第15話 montage

 デザイン会社を営む、土屋つちや 耕平こうへい46歳。彼は12年前に妻を亡くし、今は娘の紗夜さや 15歳と二人で暮らす。

 今年、受験生の紗夜に対し、思うところはあるが、なかなか言い出せない耕平。

 紗夜は毎日のように友人たちを自宅に招き、勉強会と称した おしゃべり会をしていた。




      🛏




『私の将来の夢は猛獣使いになることです!』




 ピピピピ…。

  ピピピピ…。

 ピピ…。


 またか。

 最近、同じ夢を見るな…。



 朝 5時30分。

 俺が起床をし、最初に始めるのは娘に持たせる弁当の作成。

 友人の息子は自分で弁当を作るらしい。女だから料理ができる、というのは都市伝説に違いない。それとも彼氏ができれば料理ができるのだろうか?

 それも無いな。なぜなら、我が娘は彼氏に弁当を作らせる女だったからな。全く、良い子だったのに別れやがって…。


「おはよぉ、パパ。」

 気だるい声と共に、リビングに登場する紗夜。

「おはよう紗夜。昨夜は夕飯が店屋物になってごめんな。」

「ええ? 別に大丈夫よ。たまにはパパも楽をしてよ。」


「ははは…。」

 愛想笑いしかできない俺。

 そう思うのなら、自分の部屋の片付けや掃除機くらいはやってくれよ!



 紗夜が学校に行き、俺も仕事前の一服をする。

 コーヒーメーカーで、豆から淹れるコーヒーは格別だ。久しぶりの当たり商品だな。といってもクレカのポイントで交換したのだが。

 そんなひと時を過ごすと、9時になる。9時になると同時に鳴り出す、ファックスや電話とメール。

 今日は9時15分からスカイプで打ち合わせがある。

 


『私の将来の夢は猛獣使いになることです!』



 ふと、最近よく見る夢を思い出す。

 



      🖥




 打ち合わせが終わり、時間は11時近くになっていた。

 俺は届いたファックスに目を通すが、そのほとんどがオンラインショッピングの告知だ。

「ファックスに必要性を感じないな…。」


 次にメールチェック。届くメールのほとんどが、住宅メーカーからの現場調査の依頼だ。

 最近はソシャゲの制作会社からも依頼がある。が、同じデザイン会社でも俺は建築の方なんだよね。

 これを娘に話すと、「ええ!? すごいじゃん! パパもイラストとか背景画とか描いてみれば?」と言われた。

 娘に言われ、調子に乗った俺はワコムの板タブを購入。結果は幼稚園児並みの画力で終わった…。まあ、Amazonアマゾンで型落ちの安い物を買ったので、安い勉強代で済んだのだが。



 2時30分を過ぎた頃、娘の紗夜が帰宅する。部活も引退し、高校も推薦で決まった紗夜は高校の編成試験まで暇なようで、毎日のように友達と勉強会という、おしゃべり会をしている。

 そして、今日も友達が来るようだ。紗夜の友達の受験勉強は大丈夫なのか?


