第15話 ロガビアグマとのたたかいかた

 レベル1のまま、序盤のボスに挑む。攻略の早さを競うRTAではそこまでめずらしい話でもない。だが、ぼくはまだラプソディ・トゥ・アクトにおける戦闘のしくみを知らなかった。また、センサースーツを用いたゲーム自体初めてだった。たとえばベアハンズを操作する場合、武道家の動きができなければならないのだろうか。

「ぼくはほとんど戦闘をしないまま、体験版のプレイを終えてしまいました。このゲームだと、どう戦闘を行うんですか」

「それに関しては心配はいらない。実際、ラプソディ・トゥ・アクトの中で歩いたとき、君自身が歩く必要はなかっただろう。戦闘もそれと同じだ。頭で考えるだけでいい。こうやって動きたい、と」

「であれば、イメージさえできれば、熟練した戦士の動きができるというわけですか」

「そこはある程度レベルによって制限がかかる。キャラクターのパラメータの中に、戦闘の動きに関するものがいくつか存在する。どれだけプレイヤーが優れたイメージをしても、どれだけ再現できるかはそれらの値による。逆にいえば、キャラクターのレベルがどれだけ高くとも、プレイヤーのイメージが拙ければ木偶の坊と化す」

 なるほど。ある意味では、普通のコントローラを用いた対戦格闘ゲームと変わりないのかもしれない。キャラクターを<こうやって動かしたい>という意図に応じて、数種類のボタンに単純化された命令を送る代わりに、イメージをそのままゲームにアウトプットする違いがあるだけなのだろう。

 

 ヤン・リーニャンは道中にあった無人の小屋で、タルの中から赤い果物らしきものを取り出してナップザック(ネザニがくれるものだ)に詰めた。室内には古いながらもベッドが置かれていたが、ヤン・リーニャンは目もくれずすぐさまに小屋を飛び出し、さらに道を進んでいった。

 そのままヤン・リーニャンはしばらく走り続けた。何度か出くわす、ロガビアオオカミからは逃げ続けた。なだらかな丘を二度ほど超えると、遠くに山が見えた。高い山だった。あれがロガビア山なのだろうか。頂上近くは雪のせいか白く見える。ラプソディ・トゥ・アクトの季節は秋ごろのようだった。

 山が見えるとほぼ同時に、小さく灰色の生き物が前を横切った。ウサギのようだった。

 その可愛い見た目を堪能する隙もなく、ヤン・リーニャンはウサギに駆け寄り、鋭い蹴りを食らわせた。タブレットからユカの悲鳴が聞こえた。

 ウサギは一撃で息絶えたようで、弾き飛ばされた先ですぐに動かなくなった。

 ヤン・リーニャンは死骸と化したウサギから、肉と足を剥ぎ取り、その場を立ち去った。

「肉は、さきほどの果実と合わせて料理。足はしばらく先に進んだあと、アクセサリーの合成に用いる」

 料理システムに合成システム……。選択肢は予想している以上に多そうだ。

 ヤン・リーニャンはそのまま山の方へ走っていく。そう時間の経たないうちに登山口にたどり着いた。山への入り口は簡素ながら整備されていて、古びた小屋には受付のような設備が備え付けられていて、ヤン・リーニャンが近づくと、そこから老婆が顔を出した。ヤン・リーニャンは老婆から20ドーレで火打ち石を購入した。その後、何かを話しかけようとした老婆だが、ヤン・リーニャンは老婆を無視して、山に分け入っていった。

「老婆はいくつかのアイテムを売っているのと、ロガビアグマに関する注意事項を教えてくれる」

「注意事項?」

「人の味を覚えたばかりのロガビアグマは、人の気配に敏感だということ。ましてや山で料理などしようものなら、たちまちロガビアグマに嗅ぎつけられる、ということだ」

 なるほど、それでウサギと果物か。


 ヤン・リーニャンはしばらくの間、人が踏みしめた跡のある登山道を登っていったが、次第にコースから外れ始めた。

「ロガビア山は標高約3000メートル。標高差も2500メートルを超す山だ。ロガビアグマが出るのは標高1200メートルあたり。歩いて登れば2〜3時間。走りながら登っても1時間はかかる。だが、ヤン・リーニャンはコース外に最短のルートを探し、全力に近い速度で走っている。30分ちょっとで位置につくだろう」

 オカダの操作により、数倍速に早められたヤン・リーニャンの動きは、まさに一切の無駄も感じさせない神業のようなプレイだった。

 やがてヤン・リーニャンは、傾斜が落ち着き開けた平らな場所に行き着いた。映像が等倍速に戻る。それなりの高さにまで登ってきたようだった。地面には、焚き火の跡と、使い古された大きなナベが転がっていた。

 ヤン・リーニャンはナベと薪の残りを持ち上げ、少し場所を移動した。向かったのは尾根にあたる場所。少し足を踏み外して滑落すればゲームオーバーになると思われるほどの急斜面がすぐそばにあった。薪を置き、火打ち石で火を点ける。石を組み上げコンロのような構造を作り上げ、その上にナベを置いた。ヤン・リーニャンは、さきほど仕留めたばかりのウサギの肉と小屋で拾った赤い果実をナベに入れた。到底料理とは呼べない作りだが、それでも心地よい音と煙が上がり始める。料理はある程度簡略化されているようだ。

 数十秒ほど経って、焚き火に土をかぶせて火を消してから、ヤン・リーニャンはその場から離れ、10メートルほど先の茂みに身を隠した。


 落ち葉が風に山の環境音がよく聞こえる。しばらくして、草が擦れる音が耳を衝いた。ヤン・リーニャンが隠れている茂みとは反対側で大きな陰が動く。

 その全貌は、ほとんど奇怪とさえ言ってよいようなほど、想像から外れていた。クマ。そのイメージからさらに数倍は肥大化した存在が、画面を埋め尽くした。これがロガビアグマなのだろう。

 思わず息を呑んでしまった。ヤン・リーニャンは微動だにしない。

 ダークブラウンの毛にびっしりと覆われたロガビアグマはその巨体をゆっくりと運んでいき、何度か頭を振りながら、ヤン・リーニャンが調理したナベの方へと向かっていた。わずかに警戒の素振りを見せながら、ロガビアグマはナベに顔を近づけた。

 瞬間、ヤン・リーニャンは茂みから駆け出し、ロガビアグマのもとへ走り寄った。

 ロガビアグマがヤン・リーニャンに気づくとほぼ同時に、ヤン・リーニャンは技を繰り出していた。

 嘴脚しきゃく

 ウサギを狩ったときよりもさらに鋭い蹴りが、ロガビアグマの腹部に激しい衝撃を与えた。

 ロガビアグマはわずかではあるが、地面から浮き上がった。その着地先にはもとの地面はなかった。崖に弾かれるようにして、斜面を転げ落ちていった。

 少しして、ヤン・リーニャンのレベルが上がる。ロガビアグマは息絶えたということなのだろう。

 レベルは一気に3にまであがった。

 画面隅のタイムを見る。58分49秒。

 これがどれだけすごいのか、敵一体も倒していないぼくにはまだ完全には理解し得ないだろう。ただ、ヤン・リーニャンのプレイにはやはり、手の加えようがないくらい、一切の無駄がなかったように見えた。

 

 そしてなにより、美しかった。

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ラプソディ・トゥ・アクト 宏川露之 @hirokawa_tsuyuyuki

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