取材を行うその喉を絞めるマフラー。それが緩めれば、本心が溢れ出てしまう




 それから数日後。




 とある村の山中にある小さな公園。


 そこのバス停に、1台のバスが停車する。


 下りてきたのは、紫色のリュックサックを背負う真理、そして青いバックパックを背負った祐介。


 このふたりだけだ。




 立ち去るバスを見送る真理の横で、祐介は胸を抑えて肩で息をしていた。

「お兄ちゃん、だいじょうぶ?」

 心配そうにたずねる真理の声に、祐介は「うん……」と気分が悪そうに答える。

「バスに乗るなんて……本当に久しぶりだったから……乗り物に弱いことを忘れていた……」


 真理は祐介に肩を貸し、公園内のベンチに座り込んだ。


「なんか……ごめん……」

「別にいいのよ。それよりも、本当にだいじょうぶ? 変異体の巣ってところまで歩ける?」

「ああ……ちょっと休んだら回復するよ」

 祐介は一息つくと、バッグからスマホを取り出し、時間を確かめる。

「運動会の開催には遅れるけど……僕が作ったぬいぐるみが景品として出てくる競技の時間には間に合いそうだ」

 彼の背中の4本の腕は、上半身ほどの大きさのバックパックによって隠されていた。


 しばしの静寂。


 祐介は周りの緑を観察しながら新鮮な空気を味わい、真理はリュックサックから水筒を取り出し、中の冷たい水を喉に通す。


「真理ってさ、相変わらずだよね」

 その問いに、水筒片手に疑問の表情を見せる真理。

「相変わらずって……性格のこと?」

「うん、それが一番近いかな。真理ってさ、よく他人への警戒心が強いけど、大切だって思える人はすごく大切にする。それでいて決して束縛的じゃない……」

 抽象的な言葉を並べる祐介に対して、真理は察したように頬を赤らめる。

「……要するに、お兄ちゃんが変異体の巣に行くことを止めなかったのはなぜかってこと?」

「確かにそう思ったけど、妹である君の性格で納得がいった。ただ、思ったことを口にしてみたら、ぬいぐるみの新しいアイデアが思い浮かぶと思ってさ」


 真理は祐介から目線をそらした……ように見せて、笑みを浮かべた。


「私だって、お兄ちゃんの性格で納得しているわ。変異体が集まる変異体の巣に興味を持っていること。そして、店の中に10年ほどこもっている間に、私が変わっているんじゃないかって少しだけ不安になっていたこともね」


 今度は、祐介の頬が赤くなった。


「やっぱりばれたか」

「私が何年お兄ちゃんの妹をやって来たと思っているの?」






 その後、ふたりはベンチから立ち上がり、歩道を歩き始めた。


 山と山をつなぐ橋を渡り始めたころに、右方向の急カーブが見えてくる。


 その左側に、下りの階段がぽつんと立っている。


 階段を下りると、道が見えなくなるほど草の生い茂った場所。


 草をかき分けた先に見えたのは、


 白い壁に1枚の扉、


 そして、リボンの姿だ。




「あ、お待ちしていましたよ!」


 ふたりの姿に気がついたリボンが手を振っている。

 まさか待っていたとは思っていなかったのか、祐介は申し訳ないように頭を下げた。

「すみません、遅れてしまって……」

「いえいえ、だいじょうぶですよ。あたしも遅刻してきたんですから」

 リボンはまったく気にしていないように笑みを浮かべて、親指で後ろの扉を差す。

「それよりも、早く中に入りましょう。次の競技が始まってしまいますよ!」

「……この扉って、トンネルの非常口につながっているの?」

 化け物用スマホを操作するリボンに対して、真理は扉を指差してたずねた。

「はい。かつて使われていたトンネルの非常口です。工事中に地震の影響で出入り口がふさがってしまって……今は別のトンネルが使われていますが、使われなくなった方のトンネルが変異体の巣となったんです」