 4時少し前になり、紗夜の友達がやって来た。

「お邪魔しまーす!」

「はいはい。いらっしゃい。」

「お仕事中にすみません。」

 ん? 初めて見る子だな。

「気にしないで大丈夫だよ。」

「ありがとうございます。」


 みんな良い子だな。




      🍽




 その日の夕飯。


「なあ紗夜。」

「ん?」

「今日は初めて見る子がいたな。あの子の名前は?」

「ん? いた? 美香みか花音かのん優香ゆうかだよ?」

「え? 髪が少し茶色い子がいただろ?」

「美香じゃないの?」

「え? 美香ちゃんか?」

「そんなことよりもさ、明日は三者面談だよ。覚えているかな?」

「大丈夫だよ。4時だろ?」

「先生はね、パパのことがお気に入りだから楽しみにしているよ。」


 そう言われても、男の先生だから微妙だな…。


吉岡よしおか先生も芸大げいだい出身で、パパの後輩だからね。」

「ははは…。」

 本当、微妙…。




      🌅




 …ピ…。

 …ピピピ…。

 ピピピピ…。


 朝か…。

 今日は紗夜の学校に行く日だったな。


「おはよぉ、パパ。」

「おはよう、紗夜。」


 相変わらず気だるそうな声で言う紗夜。昨夜もきっとソシャゲで寝落ちしたのだろう。


「パパは先に出るけど、戸締りをよろしくな。」

「はぁい。気をつけてね、行ってらしゃーい。」


 ガレージに行き、バイクの暖気を始める。7月の上旬だが、オイル下りが怖いので暖気は欠かせない。

 俺の自慢のバイク、Norton Command 961。世界限定50台と言うことで飛びついて購入した。我が家に車がないのは、この子(ノートン)がいる為だ。


 調査する現場は東京都と神奈川県の県境。東名高速を使えば、三者面談の4時に間に合うはずだ。


 金曜日のわりに、すんなりと抜けられた首都高速。自宅を出てから30分も経過せずに東京料金所まで来ることができた。

 これなら調査する保育園にも、あっという間に到着することができそうだ。


 東名川崎で降り、一般道に入った。約束の時間にはまだ間があるため、コンビニに入ることにした。

 9時少し前という事もあり、スーツを着た人が目立つ。これが1時間前だと職人さんが多いのだと思う。


 俺はコーヒーを飲みながら木陰に移動をし、喫煙所を探していた。


「おはようございます。今日はこちらで仕事なのですか?」

 驚いたことに、話しかけてきたのは、昨日、家に遊びに来ていた紗夜の友達だった。

 結局、名前がわからず仕舞いだった、髪の少し茶色い子。その子が川崎にいる。

「あれ? 昨日、遊びに来た子だよね。学校は?」

「土屋さんは朝の挨拶ができないみたいですね?」

 俺の質問に、その子は肩をすくめながら言った。

「あっ、ごめん。おはようございます。」

美緒みおです。」

 俺の言葉に嬉しそうな顔をしながら言う。


 みお? ああ、名前かな?

「美しいいとぐちで美緒。」

 

 自分で美しいって…。

「美緒ちゃん、今日はどうしたの?」

「ふふ…。それじゃお仕事、頑張って下さい。」


 俺の質問に答えず、美緒ちゃんはその場を去った。

 家庭の事情かな? きっと言いたくないような事なのだろう。俺は腕時計をチラッと見る。そして美緒ちゃんが去った方を見ると、その姿はもう無かった。


 あれ? 一本道なのに…。




      🏍




 現場調査が終わり、紗夜の学校へ向かう。

 時間は2時47分。この時間はよく見る時間だ。その他、11時26分もよく見る時間のベストテン入りをしている。


 遅くなったが、軽く食事をする事にした。

 入ったのは小さな喫茶店。スタバやタリーズなどの、オシャンなお店が苦手な俺にはもってこいのお店だ。

 木枠にガラス張りの扉を開けると、扉上部についたベルが鳴る。これはこれで、レトロな感じでお洒落だ。


「お好きな所にお座りになって下さい。」

 60代だろうか? 少し背の曲がった男性が言った。

「カウンターでも良いでしょうか?」


 男性は笑顔でうなずいてくれた。


「お昼はお済みですか?」

 お冷やをコトンと置き、店主が言う。

「実はまだなのです。これから娘の学校へ行くのですが、時間が中途半端でして。」

「そうでしたか。それではターキーが少し残っておりますので、クラブハウスサンドをお作りいたしましょうか?」

「美味しそうですね。お願い致します。」

「かしこまりました。コーヒはいかがですか? コロンビアがありますが。」

「コロンビアだけでもできますか?」

「はい。」

「フルシティでお願いできますか?」

「かしこまりました。」



 大きなノッポの古時計。

 その時計がチック、タックと振り子を左右に揺らしている。

 振り子の音に合わせるようにサイフォンがコポコポと音を鳴らす。

 それはオーケストラのように全ての音が折り重なる。

 レタスを切るシャキっと言う音。

 トースターから跳ね上がる琥珀色のパン。

 心地のいい時が流れていく。


「どうぞ。」

 店主がコーヒーを出してくれた。

 独特な香りのコーヒー。

 口に含むと広がる滑らかな感じ。まるでコーヒーのオーケスト…って俺は彦摩呂か!


「どうぞ。」

 次に出されたクラブハウスサンド。

 こいつもまた、いい匂いを醸し出している。

 

 絶妙な硬さのトーストに、絶妙な焼き加減のターキー。パサつく肉はレタスの水分でちょうど良い食感だ。

 ああ。このお店に来てよかった。


 

 遅いランチを終わらせところで、3時30分を過ぎた。ちょうど良い時間だ。

「ごちそうさまでした。」

 席を立ち上がり、レジスターのあるカンターに向かう。


「ありがとうございます。チェックでよろしいですか?」

「はい。とても美味しかったです。」


 会計が終わり扉を開けると、入店した時と同じくベルがなる。


「お気をつけて、土屋さん。」

「ありがとうございます。」




 お店を出てバイクのエンジンを始動させ、ヘルメットをかぶる。

 あれ? 名前、教えたっけ?



