★化け物ぬいぐるみ店の店主、変異体の巣で取材を受ける。

その扉に触れてはいけないのなら、別の場所から入ればいいじゃない。




 街中にポツンとたたずむ、一件の人形店




 その店の前に、ひとりの少女が立ち止まった。




「化け物……人形店?」




 少女は看板に書かれた文字を口に出しながら、ガラスケースに目を向ける。




 猫とウサギが混じったような生物、豆腐のような体にクモのような足が生えた生物、布でできたデスマスク、十個の口を持つ丸い体の生物……




 ガラスケースに展示されているぬいぐるみたち。




 それを見た少女は、何かを決めたようにうなずいて、店の扉に手をかけた。






 カウンターに立っていた店員の女性は、手に持つスマホを仕舞った。


「……いらっしゃいませ」

 その店員は、黄色のブラウスにチノパンという服装に、三つ編が1本だけというおさげのヘアスタイル。悪く言えば地味だが、どこか家庭的な雰囲気を持つ女性。

 しかし、表情は暗い。無愛想な態度を隠す気はさらさらないようだ。


 入店してきた少女は、先ほど見たぬいぐるみの内、猫とウサギが混じったようなぬいぐるみを手にカウンターに向かった。


「これください」


 カウンターに置かれたぬいぐるみを見て、店員はぬいぐるみについていたタグのバーコードに、事務的にバーコードリーダーを当てる。

「2800円です」

 少女は財布からお札を取り出すと、ふと何かを思いついたように店員の顔を見た。


「あの、このぬいぐるみを作った人って、ここにいますか?」


 その質問に、店員は一瞬だけ肩を上げた。


 無邪気に聞くこの少女、見たところ背は140cmと、店員よりも20cm短い。

 少しだけ小さい目以外は印象に残らない顔をしているが、オレンジ色のワンピースとマフラー、赤色のショルダーバッグという服装、ショートボブの後ろでまとめられたオレンジ色のリボンが、ガーリッシュな活発さを引き立てている。


「……おつりの200円です」


 店員は彼女の質問を無視して小銭をカルトン(お金を置くトレーのようなもの)に置く。

「あの、ぬいぐるみを作った人……」

「知りません。早くおつりを受け取ってください」

 やや強い口調になったのがいけなかった。

 少女はまるで、店員が何かを隠していることに気づいたかのように、口の下に人差し指を乗せた。

 そして、少女が近くにあった扉に体を向けたとき、店員は危機感を覚えた。




 “立入禁止。この扉には触れないでください”




