化け物バックパッカー、海を駆ける。
なんどでも波打つ海岸で、旅する化け物は行商人から投資される。
その砂浜は、波の音しか聞こえなかった。
人もいない砂浜に、波は打ち付ける。
なんどでも、なんどでも、
風に揺らされて、なんどでも。
どんなに頑張っても、砂のすべてを飲み込むことはできない。
それでも、なんどでも、なんどでも。
その砂浜に、2人の人影が現れた。
「……海か」
そのうちの1人がつぶやいた。
しわだらけで凶悪な顔に、白髪、黄色いデニムジャケット、そして、背中の黒色のバックパック。
老人は俗に言うバックパッカーである。
もう1人は黒いローブを身にまとった少女。その体つきを考えると十代後半ぐらいだろう。
顔はフードに隠れて見えず、その背中には老人の物と類似した黒いバックパックを背負っている。
「ネエ、チョット靴ダケ脱イデイイ?」
ローブの少女の声は、とても聞き取りずらかった。かすれた声で、なおかつ声のひとつひとつが恐怖の神経をなでるかのようだ。
「ああ、別にかまん」
老人は海を流れる波を見つめたまま答えた。
ローブの少女は履いている片方のブーツを脱いだ。そこから現れたのは、影のように黒い足に、人間にしては不自然にとがった爪。その足が、砂浜に触れた。
もう片方の足も砂浜に乗せると、少女はため息を着きながら、空を見上げた。砂の感触を味わうかのように。
少女の歩いた後を、砂の足跡が残していく。一歩ずつを踏みしめながら、少女は海を見つめていた。
目線とは少し違う何かは、地平線の
「アノ向コウニハ何ガアルンダロウ……」
よく聞くセリフだが、その声はよく聞く声の質ではなかった。
その後ろを、老人が近づく。
ローブの少女が振り返ると、何も言わずに口を開いた。
「……」
「どうしたんだ? お嬢さん」
「……ナニ、ソノ格好」
老人はいつの間にか着替えており、上半身裸に海水パンツ、そして右手にはサーフィンボードが抱えられていた。
「波が俺に挑戦状をたたきつけた。それだけだ」
「……チョウセンジョウッテナニ?」
少女の問いに答えずに、老人は海へと向かった。
大きな波が、海岸に向かう。
「ぃぃぃいいいいいやっっっふうううううううううう!!!!」
サーフィンボートに乗った老人は、奇声を上げながら波に乗っていた。
「ほうぅぅぅぅぅぅぅうひゃっはあああああああああ!!!!」
人間離れしたトリックを決めていく老人の表情は、若々しい。
「今ッテ海、冷タイヨネ……マア楽シソウダカラ、イッカ」
そうつぶやきながらローブの少女は再び歩き始めた。
しばらく歩いていると、向こうから人影が現れた。
一見スーツを身にまとった紳士に見えるが、よく見るとスーツは黒いパーカーであり、靴もローファーに似せたデザインのサンダルである。アイスのバニラ&ソーダを思わす整った顔つきで、手にビジネスバッグを握りながら、陽気に鼻歌を歌っている。
ローブの少女は警戒心からか、正体を知られたくないのか、フードをかぶり直す。その様子を見た紳士は鼻歌を止めた。
やがて、2人はすれ違った。
その直後、紳士は方向を180度変え、ローブの少女の後を追った。
少女は後ろを気にして足を速める。
紳士は少女のスピードに合わせる。
少女は海から離れるように横に移動する。
紳士もそれに合わせて移動する。
少女はかけだした。
紳士もかけだした。
少女は波の浅いところに移動する。
紳士もぴったり合わせるように移動する。
少女はかける。
紳士もかける。
少女の後ろで、水しぶきがあがった。
紳士が前半身を海水に着水させていた。
「ダ……ダイ……ジョウブ……?」
転倒して海水に前半身を着水させている紳士に対して、ロープの少女は恐る恐る尋ねる。
紳士は海水に数個の泡をはきだした後に、勢いよく立ち上がった。
「ああ……なんてことだ。我輩の服が台無しじゃないか……」
「ゴ……ゴメンナサイ……」
「……どうして貴様が謝るんだ?」
「キサマ……?」
「ああ、貴様のような美しいお嬢さんのことである。貴様という言葉は主に侮辱として使われているらしいが、これは我輩の第二人称だ。紛らわしい言い方をすることをおわびする」
「……」
「それはそうと……」
続きを言いかけて紳士は口を閉じ、一度せき払いをしてから再び口を開いた。
「貴様、ローブで姿を隠しているが……変異体であるか?」
「……」
少女は、ゆっくりとうなずいた。
「やはりそうか。だが安心したまえ、我輩は貴様を通報する気はない。ただ、そのフードだけは下ろさないでくれ。交渉に支障がでるのでな」
「コウショウ?」
「ああ、早速取りかかろう」
そう言って紳士は海から離れていった。少女も後に続いていく。
砂浜で、紳士はビジネスバッグを開けた。