『私の将来の夢は猛獣使いになることです!』



 また、あの夢のセリフだ…。




      🏫




 学校に到着。

 バイクを置き、昇降口に向かう。

 来客用のドアを開けると、なんだか埃っぽい。

 すぐ隣が下駄箱だからだろうか?

 若さゆえの匂いがすごい。いわゆる若者わかものしゅうだ。

 オヤジ臭と言う言葉は有名だが、実は若者の発する匂いは中年にはキツく感じるのだ。


「あっ紗夜パパだ。」

 母親と一緒の美香ちゃんだ。

「こんにちは。美香ちゃんのお母さんですね? いつも紗夜がお世話になっております。」

「いえいえ、こちらこそです。うちの子が度々お邪魔しているようで、申し訳ないです。」

「紗夜パパ、上で紗夜が待っていますよ。」

「そうだね、それでは失礼いたします。」


 美香ちゃん達と別れ、階段を上る。

 上に行くにつれ、空気が熱されているようだ。

 これじゃ3階に到着する頃にはサウナ状態だな…。と思いきや、思いの外、3階はとても涼しくなっていた。

 エアコン付きの学校なんて俺の時代には考えられなかったぞ。


 3階に到着すると、3年A組の引き違いの扉の前に立つ紗夜。「パパ!」と言いながら手を振っている。

 まったく、可愛い娘だ。



 

 面談が終わり、教室を出る。

 

 紗夜は入学する高校も決まっていたので、早くに面談が終わった。芸大の話は盛り上がったが…。と言っても興奮していたのは吉岡先生だけで、土屋親子はというと、それはもうドン引きだったとさ…。


 紗夜は友達と帰るようなので、足早に階段を駆け降りていく。

 40代の俺はというと、階段を駆け降りる事に対し恐怖が先行する。その為か一歩一歩、確実に降りた。



 来客用の玄関を出ると、西日が体に照りつける。まるで体の水分を太陽様が焼き尽くしていくようだ。

 暑い…。早いところ家に帰ろう。

 

 バイクのエンジンを始動させる。

 ヘルメットをかぶろうとした時、人の気配を感じた。

 振り向くと、そこには美緒ちゃんがいた。


「美緒ちゃん? 美緒ちゃんも今日が面談の日なのかな? ていうか、川崎から帰ってきたんだ?」

 

 美緒ちゃんはニコニコとし、俺の元へ近付いてくる。

 しかし、この子は暑くないのかな? 長袖の制服…。ん? 何で美緒ちゃんは冬服なんだ?


「土屋さんにお話があって。」

「ああ、紗夜は友達と一緒に帰るって言っていたよ。」

「ううん。紗夜ちゃんじゃない。耕平君にお話があるの。」


 は? 耕平君って…。


「今日、お父さんのお店に行ってくれたでしょ? 耕平君は昔からお父さんが作る、クラブハウスサンドが好きだったよね?」


 なんだ? 何なんだこの子は…。


「覚えている?」

「何? 何のことかな?」

「忘れちゃったか…。」

 美緒ちゃんは悲しそうな顔をし、俺の顔を瞬きもせずに見ている。

「あのね、今日は七夕だから会いに来たの。」

「七夕?」

「うん、七夕。」


 美緒ちゃん…。美緒ちゃん? 美緒ちゃん!?


『あのね、耕平君。私の将来の夢は猛獣使いになることです!』




      🍧




 コロンビア産のコーヒー豆。

 フルシティローストの香りが店内に広がる。


「土屋さん、ありがとうございます。美緒を思い出してくれたのですね。」

「今まですみません…。」

「しかたの無いことです。」

 


『七夕の日なんだけど、一緒にお祭りに行かない? 大切な話があるの。 』



 俺も美緒ちゃんに伝えたい事があった。

 猛獣使いになりたかった美緒ちゃん。

 小学4年生の時に一緒にサーカスを見に行ってから、口癖のように言っていた。

 

 31年前。中学2年の時、俺と美緒ちゃんが乗ったバスが事故に遭った。

 俺はその時から、当時の記憶を失っていた。

 美緒ちゃんはその時の事故から寝たきりになっていたようだ。


 そして、彼女は事故から2年後に亡くなったそうだ。


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Complete Story konnybee! @wabisketsubaki

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