺も女子高生たちを舐めまくる。

これだからやめられない。

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