第31話 選択肢

 五十代後半の人間にとっての高校入試は、今とは違っていた。ひたすら五教科を詰め込むだけの受験勉強。毎年何割かが不合格になっていた。子どもの数が多かったせいもある。入試を受けず就職する同級生もいた。

 一本釣りの漁師になった同級生は、初めての漁から戻ってくると、見送りに来ていた私たちに大きな鰹を届けてくれた。大工の棟梁に弟子入りした同級生は、我が家を建て直すとき一人前になっていた。

 学校の勉強が全てではなかった。体力に自信がなかったり、スポーツ等で秀でた才能がなければ、地道な勉強しか残されていないというのが実感だった。「跡継ぎ」になれる同級生を、うらやましいと思ったこともある。

 ほぼ全てが高校に進学する今、勉強以外の選択肢はなくなった。みんながしているからというだけの理由で勉強する中学生には、高校が義務教育に思えてくるのではないか。中退するための進学なら、悲しい。

 中退防止のため家庭訪問する大学もあると聞く。勉強は、周りがケアしなければ続かない時代になったようだ。座学以外の選択肢が、少なくなってきた。一方で、職種によっては誰からも選ばれなくなった仕事もある。

 今の高校入試には、面接や作文もある。評価は多様になった。だが高校以外の選択肢は狭まった。世の中を支える仕事が痩せ細っているのではないか。後継者不足の仕事には、AIで代行できないものがたくさんある。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る