後編


「自分のお墓に入りたいんです」


 彼女は悲しそうな声でそう言った。






 最初に彼女からの電話を取ったのは、入社して4日目の浅野さんというシングルマザーで、子供を祖母に預けて働いているパワフルな女性だった。


「えっと、お墓ですか?」


―はい


「自分のお墓が分からないという事でしょうか?」


ーはい


 彼女の教育担当だった私は、浅野さんの困った顔を見て、すぐに電話を替わった。


「お電話変わりました。今はどちらにおられますか?」


―近くにスーパーが見えて


「入口に店舗名は書いてありますか?」


―はい。四谷三丁目


「四谷三丁目ですね。承知しました。お客様のお名前をフルネームでお伺いしてもよろしいでしょうか」


 素早くネットを立ち上げ、彼女の名前をタイピングする。

 いくつかの記事がヒットした。


『女子高生○○さんの遺体、発見されず』


 さっと内容に目を走らせる。10年前の記事だ。

 両親が情報を求めるチラシ配りをしている様子と、彼女の笑った顔写真。


 記事に目を通す。

 両親は娘の遺体をずっと探し続けていたが、情報も少なく、見つける事はできなかった。両親は区切りをつける為に、彼女が好きだった海の見える街へ引越し、街と海が一望できる高台に彼女のお墓を作る事にした、と書いてある。


 私は一つ大きく息を吐くと、彼女に尋ねた。


「あなたは、殺されたんですね?」


―はい。そうです。


 絵を描く事が好きだったという彼女。

 絵の勉強がしたくて、学校とバイトを両立させながら留学費用を貯めている最中、バイト先によく現れる客の男に告白をされ、断った事が始まりだった。


 警察の対応もずさんだった。

 一方的に恨まれていると彼女と両親が何度伝えても、彼氏と上手く別れられなかった女という認識しかされなかった。


 そして数日後―

 彼女は通勤途中に男に刺され、死体を土中に遺棄された。


 まだ16歳だった。


 彼女を刺した男は、「○○さんを殺しました」という遺書だけを残し自殺した。警察は彼の行動範囲から彼女の遺体を探そうとしたが、必死の捜査も虚しく、彼女の遺体は見つからなかった。


 そして彼女は10年間、たった一人土の中で朽ちる事になったのだ。


 彼女は土中で腐っていく自分の肉体を諦める事は出来たが、ズタズタに引き裂かれた心までもこの地に置いていく事は出来なかった。


―私、両親が作ってくれたお墓に行きたいんです。でも、どこにあるのかわからなくて


「お墓の場所はお調べできますが、少々お時間を頂きます。よろしいでしょうか」


―はい、お願いします。


 電話を切った私は、すぐに営業に電話をつなぎ、要件を伝えた。

電話に出た部長は、明らかに乗り気ではないという声だった。


(これだからうちの営業は)


 怒りがこみあげてくる。


 確かに面倒な依頼ではあるが、彼女の心細そうな声を聞いたら、こんな気のない返事は出来ないはずだ。営業は現場が見えていない。お客様と繋がっているのは、彼らと直接話しをしている私達コールセンタースタッフだ。


 次の日、返答がない事に痺れを切らし再び部長に電話をかけると、なんとまだ営業は誰も動いていないと言う。


「悔い改めろ!」


 私は電話を勢いよく切り、自ら彼女の両親を探し出す為に有給を申請した。


 昔彼女が住んでいたという家の周辺で聞き込みを行った所、両親が移り住んだ場所が判明した。



 私が彼女の昔の友人であると嘘をついて、優しそうな眼をした初老の父親から彼女の墓の居場所を聞き出す事に成功したのは、調査を開始してから三日後の事だった。


―あぁ、やっと見つかりました……。ありがとうございます。


 彼女の声がかすれて、消えた。

 この世からいなくなったのだ。


 長かったね。


 そうつぶやいた。


「はい。これで大丈夫。この顧客はこれ以上電話が来る事もないから、データを成仏の方に移動させといて。いやぁ、ちょっと珍しい案件だったけど、向こうがモンスター幽霊じゃなくてよかったよね」


「リーダー、大丈夫ですか?」


「え?」


 浅野さんに言われて、私は自分が泣いている事を知った。


 彼女のホッとした声が耳から離れず、彼女の父親の目の横の皺の深さが焼き付き、ただただ悲しかった。


******************************


 三か月後、私はバンドを解散し、この会社に就職をした。


 最初はコールセンターの正社員を進められたが、断固として断り、営業の配属にしてもらった。こんな我儘が通るのだから、今まで必死に働いてきて良かったと今までの自分を褒めてやりたい。


 営業がやる気がないのは、お客様との関わりが薄いからだと思った私は、社内のプレゼンテーションで、「営業も携帯電話でお客様と話せるようにするべきだ」と提案した。

 コールセンターに比べて数は稼げないが、直接現場にいるからこそ、お客様の為になる事もあるはずだと思った。


 しかし上に立つ人間というのは、総じて頭が固い。私の決意はすぐに紙くずのようにくしゃくしゃ丸めて投げ捨てられたが、私はめげてはいなかった。


「お前がまさか就職するとはな」


 夢を諦め、IT企業のエンジニアとなった前田君が私に言った。


「まあね、自分でもびっくり。でもわかったんだ。私、この仕事が好きだったんだって」


「俺は……」


「え?」


「やっぱり、小説を書く方が好きかもしんない」


 前田君の目には隈が目立ち、数カ月前に会った時よりずいぶん痩せていた。


「仕事辛いの?」


「いや、普通じゃん?こんくらい」


 ふと、私は彼女の事を思い出した。

 これから夢も希望もあるはずだった彼女の、果たせなかった青春を。


「前田君!」


 バシッとその姿勢の悪い背中を叩く。


「いた! なんだよ」


「やりたい事、やった方がいいよ」


「え?」


「私も色々上手くいかなくてしんどいけど、でもこれがやりたいっていう気持ちがあるから、何とか頑張れてる」


 ぽかんとした前田君の目を見つめる。


「気持ちがないのに続けていくのは時間の無駄だよ。そうでしょ?」


「でも、俺結婚したし、そう無責任な事はできないよ。それに、何時までも青春引きずってちゃダメだろ」


「前田君!」


 再び前田君を叩く。今度は睨まれた。


「私達は知ってるじゃん。後悔を残さない事が、どれだけ重要かって。前田君だって、この世に留まり続けながら人恋しくてなんどもコールセンターに電話するのなんて嫌でしょ? 青春って、年齢で分けるんじゃないんだよ! フォーエバー青春だよ!」


 前田君の顔が、微かに動いた。大きなお世話だよな。奥さんに知られたらどうしよう、などと思いながらも、伝えたい事は伝えられたと思う。


 これからどう行動するのか。それは前田君自身が決める事だ。


 私達は、立ち止まってなどいられない。

 そんな時間はない。

 やりたい事を精一杯やらねばならない。


 いつか死ぬときに、未練が残らないように。

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