 カチッ、という音が扉から聞こえた。


「許可がでましたね。それじゃあ、いきましょう」




 扉を開けると、すぐに首のない男が現れた。


「リボンサン、合ウノハオ久シブリデスネ」


 男は胸元の口から、奇妙な声を放った。

「はい。今年の運動会も取材させていただきます」

 リボンはまるで変異体の男と知り合いのようにあいさつをした後、後ろのふたりに手を向けた。

「こちらは今年の景品を寄付してくださった、化け物ぬいぐるみ店の祐介さんと真理さんです」

「あ、どうも……」「……」

 祐介は少しだけ戸惑いながらも、変異体の男にあいさつをした。

「アナタガ作ッタノデスネ。トテモ素晴ラシイ、ヌイグルミデス! 子供タチモ景品ヲ捕ルタメニ張リ切ッテイマシタヨ!」

 男は祐介に手を差し伸べると、祐介はそれを手に握手する。

 続いて、真理に手を差し伸べる。しかし、真理は手を出さなかったため、男は手を引っ込めるしかなかった。

「……サテ、モウスグ次ノ競技ガ始マリマス。早ク行キマショウ!」




 本来なら避難に使うトンネルを通り、4人は非常口だった扉を開ける。


 狭い通路の先にある扉を開くと、一気に歓声が広がった。




 中心にあるのは、先端にカゴを取り付けた棒がふたつ。




 カゴの縁には、一方は白色、もう一方は赤色のテープが巻かれている。




 どこからか、ホイッスルの音が聞こえてきた。




 それとともに、カゴの下から赤白の玉が飛んできた。




 見事にカゴの中に入る玉もあれば、外れて地面に戻る玉もある。




 地面に落ちたひとつの白玉を、10本指の片手で拾う者がいた。




 カゴの周りには、たくさんの異形の姿をした変異体。




 その中には、人間の姿も少しだけある。




 カゴの下の選手たちも、




 その周りで観戦している客たちも、




 みな、競技に熱中していた。






「すごい盛り上がりだ……最近の運動会は、ここまで盛り上がるものなのか……」


 この光景に、観客たちに紛れている祐介は圧巻されていた。

「ここが盛り上がりすぎだけじゃない? 私たちの家の近くでも地域運動会が行われることはあったけど、そこまで盛り上がってはいなかったわ」

 その側にピッタリとくっついて、真理が指摘する。

「そっか……それにしても、人の数が多いわけではないのにここまで盛り上がるってことは、ひとりひとりの盛り上がりが強いってことなのか……」

 その時、祐介は誰か忘れていたように周りを見渡した。

 祐介と真理、ふたりと行動していたはずのリボンと変異体の男が見当たらない。どうやらはぐれてしまったようだ。


「みんな、一年に一度の運動会を心待ちしていたからですよ」


 ……かと思えば、リボンはふたりの後ろに立っていたようだ。


「……なんか、あんたってほんと神出鬼没よね」

 あきれたように振り向く真理に対して、リボンは「よく言われます」と答えながらカゴの中に入っていく玉を見ていた。





 玉入れがさらに盛り上がるところで、祐介が思い出したように口を開けた。

「そういえばリボンさん、思ったんですけど……僕たちを運動会に誘ったのって、取材をするきっかけを作るためですか?」

 リボンは一瞬だけ目を見開いたが、すぐに笑顔に戻した。

「実はそうなんです。あの時は、なんだかタイミングがつかめなくて」

 ちらりと真理に視線を移すと、真理は不機嫌そうに目をそらした。

「別に今ここで取材してもいいわよ……お兄ちゃんがよかったら」

「いや、今はちょっと……他の競技を見てみたいし……」

「それでしたら、昼休憩の時にお話を聞かせていただきますね」


 その時、玉入れの終了を告げるホイッスルが鳴り響いた。





 その後、昼休憩の時間になったころ。


 他の者たちは雑談したり、昼食を食べている。


 3人のことを忘れている変異体の男は、他の者たちと話に花を咲かせていた。


 真理はトイレから出てきて祐介を探していた。


 その中で、祐介はリボンから取材を受けていた。




「祐介さんって、変異体になって何年になりますか?」


 取材の中で、この質問から言葉のトーンが陽気ではなくなった。


「えっと……10年ですけど」

「10年……長いんですね」

「うーん……高校は中退しちゃったけど、代わりに生えてきた腕でぬいぐるみが作れるようになったから、つらかったわけじゃないけど……」

 何気なく答える祐介に対して、リボンは静かにまぶたを閉じた。


「……あたし、学生時代に変異体に育てられた子と仲良くなったことがあります。それがきっかけでいじめられたこともあります。だから……」


 祐介は、ふとリボンの首筋に目線を向けた。




 緩んだマフラーの隙間から、




 首筋に映る傷跡が、一瞬だけ見えた。




 

「あ……すみません、いきなり個人的なことを話してしまって……」


 首のマフラーが緩んでいるのに気がついたのか、慌ててマフラーをまき直した。

「今言ったこと、忘れてください」

「……」

 すぐに先ほどの笑みを浮かべるものの、祐介はかける言葉を探していた。


 そのまま、気まずい雰囲気が流れた。




「次の競技、100m走は飛び込み参加OKとなっております。参加希望の方は、受付の方までお越しください」




 受付からのアナウンスが流れた時、




 リボンと祐介の手を、何者かがつかんだ。




「早く行くわよ」


 その手は、真理のものだった。


「真理? 行くってどこに……」

「受付に決まっているじゃない、100m走の」


 ふたりを引っ張って、人混みをかき分けていく真理。


「あ、あの……真理さん……」


「あんたの話なんてどうでもいいから。ただトイレから帰ってきたらお兄ちゃんが暗くなっているから、その空気を打ち消すだけだから」


 そこまで言って、真理はリボンの顔を見る。




「昨日から思っていたけど、あんたの作り笑顔、気持ち悪いのよ」






 その日、




 人間の3人が100m走で同時に走った。




 その中でも、毎年この運動会に参加してくれている女の子が、




 どこか、今までとは違う笑みを一瞬だけ浮かべていたような気がする。




 100m走を観戦していた変異体はそう述べていた。

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