第15話 montage
デザイン会社を営む、
今年、受験生の紗夜に対し、思うところはあるが、なかなか言い出せない耕平。
紗夜は毎日のように友人たちを自宅に招き、勉強会と称した おしゃべり会をしていた。
🛏
『私の将来の夢は猛獣使いになることです!』
ピピピピ…。
ピピピピ…。
ピピ…。
またか。
最近、同じ夢を見るな…。
朝 5時30分。
俺が起床をし、最初に始めるのは娘に持たせる弁当の作成。
友人の息子は自分で弁当を作るらしい。女だから料理ができる、というのは都市伝説に違いない。それとも彼氏ができれば料理ができるのだろうか?
それも無いな。なぜなら、我が娘は彼氏に弁当を作らせる女だったからな。全く、良い子だったのに別れやがって…。
「おはよぉ、パパ。」
気だるい声と共に、リビングに登場する紗夜。
「おはよう紗夜。昨夜は夕飯が店屋物になってごめんな。」
「ええ? 別に大丈夫よ。たまにはパパも楽をしてよ。」
「ははは…。」
愛想笑いしかできない俺。
そう思うのなら、自分の部屋の片付けや掃除機くらいはやってくれよ!
紗夜が学校に行き、俺も仕事前の一服をする。
コーヒーメーカーで、豆から淹れるコーヒーは格別だ。久しぶりの当たり商品だな。といってもクレカのポイントで交換したのだが。
そんなひと時を過ごすと、9時になる。9時になると同時に鳴り出す、ファックスや電話とメール。
今日は9時15分からスカイプで打ち合わせがある。
『私の将来の夢は猛獣使いになることです!』
ふと、最近よく見る夢を思い出す。
🖥
打ち合わせが終わり、時間は11時近くになっていた。
俺は届いたファックスに目を通すが、そのほとんどがオンラインショッピングの告知だ。
「ファックスに必要性を感じないな…。」
次にメールチェック。届くメールのほとんどが、住宅メーカーからの現場調査の依頼だ。
最近はソシャゲの制作会社からも依頼がある。が、同じデザイン会社でも俺は建築の方なんだよね。
これを娘に話すと、「ええ!? すごいじゃん! パパもイラストとか背景画とか描いてみれば?」と言われた。
娘に言われ、調子に乗った俺はワコムの板タブを購入。結果は幼稚園児並みの画力で終わった…。まあ、
2時30分を過ぎた頃、娘の紗夜が帰宅する。部活も引退し、高校も推薦で決まった紗夜は高校の編成試験まで暇なようで、毎日のように友達と勉強会という、おしゃべり会をしている。
そして、今日も友達が来るようだ。紗夜の友達の受験勉強は大丈夫なのか?
4時少し前になり、紗夜の友達がやって来た。
「お邪魔しまーす!」
「はいはい。いらっしゃい。」
「お仕事中にすみません。」
ん? 初めて見る子だな。
「気にしないで大丈夫だよ。」
「ありがとうございます。」
みんな良い子だな。
🍽
その日の夕飯。
「なあ紗夜。」
「ん?」
「今日は初めて見る子がいたな。あの子の名前は?」
「ん? いた?
