第14話 ヤン・リーニャンのプレイチャート

 ヤン・リーニャン……。ぼくはその名前を、スギハラからも聞いた。ここに来る途中のエレベーターの中で。やはりあのRTAトップランカー、ヤン・リーニャンがラプソディ・トゥ・アクトをプレイしているのだ。

 オカダはいつのまにか、プロジェクタを用意していた。手のひらに乗る小型サイズのものだった。スギハラが室内の電気を消した。白い壁に向けて映像が投影される。

 それは、ラプソディ・トゥ・アクトのオープニングの映像だった。ぼく自身がプレイしたときと異なるのは、三人称視点だということだ。

 戦場。長い黒髪の女性が伏している。彼女がヤン・リーニャンの分身なのだろうか。


 やがて画面が暗転し、しばらく経ってから景色が明るくなる。舞台が変わる。

 さきほどの黒髪の女性が立っている。横顔。綺麗な顔をしている。凛々しい線を重ねた二重瞼。目は切れ長ではあるが、まるで猫がものをじっと見るときのように大きくも見える。

 石造りの宮殿。立派な椅子と、そこに座る一人の壮年の男性。厳しい表情をした彼はザイオンだろう。ザイオンが口を開いた。

「その方、名前をなんと言ったか」

 女性のキャラクターはすぐに「ヤン」と答えた。

 ヤン・リーニャンの声。合成音声だろうか。区別はつかなかった。

「ヤン、か。ふむ……それで、職はなんであったか」

 続けてヤン・リーニャンは即答する。

「ベアハンズ」

 ベアハンズ。

 ソロプレイでのRTAに適した職業、そのぼくの回答と同じ選択だった。ぼくは少し安堵した。

 そこでぼくは、ヤン・リーニャンのプレイだと、ネザニとのやりとりがスキップされていることに気づいた。チュートリアルとなる部分は省くことができるのだろう。

「ほう、ベアハンズか。ヤンよ。その修練を積んだ身体こそが、あの戦火からそなたを生き延びさせたわけだな」

 ザイオンが話し続ける。そしてヤン・リーニャンに、敵国コナクヨが持つ兵器『コナクヨトギ』を奪うよう命じると、指南役をネザニへと引き継いだ。ヤン・リーニャンはネザニとともに兵舎へ向かった。

 

 ネザニからのチュートリアルはスキップして、ヤン・リーニャンは装備を受け取った。その後に、選択が訪れる。

 職業としてブレーディアンを選んだときは、小剣・斧・両手剣から武器を選ばされたが、ベアハンズは違うようだった。

 ネザニが取り出したのは3つの巻物。ネザニはそれを<伝授書>と呼んだ。ベアハンズが会得できる技がそれぞれに書かれているようだ。巻物の封に技の名が書かれている。ヤン・リーニャンが選んだのは嘴脚しきゃくと書かれた伝授書だった。脚を使う技なのだろうか。

 ヤン・リーニャンは巻物を受け取るとすぐに部屋を出て、走っていった。

 廊下でロガビア海軍統帥本部総長、ラゾル・ラノン元帥と出会う。短い会話だけを終えて、ラゾルは立ち去る。

 その後、ヤン・リーニャンはネザニから、コナクヨトギの情報を集めるため、ロガビアから北にあるティカベイルの首都スカイハイゲンを目指すことを勧められる。道中にはナローハットという村もあるという情報を得る。そして最後に、ヤン・リーニャンはネザニから500ドーレと地図を受け取った。


 ヤン・リーニャンがまず向かったのは武具屋だった。初期装備のグラブと道着のような軽装の鎧、そして靴を売却した。売値はわずかに130ドーレだった。装備をすべて売り払ったことで、ほとんど下着姿に近い格好になったヤン・リーニャンは武具屋で一足だけ新しい靴を買った。<飛燕靴ひえんか>と呼ばれるその靴は、550ドーレの売値だった。見た目にも軽やかで、羽のような装飾がその効果を予見させた。さらに、道具屋に向かったヤン・リーニャンは1つ30ドーレの回復薬を2つ買った。

 当然といえば当然だが、体験版のプレイ時には何も装備を整えなかったぼくとは違う。それが、RTAにおける最善の選択なのだろうか。


 問題はこのあとだ。ぼくがゲームオーバーになったのは、首都スカイハイゲンへの道の途中にある村、ナローハットに至るさらにその前。オオカミが現れた草原だ。ヤン・リーニャンは、より強い武具を得るために、防具を売却してしまっている。どうやって、モンスターたちと戦うのだろうか。

 見守るぼくの期待を裏切り、ヤン・リーニャンが向かったのは、ナローハットへ続く北側の門ではなく、南側の門だった。

 オカダがぼくの表情を見て、話し始めた。

「ナローハットに到着すると、ストーリー進行上、まず村長からクエストを受ける必要がある」

「クエスト?」

「ロガビアグマの討伐だ。しかし討伐の前にフラグ立てを行う必要はないクエストなんだ。そしてゲームのスタート地点の都市であるロガビアの南にあるロガビア山、そこにロガビアグマはいる」

「であれば、ナローハットに行く前に、ロガビア山に先に向かいロガビアグマを討伐したほうが時間短縮になるのは当然、というわけですか」

「地理的な観点からいえばそうだ。ただ、ゲームの設計上は、ナローハットに到着してからロガビア山に向かうのを想定しているはず。おそらく、ロガビアグマとの戦闘にも推奨レベルというものが存在する」

「どれくらいなんですか?」

「何度か検証したところ、我々が推定するロガビアグマとの戦闘推奨レベルは6といったところだ。ナローハットまでの往復と、ロガビア山の登山中の敵との戦闘である程度のレベルアップを想定しているようだ」

「ヤン・リーニャンは、レベルいくつでロガビアグマを倒すんです?」

 オカダはふっと笑った。

「レベル1だ」

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