花は存続するために花粉を飛ばす。悪気はないのに、人に害を与えてしまうが。

 花畑の中に、小さなコテージがあった。




 中は理科室で使われていそうな機材で埋め尽くされている。


 一方で、テレビはなく、キッチンやベッドは小さく簡素だった。

 生活する家というよりも調査をする拠点といった方が近い。


 そのコテージの玄関の扉が開かれた。




 テーブルの前に置かれているソファーに坂春とローブの少女が腰掛けると、女性は近くのキッチンでコップに水を入れ、そのコップと白い袋をテーブルに置いた。

 坂春は袋から錠剤を取り出すと口に入れ、それと同時に口に流し込む。


 

「坂春サン、モウ治ッタ?」

 一息つく坂春の耳に、ローブの少女は女性に聞かれない声の大きさでささやく。

「薬を飲んですぐ治るわけじゃない。だが、気分は楽になったな」

「ふたりとも、なにひそひそ言っているんだ?」

 その様子を見ていた女性にたずねられて、坂春は「ああ……」と右手を上げる。

「この子は恥ずかしがり屋でな、あまり周りには話しかけないんだ」

「そうなんだ。まあ、私にはどちらでもいいんだけどな」

 いったん興味を逸らしてくれて胸をなで下ろしたのは、ローブの少女だった。


「しかし、珍しいよ。花粉症の症状だけで済むなんて」

 女性は坂春の充血した赤い目を見て、興味深いようにうなずいた。

「やっぱりこの花粉症はあの花が原因か?」

「うん。私も最初は悩まされたよ。だからこうして完全対策した格好で調査しているわけさ」

 女性は付けているマスクと保護めがねを指さし、つけなくてもいいと気がついたように眉をあげ、マスクと保護めがねを外した。

「先ほど、花粉症で済んだとか言っていたが、それ以外にもなんかあるのか?」

「ああ、私が経験した中では……実はおととい、ここに強盗が入っちゃってね。私は人質になったと思っていたけど、彼はもろに花粉を受けちゃったみたいで――」


 そこまでいって、女性は一度口を止めた。




「おとといの夜、なにかにおびえたように叫び周り、精神が崩壊したよ」




 一瞬にして固まる空気。


 その空気を打ち破るように、坂春の口が開いた。

「……その後、どうなった?」

「うん。昨日の朝に警察に引き取ってもらったさ。その後彼がどうなったのかはわからないけどね」

「ソレッテ……マルデ変異……」


 勢いに乗せられて、ローブの少女は奇妙な声を出してしまった。


 慌てて口を両手で閉じるも、女性はすでに表情を変えていた。


「……ああ、そういうことだったのか。化け物の姿をした“変異体”であることを知られないために、声を出さなかったわけか」


 納得するようにうなずく女性に、ローブの少女はゆっくりと両手を下ろす。


「……全然怖ガラナイネ」


「そっちのじいさんも同じだろ? 変異体を普通の人間が目にすると恐怖の感情に襲われるが、中には耐性を持っている人間もいる。もっとも、私は変異体には興味がないけどね」


「それじゃあ、おまえはここで何をしているんだ?」


「この辺りに咲いている花の研究だ。知り合いからこの花畑の話を聞いてね、この土が変異体だというウワサが出ているんだ」


 窓の外に顔を向ける女性。


 その女性に、坂春は充血した目を向ける。


「その話が本当なら、土の姿をした変異体から生えた花によって、変異体と同じような症状を起こす花粉を出すということか?」


「そういうことさ。どうしてそんな花粉を飛ばすのか、私にはまだわからないけど」




 女性は話の区切りに、大きなあくびをした。


「おっと、忘れるところだった。今日はここに警察の調査が入るんだ。変異体は見つかり次第、隔離もしくは駆除されるんだろ? 早くここを出発したほうがいいんじゃないかな」

「……あっさりと隔離やら駆除やら言うんだな。まあいいか」

 坂春とローブの少女はゆっくりとソファーから立ち上がると、出発の支度を始めた。





 タビアゲハが扉に近づくころ、その後ろで坂春は思い出したかのように足を止めた。

「そういえば、ひとつ疑問に残っていたことがあるのだが……」

「? どうしたんだい?」

 ゆっくりと女性に振り向き、残った疑問を吐き出した。


「なぜ昨日の夜、あの花は見当たらなかったんだ?」


 女性がその質問に答えようとしたとき、坂春の後ろで扉を開けたまま固まっているローブの少女に目を向けた。


「……ネエ、ナンダカ風ガ不自然……強イッテイウカ、ナニカニ吸イ込マレテイクヨウナ……」


 その言葉を聞いた瞬間、女性の顔が今まで見せなかった焦りの表情に変わった。




「早く扉を閉めて!!」











 コテージの周りに咲く花が、どこからか噴いた風によって、舞い上がった。




 その風に乗り、花粉がどこかへと運んでいく。




 別の場所に、花を生み出すためなのか、




 あるいは、人に危害を与えるためなのか、




 その理由は、花を生やす土すらわからないだろう。




 花がなくなったその土は、テントという名の花粉による影響で、赤くなっていた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る