「え? 髪が少し茶色い子がいただろ?」
「美香じゃないの?」
「え? 美香ちゃんか?」
「そんなことよりもさ、明日は三者面談だよ。覚えているかな?」
「大丈夫だよ。4時だろ?」
「先生はね、パパのことがお気に入りだから楽しみにしているよ。」
そう言われても、男の先生だから微妙だな…。
「
「ははは…。」
本当、微妙…。
🌅
…ピ…。
…ピピピ…。
ピピピピ…。
朝か…。
今日は紗夜の学校に行く日だったな。
「おはよぉ、パパ。」
「おはよう、紗夜。」
相変わらず気だるそうな声で言う紗夜。昨夜もきっとソシャゲで寝落ちしたのだろう。
「パパは先に出るけど、戸締りをよろしくな。」
「はぁい。気をつけてね、行ってらしゃーい。」
ガレージに行き、バイクの暖気を始める。7月の上旬だが、オイル下りが怖いので暖気は欠かせない。
俺の自慢のバイク、Norton Command 961。世界限定50台と言うことで飛びついて購入した。我が家に車がないのは、この子(ノートン)がいる為だ。
調査する現場は東京都と神奈川県の県境。東名高速を使えば、三者面談の4時に間に合うはずだ。
金曜日のわりに、すんなりと抜けられた首都高速。自宅を出てから30分も経過せずに東京料金所まで来ることができた。
これなら調査する保育園にも、あっという間に到着することができそうだ。
東名川崎で降り、一般道に入った。約束の時間にはまだ間があるため、コンビニに入ることにした。
9時少し前という事もあり、スーツを着た人が目立つ。これが1時間前だと職人さんが多いのだと思う。
俺はコーヒーを飲みながら木陰に移動をし、喫煙所を探していた。
「おはようございます。今日はこちらで仕事なのですか?」
驚いたことに、話しかけてきたのは、昨日、家に遊びに来ていた紗夜の友達だった。
結局、名前がわからず仕舞いだった、髪の少し茶色い子。その子が川崎にいる。
「あれ? 昨日、遊びに来た子だよね。学校は?」
「土屋さんは朝の挨拶ができないみたいですね?」
俺の質問に、その子は肩をすくめながら言った。
「あっ、ごめん。おはようございます。」
「
俺の言葉に嬉しそうな顔をしながら言う。
みお? ああ、名前かな?
「美しい
自分で美しいって…。
「美緒ちゃん、今日はどうしたの?」
「ふふ…。それじゃお仕事、頑張って下さい。」
俺の質問に答えず、美緒ちゃんはその場を去った。
家庭の事情かな? きっと言いたくないような事なのだろう。俺は腕時計をチラッと見る。そして美緒ちゃんが去った方を見ると、その姿はもう無かった。
あれ? 一本道なのに…。
🏍
現場調査が終わり、紗夜の学校へ向かう。
時間は2時47分。この時間はよく見る時間だ。その他、11時26分もよく見る時間のベストテン入りをしている。
遅くなったが、軽く食事をする事にした。
入ったのは小さな喫茶店。スタバやタリーズなどの、オシャンなお店が苦手な俺にはもってこいのお店だ。
木枠にガラス張りの扉を開けると、扉上部についたベルが鳴る。これはこれで、レトロな感じでお洒落だ。
「お好きな所にお座りになって下さい。」
60代だろうか? 少し背の曲がった男性が言った。
「カウンターでも良いでしょうか?」
男性は笑顔でうなずいてくれた。
「お昼はお済みですか?」
お冷やをコトンと置き、店主が言う。
「実はまだなのです。これから娘の学校へ行くのですが、時間が中途半端でして。」
「そうでしたか。それではターキーが少し残っておりますので、クラブハウスサンドをお作りいたしましょうか?」
「美味しそうですね。お願い致します。」
「かしこまりました。コーヒはいかがですか? コロンビアがありますが。」
「コロンビアだけでもできますか?」
「はい。」
「フルシティでお願いできますか?」
「かしこまりました。」
大きなノッポの古時計。
その時計がチック、タックと振り子を左右に揺らしている。
振り子の音に合わせるようにサイフォンがコポコポと音を鳴らす。
それはオーケストラのように全ての音が折り重なる。
レタスを切るシャキっと言う音。
トースターから跳ね上がる琥珀色のパン。
心地のいい時が流れていく。
「どうぞ。」
店主がコーヒーを出してくれた。
独特な香りのコーヒー。
口に含むと広がる滑らかな感じ。まるでコーヒーのオーケスト…って俺は彦摩呂か!
「どうぞ。」
次に出されたクラブハウスサンド。
こいつもまた、いい匂いを醸し出している。
絶妙な硬さのトーストに、絶妙な焼き加減のターキー。パサつく肉はレタスの水分でちょうど良い食感だ。
ああ。このお店に来てよかった。
遅いランチを終わらせところで、3時30分を過ぎた。ちょうど良い時間だ。
「ごちそうさまでした。」
席を立ち上がり、レジスターのあるカンターに向かう。
「ありがとうございます。チェックでよろしいですか?」
「はい。とても美味しかったです。」
会計が終わり扉を開けると、入店した時と同じくベルがなる。
「お気をつけて、土屋さん。」
「ありがとうございます。」
お店を出てバイクのエンジンを始動させ、ヘルメットをかぶる。
あれ? 名前、教えたっけ?
