第14話 家族のようなもの②

 寝不足と戦闘の疲れでふらふらしながら隠し部屋からリュエットの部屋に入ると、ベッドの上に白くて丸い物体が乗っているのが見えた。


「ずっとこうなんです」


 かたわらのイスに座ったリュエットが肩をすくめる。丸い物体はシーツにくるまったシルバらしかった。


「シルバ」


 声をかけると白い丸がぴくりと動いた。起きてはいるらしい。


”嫌われた、役に立てなかった、怒ってる、怒られる、いやだ、いやだ……!”


 ぐちゃぐちゃとした自己嫌悪の声が聞こえてくる。俺はシルバに声をかけた。


「べつに怒ってないから」

「……」

「ちょっと相手がよくなかったな。俺の考えが足りなかった。すまん」


 するとシーツが跳ねあげられ、シルバが姿を現した。


「パパは悪くない! 悪いのはわたしだ!」


 俺の腰に飛びついてくる。


「わたしもパパとママを助けないとなのに助けられなかった……!」


 まっすぐすぎるくらいまっすぐなシルバは、恩義を返さなければと必死のようだった。その思いはとても尊い。しかし、ときに律儀さは、知らず知らずのうちに自分を壊してしまう。かつて俺がガルダにいいようにこき使われていたみたいに。


「そんなに気負うことない」

「きおう、ってなんだ?」

「頑張んなきゃって考えすぎてつらくなることだ」

「……そんなんじゃない」


 シルバの頭にぽんと手を乗せる。


「俺がお前を助けたのは『助けないといけないから』じゃない。そうしなきゃって感じたからだ」


 シルバは疑問顔で俺を見あげる。


「つまり……、理由はいらないってことだ。リュエットもそうだろ?」


 リュエットは微笑して頷く。俺はしゃがんでシルバの顔を見た。


「助けないといけないなんて考えなくていい。つらそうなお前を見るのは俺たちもつらいから」


 シルバはじっと足元を見て何事か考えている様子だった。そろそろ眠気が限界の俺は部屋を出ようとして、戸口で振りかえった。


「言っておくが、シルバの気持ちはめちゃくちゃ嬉しい。それはまちがいないから」


 シルバは牙を見せて微笑む。


「気持ちだけもらっておくってやつだナ」

「ほんとお前の語彙なんなの?」


 俺は苦笑し、リュエットの部屋をあとにした。





 その日の夜も俺たちは第七へ赴いた。そしてやはりドッペルゲンガーは俺たちを待ち受けるように並んで立っている。


「お前は片方のドッペルゲンガーを離れすぎないよう誘導してくれればいい。とどめは俺が刺す」


 シルバは厳しい表情で頷く。


 ドッペルゲンガーが左右に散る。俺は右に、シルバは左に食らいつく。


 そのはずだったのだが。


 右のドッペルゲンガーを難なくほふった、そのとき。


「ま、待て!」


 慌てたようなシルバの声が聞こえてそちらに顔を向けた。


 ドッペルゲンガーがリュエットに向かって走っていた。虚をつかれたらしいシルバは追いすがるも間にあいそうにない。


 俺はとっさに、投擲しようと刀を振りかぶった。


 俺たちの慌てようとは裏腹にリュエットは落ち着き払っていた。向かってくるドッペルゲンガーに手をかざす。


 目がくらむほどの輝き。リュエットの魔法が放たれたのだ。


 ドッペルゲンガーは飛びすさり、顔を押さえてもがき苦しんでいる。魔法が目を焼いたらしい。


 その足元の影から、いましがた俺が倒したドッペルゲンガーがのそりと這い出した。復活したドッペルゲンガーは、地面に倒れてのたうち回る相棒をじっと見おろしている。


 その拳が相棒に振りおろされた。一度だけではなく、何度も何度も。


 やがて動かなくなった相棒の頭をつかみあげ、地面に叩きつける。


 ぐしゃ、と音が鳴り、頭がひしゃげた。


「っ……!」


 そのおぞましい光景に、リュエットが息を飲んだ。


 ――まさか……。


 動かなくなった身体が煙のように消える。少しして、いままでと同様に影から復活した。


 ――負傷して使い物にならなくなった相棒をわざと殺して復活させたのか?


