化け物運び屋、団子を運ぶ。

大量の団子を少年はどこかに消した。その詳しい理由は少年も知らない。




 この辺りでは、桜が咲き乱れる時期になった。


 高速道路の上に、桃色の桜の花びらが散っている。


 その花びらを、車のタイヤは踏みつけていく。


 花びらに目を向けないように、たとえ運転手が見ていたとしても、タイヤはお構いなしに踏みつけていく。


 仮にタイヤに目があったとしても、画鋲がびょうでない限り目を向けることはない。


 走行に支障をきたすことはないのだから。




 とある少年のバイクのタイヤも、桜の花びらを踏みつけていた。

 雪のように白いフォルムのバイクだが、警察の白バイクではない。もちろん少年は警察関係者でもなかった。


 少年のバイクは、近くのサービスエリアへと突入していった。






「おばちゃん! 団子ちょうだい!」


 サービスエリアにある団子屋の前で、少年はまるで常連客のように注文した。

「あいよっ。元気あるね」

 団子屋カウンターの中で、三角頭巾を被った女性は少年のノリに合わせるように、学生食堂のように答えた。


 この少年、髪は金髪で、一見すると不良学生に見えた。

 オオカミの頭蓋骨が描かれた白色のTシャツの上に、学ランを着ている。しかし、その学ランにはボタンが付いておらず、校門らしきものはどこにもなかった。

 ズボンは動きやすいバイク用パンツ。その太ももには、レッグバッグが付けられている。




 少年は注文した三色団子の串を手にすると、一番上の団子を口に入れた。

「ん! ん! ん! んんんっっっまい!!!」

 団子の味の感想をシンプルに述べると、そのまま2口、3口と団子を平らげてしまった。

「若いのに、なかなかのたべっぷりね」

 40代後半と思われる女性は、微笑ましいように笑う。

「だってこの団子、うめえじゃん! 叫ばずにいられねえよ!」

「あらあら。それじゃあ、おかわりにもう一本、注文する?」

「ああ! おかわり、もういっ……」


 人差し指を立てようとした少年のズボンのポケットが、モゾモゾと動いた。


「はいっ。お団子もう一本……」

「ちょっ、ちょっとストップ! ストップ! ストップ!」

 少年は団子を取り出そうとしていた女性向かって手のひらを向けた。

「おばちゃん、ここってセットで売ってたりする?」

「? まあ、ここは12本セットもあるけど……もしかして、お友達にもお裾分けしたくなったの?」

 少年は女性の話を無視し、指を使って計算を始めた。




「……よしっ。おばちゃん、その12本入りを、9箱ちょうだい!!」






 団子の入った箱を9箱積み重ね、少年はトイレに向かった。


 個室に入り、箱を便器に乗せる。


 少年の手元に残ったのは、新聞紙に包まれた1冊の本。先ほどまでは、この本の上に団子の箱を乗せていたようだ。


 その本をトイレットペーパートレイの上に乗せ、少年ポケットからゴーグルを取り出し、装着した。


 そして、9箱の団子を手に、本をめくった。


 めくっていく内に周りの景色が、




 トイレの個室から、







 図書館の中へと、




 姿を変えた。




「よっし! 全部で108本!! 依頼の数は足りるだろっ!!」

 少年は図書館の机の上に、団子の箱を置いた。


「でも、8本余っちゃうよね。依頼では100本だから」

 その箱を、図書館の窓から5歳ぐらいの男の子がのぞいている。

 窓といったが、写っているのは外の景色ではなく図書館の中であり、鏡といった方が正しい。そして、男の子が写っている鏡の背景は白く、男の子の姿は鏡の中だけだった。


「もちろん、残りの8本は俺様が食べるんだぜ」

 少年はなぜか自信満々に答える。


 その少年のポケットがまたもやモゾモゾと動き出し、中からテルテルぼうずのようにティッシュを身にまとった小動物が現れた。

「デモ、ソノ団子ヲ一体ドウスルツモリカシラ?」

 団子を見て奇妙な声を出すこの小動物は、頭にはキツネのような耳の形が見られ、顔にはのぞき穴と思われるふたつの穴が空いている。


 その団子の上に、巨大な影が覆われる。

「依頼主ハコノ団子ヲ飾ルツモリダト言ッテイマシタガ……」

 キツネのテルテルぼうずとは違う奇妙な声を出したのは、体育座りだけで4mもある巨人だ。濃い紫色の肌、かかとは耳のような形状をしており、筋肉質な体に細い目、そして髪の毛の代わりに生えた無数のツノは、鬼ヶ島にいそうな鬼そのものだ。


「そのまま花見するんじゃね? ほら、花より団子っていうだろ?」

 思いついたように人差し指を立てる少年に、キツネのテルテルぼうずはあきれたように首を振る。

「“ケイト”……花ヨリ団子ハ、風流ヨリモ利益ガアル方ガ好キッテ意味ダカラ、違ウンジャナイ?」

「よくわかんねえけど、なんとなく言ってみたくなるんだよなあ、このことわざ。とりあえず、さっさと待ち合わせ場所に向かって、その依頼人に直接聞いてみようぜ」




 “ケイト”と呼ばれた少年は、目の前のテーブルに目を向けた。


 団子の箱の山の隣には、先ほどと同じ見た目の本が置かれていた。


 その本を手に取り、先ほどと同じようにページをめくった。











 団子屋のカウンターの中から、女性はバイクにまたがるケイトを見つめていた。


「店長、今日は早めに追加の団子、作っておきます?」

 その後ろで店員の青年が女性に確認をする。

「うん、頼んだよ」

 バイクがサービスエリアの駐車場から走り出したのを見て、女性は背伸びした。

「それにしても、あのお客さんのおかげで今日の売り上げを心配する必要はなさそうですよね」

「うん、ああ、今から出かけてくるから、あとの店番はまかせたよ」

「はいはい、わかりまし……」


 材料の上新粉の袋を片手に、青年は見開いた目を女性に向けた。


 女性はいつの間にか三角頭巾を脱ぎ捨て、サイドポーチを装着していた。


「あの子、あれだけの団子をいったいどこに持って行ったのか……気になるわあ」




 青年が引き留める暇もなく、女性はカウンターから飛び出し、近くに駐車してある水色の車に飛び乗り、ケイトのバイクを追いかけていった。




「ああ……店長は気になることがあると、店のことを放り出してまで調査しに行くんだった……」


 残された青年は大きなため息をつくと、乗り気じゃない手つきで団子を作り始めた。

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