幽霊コールセンターへようこそ!

志摩しいま

前編

「お電話ありがとうございます。こちら、イザナギコールセンターです。どうなさいましたか」


 いつもより1トーン高い声を頭のてっぺんから響かせた。


「落ち着いて下さい。テレビの取材ですか? 何名で来ました? 2名? では一旦は安心です。これからすぐに除霊される事はないはずです。実際の撮影になれば、照明、撮影、音響等、沢山のADが必要になります。2名という事はあり得ません。まぁ、動画配信とかの場合もありますが」


 優しく説き伏せるような声を出しつつ、隣でネイルのはげ具合を熱心に見ている後輩の肩をつつく。


「ADはアシスタントディレクターの事で……あ、余計わかんないですよね。えっと、つまり撮影には人が沢山必要って事です。動画配信っていうのは、個人で撮影できるので少人数で来る事の方が多いですが、その場合は冷やかしなので心配する必要はないと思いますよ」


 電話の相手が一方的に不安を喋りだしている隙をついて、私は「コーヒー、コーヒー」と口だけ動かしながら給湯室を指さした。


 後輩は「了解っす」と無邪気に敬礼すると同時に立ち上がる。



 時計は深夜の2時。この時間は、コーヒーを入れるのがプロ級に上手い先輩が自慢の腕を披露するゴールデンタイムなのだ。


 電話の相手は一体どこで息継ぎをしているのか不明なほどマシンガントークを繰り広げている。いや、息継ぎはしていないのか……。定期的に相槌を打つ事だけが目下の仕事となった私は、所在なげに爪の間に挟まっている汚れを取りながら時間を潰す。


 相手は死んでから50年の月日を廃病院で過ごしている年季の入った地縛霊だ。その場を動けないが為に人恋しくなり、何でもない事で大騒ぎをしてはこのように電話をかけてくる。話し相手が欲しいだけなら、いっそ廃病院を有名な心霊スポットにでもしてしまえばいい。そうすれば、バカな学生達が酒に酔った勢いでひっきりなしに訪れるようになる。


「お客様、心配なのはごもっともですが、テレビに出てくる霊能力者はほとんどが“自称”なので、恐れる必要はございません。危険はないはずですから」


 私はデスクに『休憩中』の名札を挟んだ。やっと相手が静まったのを確認した後、ゆっくりと終話のボタンを押す。


 ここは、幽霊の駆け込み寺。

 人と幽霊の間に入ってトラブルを処理するコールセンターである。


****************************


「ねぇ、今日瑞枝ちゃんはどうしたの。遅くない?」


 コーヒーを飲みに集まった女性スタッフ4人の顔を一人一人見ながら、私は尋ねた。


「そういえば、来てませんね……電話してみます?」


「お願い。この人数じゃ、丑三つ時乗り越えらんない」


 ただでさえ夏入りして忙しいってのに、と後輩が溜息を洩らした。


 この仕事を始めてから、3年の月日が流れた。

 プロのミュージシャンを夢みて音楽の専門学校を卒業した私は、そのまま夢見る夢子ちゃんとして就職もせずにライブ活動に勤しんでいた。昼間はライブや練習がある為、空いた時間を利用して稼ぎたいと思い、見つけたのがこの仕事だった。


 時給は破格の1800円。慣れてしまえば客から「人でなし!」と罵倒される事にも、「憑依すんぞ!」と脅される事にも慣れてくる。同僚は気楽な子が多いし、上司ともうまくやっている。週5日で勤務しているフリーターの私は、気が付けばこの会社になくてはならない、ベテランアルバイターとなっていた。


 そんな居心地の良い職場で気に病むのは、いつもバイトのシフトの事である。


 今日もまた一人飛んだ。休む時に連絡の一つも入れない若い子が最近は多い。そんな子に限って、電話口で「人を呪うのにだってルールはあるでしょう?」などとわが物顔で説教しているんだから腹が立つ。


 と思えば、覚えが良く愛想の良い後輩に限って、新しいちゃんとした仕事をすぐに見つけて辞めていくしで、職場はいつも人員不足だった。





 バイトの日、私は自販機の前で前田君に呼び止められた。

 彼は唯一残っている私の貴重な同期だ。


「実は、就職が決まったんだ」


「はぁ!?」


 驚いて彼を質問攻めにする。


「どうしてよ。やめてよ、せっかくシフト組んだのに」


「ごめん。実は、結婚する事になって」


 お前彼女いないって言ってただろ!

 突っ込みたいのをなんとか我慢する。


 前田君は、私と同様の夢追い人だ。金使いは荒いが稼ぎが少ない彼を見かねて、このバイトに誘ったのも私だった。使えない社員に代わってバイトのシフト管理を任せられるのは前田君だけ。ここで彼に辞められては困る。


「小説はどうするの」


「辞めるよ」


 短い会話だけで、前田君の意志が揺るぎないものである事はわかった。

 結婚する相手を見つけた事で、大切にしたいものが増えたのだ。それか、先の見えない執筆活動に嫌気がさしたのかもしれない。


「お前は、いつまで続けるんだ?」


 その言葉が私のバンド活動の事を言っているのか、はたまたこのバイトの事を言っているのか、判断が出来なかった。


 私って、一体何がしたいんだっけ?


「あんまりずるずる続けんのもさ、よくないと思うよ」


「いや、それはそうなんだけど……」


 バイトに明け暮れる毎日。

 ライブには出ているけど、新曲は随分作っていない。

 メンバーも皆、惰性で音楽を続けているのが見え見えだった。


「今更実家に帰れないしー」

「正社員になるよりはマシかなって」


 そんなプロを目指す人間にはあるまじきぬるーっとした空気が、私の周りを満たし始めていた。


 そう。私はずっと、薄々感づいてはいたのだ。


 昔のような情熱が、持てなくなっている事に。


 毎日寝ずに書いた歌詞、仲間と喧嘩してでも作りたかった世界観、CDが売れて泣きながら飲んだ酒……

 あの頃の私が今の私を見たら、何て言うだろうか。



―何かに夢中になりたい。あの青春時代をまた取り戻したい。



「あの、私…自分のお墓が見つからなくて……」

と、彼女が電話をしてきたのは、それから一週間後の事である。

 


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