「スゴク……ゴチャゴチャシテイルネ」
「我輩は整理というものが苦手でな。今、目的の物を探すから、その間に貴様に質問させていいか?」
紳士はビジネスバッグの中に手を入れる。
「言エル所ダケデ、イイ?」
「ああ、もちろんだ。それでは質問をさせてもらう。貴様は、姿まで隠して何しているのか?」
「旅、シテイルノ」
「旅か。目的は?」
「コノ世界ヲ見テマワルタメ。ソウ思ッタ理由ハ思イ出セナイケド」
「そうか。ならそのローブとバックパックはどこで手に入れたのだ?」
「オジイサン……
「坂春? 坂春と一緒なのか?」
「知リ合イ?」
「ああ、一度だけ合ったことがあるのだが……どこにいるんだ?」
ローブの少女は砂浜に向かう大波を指さした。
「ぅぅぅぅぅぅぅううファンタスティック!!!!」
「……相変わらずである」
ロデオフリップを華麗に決める老人を見ながら、紳士はため息をついた。
紳士はビジネスバッグの中から、黒塗りのスマートフォンを取り出した。
「スマホの使い方はわかるか?」
「……ゼンゼン」
「そうか。我輩の頼みを答えてくれるなら、これを貴様に進展しようとおもうのだが……聞いてくれるか?」
「ドンナ頼ミナノ?」
紳士は再びせき払いする。
「貴様の旅の様子を、他の変異体に見せてほしい」
「……」
少女は戸惑ったように体を揺らした。
「安心したまえ。このスマホは特別性。耐久性に優れているものはもちろん、搭載しているアプリはすべてこのスマホのみ入っている。もちろん、SNSにアップしたものも、我輩が渡したスマホにしか行き渡ら……」
「ソモソモ何ニ使ウノ? コノ板」
「……まずはタッチとスワイプから始めよう」
老人がサーフィンを楽しんでいる間、紳士はローブの少女にスマホの使い方をレクチャーしていた。
海を背にして、少女はスマホを構えた。スマホの画面に映った自分を見つめながら、長く伸びた爪が生えている指でVの字を作る。
シャッター音が鳴ると、少女はスマホの液晶画面に爪を立て、操作する。液晶画面は傷ひとつ付かず、なぞった通りに画面が動いていく。
「コンナ感ジ?」
少女から写真を見せられた紳士はうなずき、笑みを浮かべた。
「上出来だ。あとはそれを投稿するだけである」
紳士の説明を受けながら、少女はスマホを操作し、先ほどの写真を投稿した。
「これで貴様の写真が公開された。先ほどもいったが、投稿された内容はこのアプリしか閲覧できない。我輩がスマホを渡した変異体にしか見られないわけだ」
「デモ、ドウシテコレヲ配ッテイルノ?」
「純粋なボランティアというよりは、大切な商売相手を増やしているだけだ。我輩はこう見えても行商人である」
「オ金……持ッテイナインダケド…….」
「心配する必要はない。このスマホを使って貴様が商売することもできる。最も、今貴様がそれを試すのは危険である。十分経験を積んでからがいいだろう」
「コレッテ未来ヘノ……ナンテ言ウンダッケ?」
首をかしげる少女のしぐさに、紳士は目を細めて笑った。
「投資だ」
少女も、口に手を当てて笑った。
紳士はビジネスバッグを閉め、少女と向き合った。
「それでは我輩はこれにて失礼する。疑問があるのなら坂春に聞くといい」
「チョット待ッテ」
少女が紳士を引き留める。
「ドウシテ怖イハズノ化ケ物ニ、商売シテイルノ?」
「……商売になるからである」
そう答えながら、紳士は海を見つめた。
「人間の歴史の中で、ある疫病が広がった時代がある。突然変異症とは違い、空気感染の恐れがあるその病気に対して、人々は外出を自粛した。そんな中でも彼らは工夫した。家の中での退屈をしのぐために、いつ事態が収まるかわからない中で、なんどでも、なんどでも」
再び、紳士は少女に振り返った。
「これは我輩の大祖母からの話である。この話から我輩は、変異体へのビジネスを思いついた。ただそれだけである」
そうつぶやいて、紳士は立ち去った。
「ホントニ、商売ニナルダケナノカナア……」
そんなことを呟きながら、少女は砂浜を歩いていた。
「ぉ……お嬢さん……」
「!? 坂春サン!?」
少女がかけ出す。その先に、老人がサーフィンボートを抱えてうずくまっている。
「す……すまん……こ……腰が……」
「……」
腰を痛めた老人と、あきれるローブの少女。
2人に向かって、波は押し寄せる。
なんどでも、なんどでも、
風に揺らされて、なんどでも。
どんなに頑張っても、砂のすべてを飲み込むことはできない。
それでも、なんどでも、なんどでも。
風が止まる気配もなくても、
この流れが変わる保証もなくても、
なんどでも、なんどでも。
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