『私の将来の夢は猛獣使いになることです!』
また、あの夢のセリフだ…。
🏫
学校に到着。
バイクを置き、昇降口に向かう。
来客用のドアを開けると、なんだか埃っぽい。
すぐ隣が下駄箱だからだろうか?
若さゆえの匂いがすごい。いわゆる
オヤジ臭と言う言葉は有名だが、実は若者の発する匂いは中年にはキツく感じるのだ。
「あっ紗夜パパだ。」
母親と一緒の美香ちゃんだ。
「こんにちは。美香ちゃんのお母さんですね? いつも紗夜がお世話になっております。」
「いえいえ、こちらこそです。うちの子が度々お邪魔しているようで、申し訳ないです。」
「紗夜パパ、上で紗夜が待っていますよ。」
「そうだね、それでは失礼いたします。」
美香ちゃん達と別れ、階段を上る。
上に行くにつれ、空気が熱されているようだ。
これじゃ3階に到着する頃にはサウナ状態だな…。と思いきや、思いの外、3階はとても涼しくなっていた。
エアコン付きの学校なんて俺の時代には考えられなかったぞ。
3階に到着すると、3年A組の引き違いの扉の前に立つ紗夜。「パパ!」と言いながら手を振っている。
まったく、可愛い娘だ。
面談が終わり、教室を出る。
紗夜は入学する高校も決まっていたので、早くに面談が終わった。芸大の話は盛り上がったが…。と言っても興奮していたのは吉岡先生だけで、土屋親子はというと、それはもうドン引きだったとさ…。
紗夜は友達と帰るようなので、足早に階段を駆け降りていく。
40代の俺はというと、階段を駆け降りる事に対し恐怖が先行する。その為か一歩一歩、確実に降りた。
来客用の玄関を出ると、西日が体に照りつける。まるで体の水分を太陽様が焼き尽くしていくようだ。
暑い…。早いところ家に帰ろう。
バイクのエンジンを始動させる。
ヘルメットをかぶろうとした時、人の気配を感じた。
振り向くと、そこには美緒ちゃんがいた。
「美緒ちゃん? 美緒ちゃんも今日が面談の日なのかな? ていうか、川崎から帰ってきたんだ?」
美緒ちゃんはニコニコとし、俺の元へ近付いてくる。
しかし、この子は暑くないのかな? 長袖の制服…。ん? 何で美緒ちゃんは冬服なんだ?
「土屋さんにお話があって。」
「ああ、紗夜は友達と一緒に帰るって言っていたよ。」
「ううん。紗夜ちゃんじゃない。耕平君にお話があるの。」
は? 耕平君って…。
「今日、お父さんのお店に行ってくれたでしょ? 耕平君は昔からお父さんが作る、クラブハウスサンドが好きだったよね?」
なんだ? 何なんだこの子は…。
「覚えている?」
「何? 何のことかな?」
「忘れちゃったか…。」
美緒ちゃんは悲しそうな顔をし、俺の顔を瞬きもせずに見ている。
「あのね、今日は七夕だから会いに来たの。」
「七夕?」
「うん、七夕。」
美緒ちゃん…。美緒ちゃん? 美緒ちゃん!?
『あのね、耕平君。私の将来の夢は猛獣使いになることです!』
🍧
コロンビア産のコーヒー豆。
フルシティローストの香りが店内に広がる。
「土屋さん、ありがとうございます。美緒を思い出してくれたのですね。」
「今まですみません…。」
「しかたの無いことです。」
『七夕の日なんだけど、一緒にお祭りに行かない? 大切な話があるの。 』
俺も美緒ちゃんに伝えたい事があった。
猛獣使いになりたかった美緒ちゃん。
小学4年生の時に一緒にサーカスを見に行ってから、口癖のように言っていた。
31年前。中学2年の時、俺と美緒ちゃんが乗ったバスが事故に遭った。
俺はその時から、当時の記憶を失っていた。
美緒ちゃんはその時の事故から寝たきりになっていたようだ。
そして、彼女は事故から2年後に亡くなったそうだ。
Complete Story konnybee! @wabisketsubaki
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