第13話 家族のようなもの①
「で、こうなったと」
屋敷の隠し部屋で、リュエットは責めるような目で俺を見つめた。
俺の背中にはシルバがしがみついている。追いかけっこは俺の惨敗だった。
「不用意ではありませんか?」
「でもこれを……、これを振り払えと!? お前にそれができるか!?」
背後のシルバを親指で示す。
「しかしですね――」
「ママ、なに怒ってるんだ? 仲よくしないと駄目だぞ?」
「くっ」
シルバの愛嬌にリュエットが怯む。
「わたしはほだされませんからねっ」
「俺もまったく考えなしにつれてきたわけじゃない」
「わたしは反対です」
「まだなにも言ってない」
「聞かなくてもわかります。彼女を仲間に入れようというのでしょう? こんな子供を戦いに巻きこむなんて」
「それは俺も考えた。そのうえで、招き入れたほうがいいと考えた」
「なぜです」
「危険だからだ。シルバはとても勇敢だ。魔物が現れれば、いままでどおりひとりで突っこんでいくだろう。俺が間にあう保障はどこにもない。なら目の届く範囲に置いたほうが安全じゃないか?」
「魔物と戦わないように言い聞かせれば……」
「『悪いお化け』を倒すことは亡くなったおばあちゃんとの絆だ。それを断ち切れというのか?」
「……」
「大丈夫、シルバは強い。俺も無理はさせないように気をつける」
「なー、パパ」
背中のシルバが声をあげた。
「なんでわたしの名前を知ってるんだ?」
俺は固まった。シルバの名前や強さを知っているのはスキルを使ってステータスをのぞき見たからだが、俺が【理解】のスキルを持っていることは誰にも――リュエットにも言っていない。
出る杭は打たれる。王都に来て最初に学んだのがそれだ。突出した力を誇示すればろくなことにならない。
あと単純に『心の声を聞くことができるスキル』なんて気味悪がられるに違いない。誰だって考えていることを盗み聞きなんてされたくないだろうから。
そういう理由だ。いや、そういう理由だった。というのも、リュエットに黙っているのは、それとは性質が違う気がしているからだ。
俺は強い。なぜかはわからないが異常なほどステータスが高い。それにくわえて、すべてを見透かすような謎のスキルを持っているとなったらリュエットはどう思うだろう。
英雄譚を愛好する彼女のことだ、ますます俺のことを英雄視するのではないか。
それが怖い。『オグマ』ではなく『英雄』としてしか見られなくなってしまうことが。
「おーい。聞いてるか?」
シルバに頭をノックされた。俺ははっと我に返った。
「あ、ああ。――どこかで小耳にはさんだ」
「ふーん」
あまり納得のいっていないような声をあげ、シルバはとんと床に着地した。
「そうだゾ。わたしの名前はシルバ。毛とか目の色が銀だからシルバって呼ばれてる」
にっと笑うシルバをじっと見つめていたリュエットは、やがてあきらめたように息をつき、しゃがんでシルバと視線の高さを合わせた。
「わたしとおそろいですね」
「ママとおそろい!」
シルバはリュエットの首にしがみついた。リュエットは俺に苦笑いを向ける。
どうやら認めてくれたらしい。俺は安堵して笑顔を返した。
シルバはリュエットの髪を撫でた。
「わたしの銀のほうが色が濃いから、ママとパパのちょうどあいだだな!」
無邪気な一言にふたりの笑顔は固まった。シルバは色がグラデーションになっていることに言及しただけのつもりだろうが、汚れてしまっている俺には
――俺が、リュエットと……。
顔を真っ赤にしているところを見るとリュエットも同じことを考えているらしかった。シルバが俺たちふたりの顔を見比べる。
「顔が同じ色になってる! 仲いいな」
「ま、まあ、
悪い気はしないのに無性に恥ずかしくなって、俺はことさら『仲間』を強調した。
するとリュエットは少しむっとしたような顔になって、
「そう、
と応じ、ぷいっと顔をそむけてしまった。
――なぜ……?
機嫌を損ねた理由がわからず困惑する。
シルバは笑った。
「知ってるぞ! 犬も食わないってやつだナ!」
「ほんとにお前の語彙どうなってんの?」
こうして俺たちのチームに天真爛漫な仲間が加わった。
◇
「ひとつの胴に八つの頭と八つの尾を持つこの化け物に、強い酒を飲ませて眠っているうちに倒したのです」
ドアが開け放たれた部屋からリュエットの声が聞こえきた。ちらりと覗いてみると彼女は、横に座ったシルバに英雄譚を読み聞かせていた。
「なんかずるいなー」
「ちょっとね。でもわたしは人間くさくいこの英雄が一番好きなんです」
「人間くさいって?」
「怒ったり、泣いたり、寂しがったり」
「なんかえいゆうっぽくないな」
「こういう気持ちを知っているからこそ英雄になれるんですよ」
窓から差しこむ柔らかな陽光がふたりを包んでいる。その光景はまるで幸福そのもので、俺はぼうっと見とれてしまった。
――リュエットと俺がもしも伴侶になったら、こんな感じなのかな。
などと夢想してしまう。
「なにしてるんですか?」
リュエットが怪訝そうにこちらを見ていた。
「そのままで」
「はい?」
「もう少し、そのままでいてほしい」
「はあ……」
リュエットは本に目をもどし、朗読を再開した。
――いいな……。
俺に絵心があったなら、この光景を描き残すことだろう。しかし残念なことに絵筆を手にしたことすらないので目に焼きつけることしかできない。
世界がみんなこんなふうならいいのに。素直にそう思う。
――頑張ろう。
みんながこんなふうに過ごせるように。
”あいつ……、すり潰されたいのか?”