 そうすれば五体満足で復活することができる。できはするが……。


 ――『読心』。


 心の声を聞くスキル1を呼びだす呪文。


”    ”


 しかしなにも聞こえてこない。殺したドッペルゲンガーの声も、殺されたドッペルゲンガーの声も。


 なにも感じていない。その心はあまりに虚ろだった。


 あれほどまでのことをしてどうして無感情でいられるのか。完全に理解の範疇を超えており、俺は絶句するしかなかった。リュエットの顔は恐怖と嫌悪でこわばっている。


 ぞくり、と肌が粟立った。俺の身体が怯えている。しかしその原因はドッペルゲンガーではない。


 シルバだった。ドッペルゲンガーのむごい行いに心を乱された俺たちとは違い、彼女はひどく冷静に見える。だが、髪や尾の毛が逆立っていた。


 静かで激しい怒り。目元には悲しみの色も見てとれた。


 その目が俺のほうを向いた。


「パパ」

「な、なんだ?」


 思わずどもってしまう。シルバは妙に大人びた声で言う。


「もう一回やらせて」


『できるのか?』


 そう問うこともできなかった。それほど彼女の声には決意がこめられていた。


「いくぞ」

「うん」


 俺たちふたりは同時に駆けだした。ドッペルゲンガーが左右に散開する。俺は右に、シルバは左につく。


 俺は放たれた拳をかわし、刀を抜きざま脇腹から肩にかけて斬りあげる。容易に断ち切られたドッペルゲンガーは煙になって消える。


「やれ!」


 俺は振り向き指示を飛ばす。


 シルバはドッペルゲンガーの拳を首を傾けて避け、その腕をつかんで投げ飛ばした。地面に叩きつけられたドッペルゲンガーが体勢を立てなおす前に猛烈な勢いで殺到する。


「お前らは――」


 前腕が太くなり、髪や尾と同じ銀色の毛が生えた。指先に鋭い爪が伸びる。獣化だ。


「お前らは、家族なんかじゃない!」


 両手の甲を合わせ、立ちあがったドッペルゲンガーの鳩尾に突き立てる。


「悪いお化けだ!!」


 まるで引き戸を開けるように両腕を広げる。ドッペルゲンガーの身体は左右に引き千切られた。


 ドッペルゲンガーは黒い煙になり、風に散って消えた。


 静寂。しばらく待ってみるが、復活する気配はない。退治できたようだった。


「ふうう……」


 長いため息が漏れる。リュエットも気の抜けような表情をしていて、目が合うとふたりとも苦笑いをしてしまった。


 シルバはこちらに小さな背中を向けたまま立ち尽くしている。俺は彼女のかたわらに立った。


 シルバは静かに涙を流していた。俺は彼女の頭に手を置いた。


「難しかったよな。でも、よくやった」


 シルバは涙に濡れた目で俺をみあげる。


「たくさん哲を学した。くたびれた」


 俺は「ぶっ」と吹きだしてしまった。


「そうだな。俺も疲れた。――帰ろうか」

「うん」


 俺たちは三人で手をつなぎ、屋敷へ引き返す。


「こうしてると本当のパパとママみたいだナ」


 シルバが言うと、リュエットは悪戯っぽい表情で俺を見た。


「でしたらコードネームも『パパ』にしましょうか。タリズマンよりがシルバさんも呼びやすいでしょうし」


 コードネームの件をまだ根にもっているらしい。俺はちょっとむっとして言い返す。


「じゃあ、いっそリュエットのコードネームも『ママ』でいいんじゃないか? 俺が考えたのじゃお気に召さないみたいだし」


 リュエットの眉間にしわが寄る。


「なんですか、

「いいや、なんでも、


 俺たちはにらみ合う。


 売り言葉に買い言葉でやり返してしまったが、冷静になってみるとこのやりとりはまるで本当の夫婦の痴話喧嘩みたいで、俺はリュエットを強く意識してしまい、急に恥ずかしくなって顔を伏せた。


 ちらりと様子をうかがうと、リュエットも顔を赤くしてうつむいていた。


 シルバはそんな俺たちの顔を見比べて、牙を見せて笑った。


「ふたりともおぼこいナ!」


 ――ほんとこいつの語彙どうなってんの?


 しかしまあ、俺たちは多分、いやきっと、いいチームになれる。家族のようないいチームに。

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究極の万能スキル【理解】を手に入れて目が覚めた俺、田舎領主の使いっ走りをやめて王都に行ったら英雄になりました 藤井論理 @fuzylonely

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