黙りなさい、帰りなさい

リョウ

黙りなさい、帰りなさい

 足場はひび割れた煉瓦だった。横幅も狭い。僕がその脆い階段を上っている最中、スーツを着たビジネスマン然とした男が立っていた。そいつは悪魔だった。

「お前の願いを叶えよう」口調はビジネスマンではなかった。いや、ビジネスマンだ。偉そうな重役だ。

「いや、結構」僕はきっぱり断った。

「なぜ? はっきり言っておくが、願いを叶えるにあたっての取引は至って公平だ。本当だぞ。契約書を見せよう」悪魔は紙切れ一枚を取りだし、自信有り気に僕に見せた。「ほらどうだ、隅に小さく重要な事項を書くなんて下衆な真似もしていない。互いの報酬についてもじっくり考えよう。それに取引後はクーリングオフも可能だ。しつこく言うが、悪魔の取引は元来公平なものだ。それを理解しろ。偏見はいけないぞ」

「なるほど、契約書を見る限り、不自然は見当たらないな」

「じゃあ取引の話を――」

「無しだ」僕は契約書を破いて捨てた。

 悪魔は不満気に消えた。

 僕は階段を上り続けた。

 宝くじが当たると厄介な連中が増えるのと同じで、天国行きが決まってからというもの、天国への階段を上る最中でさえ、もう何度も悪魔が取引を持ちかけてくる。たまったもんじゃない。

「願いを叶えよう」悪魔が現れた。

 

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黙りなさい、帰りなさい リョウ @koyo-te

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