第九十九回寿司職人会議

かぎろ

第九十九回寿司職人会議

「これより第九十九回寿司職人会議を執り行う」


 禿頭とくとうの寿司職人が言った。


「議長はこの、寿司屋・太平寿司を営む伊勢田が務めさせていただく」


「議題は何でしょうか」伊勢田の言葉に、白帽の寿司職人が応じる。「ウナギの完全養殖に関する研究結果について議論した前回からまだ日は浅いですが」


「オホーツク寿司の宗谷。おまえは回転寿司で働いていた経験があったな。それに、まだ年若い。となればSNSの使い方も心得ていよう」

「確かにFacebookやInstagram、それにTwitterも使いこなし、わがオホーツク寿司の宣伝に励んでいますが」

「だろうな。それでは皆も、これを見て欲しい」


 伊勢田は部下に指示をして、スクリーンに画像を表示させた。寿司職人たちの視線が集まる。

 映し出されているのは、ツイッターの画面であった。


「おい伊勢田。これはどういうことだ?」

 厳めしい顔の寿司職人が眉間にしわを寄せる。

「画像付きツイートのようだが。給湯装置の写真とともに、『お寿司屋さんは初めてで、これの使い方がわかりません! 教えてください><』と書かれている……」


ちゅうみ寿司の我那覇よ。おかしいのはここからだ。このツイートについている返信リプライを見てみろ」

「何……だと……? 『そこは手を洗う場所ですよ!』……『店員呼び出しボタンですね』……リプライを送る全員が嘘をついている……!?」

「我那覇が愕然とするのも無理はない。給湯装置は、緑茶をつくるためのものだ。だというのに、このような嘘の情報が蔓延している……このままではやけどをするお客様が現れかねん」

「真実を俺たちの手で広める必要があるな」

「今回の議題はこれだ。どうしたら給湯装置の正しい使い方を広められるか。おまえたちに意見を求めたい」

「こういうのはどうかな」


 精悍な顔の寿司職人が言った。


「おまえは三河湾寿司の鯛口」

「ちゃんとした寿司屋のアカウントが直接、真実を伝えればいいんじゃあないか? お誂え向きに、おれんとこはツイッターのアカウントを持っている。給湯装置の使い方がわからないと嘆くこの最初のツイートに対して、三河湾寿司公式アカウントが今リプライすればいい」

「確かに公式が動いたとなれば話題にもなる。リプライを頼めるか」

「任せてくれ」

「ところで私はこういったものに疎くてな。リプライというのはどんな風に送るのだ」

「教えるよ伊勢田。まず画面に、リプライを送りたいツイートを表示する」



かぎろ@kagiro_

お寿司屋さんは初めてで、これの使い方がわかりません! 教えてください><

💬 🔁 ❤2



「これが件のツイートだな」

「このツイートの下にある吹き出しのマークをタップすれば、リプライを送る画面が出てくる。送ってみるぞ」



かぎろ@kagiro_

お寿司屋さんは初めてで、これの使い方がわかりません! 教えてください><

💬 🔁 ❤2

三河湾寿司公式アカウント@mikawa_wan_sushi

嘘情報に騙されないで! そこは頭を洗う場所です



「こんな感じだ」

「鯛口。内容がおかしいような」

「はっはっは」

「はっはっはではないのだが」

「鯛口さんはおふざけが好きだわな~」

「おまえは岩名寿司の岩名」

「ここは真面目な僕に任せるわな」



かぎろ@kagiro_

お寿司屋さんは初めてで、これの使い方がわかりません! 教えてください><

💬 🔁 ❤2

岩名寿司公式@IWANA_Sushi

そのボタンを押すと謎の外国人の「SPEED UP!!」という声がしてレーンの速さが倍になりますよ^^



「どんな寿司屋なのだ」

「おいおいあんたたち、ふざけるのも大概にしろ」

「おまえはヤバ寿司の矢場」



ヤバ寿司@sushi_oisii

それを押すと一人は助かるが残りの五人はトロッコに轢かれます



「何の話だ。真面目な奴はおらんのか。次!」



ほにゃらか寿司@fonya_sushi

押すとモスバーガーの店舗が爆発します(ワンプッシュで根絶やし!)



「ワンプッシュで根絶やし。次!」



だいすし寿司@sushi_daisushi

押すと化粧水が出てくるのでお寿司屋さんに来たらよく使っています。48歳になっても可愛く見られたい……そんなことを思う私は、わがままな女の子でしょうか?



「知らんがな。次!」



天才寿司@geniusushi

わかりません。



「何でリプライしたんだ。次!」



ガチ寿司@_sushisushi_

押すと座席が4DXに切り替わります



「そんな臨場感はいらない。次!」



偽くら寿司@fake_kurasushi

押すたびに老練の寿司職人が「あふん」と喘ぎます



「次!」



ダークネス銚子丸@darknesssushi

押すと熱湯が出てきます。その熱さにキミは耐えられるかな?



「惜しい。正しい用途を教えろ。次!」



かぎろ@kagiro_

アッヅァ! くっ……耐えてみせる!



「実行してしまっているではないか。お客様の手が危ない。誰か真実を教えて差し上げろ」



めちゃ寿司@metyametya_sushi

頑張れ……!

エルサレム寿司@seichi_sushi

あなたなら、耐えられる……!

ゲラゲラ寿司@wwww_sushi

私たちがあなたを、見守っています。頑張ってください……!



「こいつら鬼畜か?」

「伊勢田」

「おまえは美ら海寿司の我那覇。おまえからも言ってやれ。ふざけている場合ではないのだと」

「確かにそうかもしれない。だが彼らの発想は、柔軟性に富んでいる。しかし一方の俺たちは、囚われてしまっていたんだ。給湯装置は緑茶をつくるために使うものなのだという、固定観念に……」


 我那覇が、眩しそうに目を細める。その瞳には、若き寿司職人たちの輝きが映っていた。


「伊勢田。後継は、間違いなく育っている。彼らが次代の寿司業界を担っていくんだ」

「やめちまえ」


 こうして第九十九回寿司職人会議は解散したのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

第九十九回寿司職人会議 かぎろ @kagiro_

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