 それは、店のバックヤード、および作業場や住居場所につながる扉に貼られた張り紙だ。


 張り紙を見て、好奇心につられるように扉の前に向かう少女。


 その後ろに、店員は立つ。


 あの向こうに、行かせてはならない。


 なんとしても。


 強く握りしめられた拳が、彼女の心境を語っていた。




「この扉、触ったらいけないんですね」


 いきなり振り返った少女に対して、店員は思わず足を1歩後ろに下げた。

「あたし、今からこのぬいぐるみを作った人に取材に行ってきます」


 店員が言葉の真意に迷っているうちに、少女は入り口の扉を開け、店から立ち去った。






 店内の時計の短針が2つ進み、12時を指した。


 スマホをつつく手を止め、店員はその場で背伸びをすると、無愛想な顔が少しだけ和らいだ。

「そろそろ、お昼の時間ね」

 まるでその時間を待っていたかのように、店員は機嫌よく張り紙の貼られた扉のノブに触れる。


「お兄ちゃんのために、お昼ごはんは手が抜けられないわね」

 鼻歌を混じえながら2階に上がり、休憩用の和室を区切る障子を開ける。

「お兄ちゃん、今日の昼ご飯は……」




 店員は、和室に座っていたふたりを目にして大きな口を開けた。




 ひとりは、6本の腕を持つ青年だ。

 タンクトップの上にカーディガンを羽織っており、その背中には穴が空いている。

 そこから生えているのは、4本の青い腕だった。

 ズボンはジーズンに、ポニーテールの髪形。

 青い腕をのぞけば極普通の成人男性。だが、彼はこの世界では“変異体”と呼ばれる化け物である。


 店員が口を開けている理由は、青年の腕ではなかった。


 青年と向かい合っている、先ほど店に訪れた少女がいたからだ。




「なんでアンタがここにいるのよ!!?」




 店員の叫び声は、近所まで響き渡った。


「あ、どうも。お邪魔してます」

 少女は特に気にすることもなくお辞儀をした。

「あ、これはどうもどうも……じゃないわよ! なんで!? なんでアンタがここにいるのよ!?」

 取り乱す店員に対して、6本腕の青年は「まあまあ」となだめる。

「“真理まり”、彼女は一応お客さんだから。ちょっと話を聞いてあげてよ」

 真理と呼ばれた店員は戸惑いながらも、青年の隣に正座した。

「妹が取り乱してしまい、すみませんでした。もしよろしければ、僕に説明したことをもう一度、最初からお願いできませんか?」

 青年が礼儀正しくお辞儀をすると、少女は愛想よく「いいですよ」と答えた。

 そして少女は、ショルダーバッグから名刺を取り出し、真理の前に差し出す。

 真理は怪げんそうに受け取り、名刺に書かれている内容を目で追った。


 “化け物ライター リボン 27歳”


「27歳……チビでぶりっ子しているわりには年を食ってるのね」

「こら、そんな言い方はないだろ!?」

 真理の失言に、兄として注意する青年。

 その様子を見ていた“リボン”という少女……いや、女性は「別に気にしていませんよ」と答える。

「化け物ライターは自称なんですけど……いわば“変異体”に関する記事を書くWebライターです。いつもは変異体の事件を記事にしているんですけど、変異体向けの記事なんかも書いているんですよ」

 リボンの説明に、真理は眉をひそめる。

「変異体向けの記事?」

「僕がそれを聞いたときに真理が来たんだ。それで、その変異体向けの記事とは?」

 青年がたずねると、リボンはショルダーバッグからある物を取り出し、ふたりに見せた。


「これは……スマホかしら?」「でも見たことがない機種ですね」


「これは“変異体用スマホ”です。とある商人から購入したものですけど……これを持つ人は、その商人が認めた人間または変異体しかいないんです」

「つまり、そのスマホを持っている人だけ通話できる……ということですか?」

 青年の推理に、リボンは「よくわかりましたね」と関心したようにうなずく。

「このスマホに入っている専用のアプリで、変異体へのインタビューの記事などを書いているんです」

「なるほど。それでわざわざのは、取材で?」


 真理は「窓から入ってきたの!?」と、空いている窓に目を見開いた。


「いえ、祐介ゆうすけさんが変異体ということがわかった今は、5時間ほど取材したい心境なのですが……実はある変異体から頼まれ事をしているんです」

 リボンは変異体用スマホを操作し、ふたりに画面を見せた。


「えっと……“変異体の巣」「地域運動会”?」


「はい。変異体の巣とは、人目を避ける変異体同士が集まっている集落みたいなものです。とある山の封鎖されたトンネルにある変異体の巣、そこで運動会が行われているんです。あたしも毎年参加しているのですが……」

 リボンの説明に、真理は眉をひそめる。

「ちょっと待ってよ、その変異体の巣って、変異体が集まって暮らしているんでしょ? どうして人間のあんたが入れるのよ」

「別に変異体の巣に入れるのは変異体だけではありません。ほとんどの変異体の巣はさまざまな事情から人間を入れないだけで、運動会を開催しているこの変異体の巣は信用できる人間だけ受け入れるんです」

 若干話が逸れかけようとしていたところで、リボンは一息つき、本題に戻した。

「祐介さんのぬいぐるみ、その運動会の景品のために購入したんです。このぬいぐるみって本当に独創的で……どうやって作っているのか気になって」

「それでわざわざ……」「2階の窓から侵入したのね」


 ふたりは空いた窓に目を向けた。


 リボンはまるでとぼけているように頭を描き、何かを思いついたように両手を合わせた。




「もしよろしければ、祐介さんたちも運動会、見に行きませんか?」

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