第4話 借り物

 いろんなことを知っているからといって、それだけで本は書けない。どこかで調べてきただけのことや、誰かに聞いただけのことは、所詮は借り物でしかない。借り物で書かれた文章ならば、別の誰かにでも書ける。

 別の誰かに真似できないものを書こうとすると、題材は個人的な体験になる。個性的な見方や考え方の土台となるのも体験。だが、個人的な体験が別の誰かにとって価値のあるものかどうかは別の話だ。

 見ず知らずの他人の体験をそのままの形で投げ出されても、面白いはずがない。「なるほど」と思わせる普遍性や、「おやっ」と思わせる意外性が欲しい。好んで読んできたのは、そんな文章だったような気がする。

 中学時代は、北杜夫と井上靖の小説ばかり読んでいた。卒業するころになって、谷川俊太郎や高村光太郎の詩集と筒井康隆の小説に出会い、高校では夏目漱石やカフカ、トーマス・マンに溺れた。大学では半村良。

 職に就いてからは濫読。活字なら何でも良かった。でも立ち読みで済ませることが多く、買うのはやはり、自分のアンテナに触れたものだけ。図書館に行けば1日中過ごしていられる。金のかからない生活だ。

 北杜夫の「幽霊」と筒井康隆の「幻想の未来」は、本がボロボロになり買い換えた。トーマス・マンの言葉「自分を語ることが宇宙を語ることに通じる者が詩人」も好きだ。借り物の言葉から卒業するのは、難しい。

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