不穏な声が聞こえてびくりと振り向くと、メイドのラナさんが射殺すかのような視線で俺をにらみつけていた。
みんなの幸せを守りたい。しかしひとまず自分の命を守らねば。
俺は小走りで仕事にもどった。
夜になり俺とシルバは第七へ巡回に出かけた。「心配だから」という理由でリュエットもついてきている。
ドッペルゲンガーだ。
「なんだか待ち受けていたみたい」
リュエットがつぶやくように言う。
――いや……。
待ち受けていたのだろう。以前はただ暴れるだけだった魔物は、ゴブリン出現あたりから俺に的を絞っているような気がしていた。
意図はわからない。しかしやはり意志のようなものを感じる。
「いけるか、『クランク』」
俺はシルバをコードネームで呼んだ。尻尾が取っ手のクランクのように曲がっているからだそうだ。
『そうだ』と言ったのは、名付けたのがリュエットだからだ。俺が適当なコードネームをつけてやろうと思ったのだが、リュエットが猛烈な勢いで拒否したのだ。
曰く、「シルバさんの情操教育によくない」と。
俺の名付けはシルバの将来に暗い影を落とすらしい。
――そこまでか……?
俺自身も、もしかしたらちょっとだけ、ほんのちょっとだけだが、センスがひととずれているかなと感じてはいる。しかし人格形成に支障をきたすほどだろうか。
まあ、『クランク』は呼びやすいコードネームだからそれはそれで構わないのだが、なんだか釈然としない。
シルバは返事をせず、ぼうっとしたような表情でドッペルゲンガーを見つめている。
「クランク? おい、クランク。クラ――シルバっ」
「……え?」
いま目が覚めたみたいな顔をするシルバ。
「まだなじまないか? コードネーム。いまは周りにひとがいないからいいけど」
「……」
水路から出るまでは元気すぎるくらいだったのに、どうしたのだろう?
ドッペルゲンガーが、じり、と動いた。それが戦闘開始の合図だった。
俺は刀を抜きざま駆けだした。ドッペルゲンガーが左右に散開する。地を蹴って右に飛んだ一体を追う。
「シルバ! 左を頼む!」
「う、うん」
シルバは戸惑ったような声をあげて左のドッペルゲンガーへと走る。
俺はドッペルゲンガーの拳をかわし、胴を薙いだ。上と下に別れた身体が煙のように揺らいで雲散霧消する。
「いまだ!」
ドッペルゲンガーは死んでももう片方の影から復活することができる。ならば同時に倒せば復活はしないはずだ。
なのにシルバはどういうわけか困ったような顔で立ち止まってしまっていた。
――どうした!?
そうこうしているあいだに、影からドッペルゲンガーが復活してしまった。
俺はシルバの問う。
「怖いか?」
ぶるぶると首を振るシルバ。巨大なサイクロプスに突撃する度胸があるのだから、恐れていないのは本当だろう。
「ならなんで」
「だって、あいつら――」
並んで立っているドッペルゲンガーを見る。
「家族だ」
「……え?」
「ふたご。家族。助けあってる」
「違う。あれはああいう能力を持った魔物で」
「ちがわない! 助けてる! だから家族だ!」
駄々をこね、口をとがらせる。
これまでの言動から薄々わかってはいたが、家族は助けあうものという信念がシルバにはあるようだった。それはひとだけでなく魔物にも適用されるらしい。
まして相手は双子(に見えるもの)だ。双子の姉と引き裂かれたシルバが冷静になれないのもしかたがないと思える。
俺はリュエットに顔を向けた。
「すまない、連れて帰ってくれ」
「でも、あなたは」
「大丈夫、やられはしない。衛兵隊が来るまで時間を稼ぐさ」
ドッペルゲンガーが散開する。俺はシルバをリュエットのほうへ押しやった。
シルバが泣きそうな顔で俺を見る。
「ほら、早く!」
リュエットはこくりと頷くと、シルバの手を引いて走り去った。
俺はドッペルゲンガーのほうへ向き直った。
「さあ来い。夜明けまで遊んでやる」
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