小学生の夏休み
白色
第1話 ゆうた
7月31日、明日から夏休みが始まる。
今年の夏休みは、これまでにないくらい予定が詰まっている。
まず、初日から健くんの家でお泊まり会をするし、先月から作っている秘密基地づくりや、毎年恒例の家族旅行もある。何より一大イベントは、ゆみちゃん達とお祭りに行くことだ。宿題は毎年の如くたくさん出ているけれど、いつも最終日に片付くので、心配はしていない。
今一番心配しているのは、僕が現在進行形で大遅刻中ということだ。
明日から夏休みということで完全に油断をしていた。恐らく学校に着いた頃には帰りのホームルームの時間だろう。僕は無我夢中で通学路を走っていた。
学校に着くと、案の定すでにホームルームは始まっているようだった。僕が扉を開けると謝罪をする間もなく先生は席に座るように促してくれた。
「明日から夏休みだけど最近怖い人が街をうろついているみたいだから、ちゃんと五時には家に帰って宿題しろよー。暗い道とか一人では歩かない!2020年の夏休み、んー、先生2020って数字好きなんだよなぁ」
恐らく先生はホームルームの時間を延ばしたいのだろう、下校時間まであと五分あるのだ。下校時間前に生徒を帰してしまうと、ホームルームがまだ終わっていない他のクラスの迷惑になるとよく言っている。
「20が繰り返されるんだぜ?1010以来のことだよなぁ、うーんこれは歴史に残っちゃうなぁ」
もう言うことがなさ過ぎてほぼ独り言を呟いている。教室が静まりかえり、数十秒経った後、下校のチャイムが鳴り、先生は満面の笑みを浮かべた。
「おっ、ぴったりだったなぁ、じゃあ気をつけて帰れよ!」
僕は号令係の声に合わせ、礼をしながら開放感を全身で感じていた。この瞬間から自由なのだ。
※
8月31日。
楽しかった夏休みももう今日で終わりだ。秘密基地は完成しなかったが、家族旅行も楽しかったし、ゆみちゃんとはほぼ二人きりの状態で祭りにいけたことがこの夏一番の収穫だろう。
行きたくないが、行かないといけない。まぁ始業式だけなので、明日くらいは耐えられる。ドリルの宿題をランドセルに入れ、自由研究のペットボトルロケットを忘れないよう机の上に置き、僕は眠りについた。
※
9月1日、カーテンからこぼれる朝日に照らされ、僕は目を覚ました。目覚まし時計を見ると、もう十時を回っている。学校の朝礼は八時からなので、すでに大遅刻である。7月31日と全く同じ展開だ。僕は大急ぎで準備をし、階段を駆け下りた。
「あら、ゆうた。あんた何時まで寝てるの?」
「なんで起こしてくれないの!もぉぉ行ってきます!」
母さんの返答も聞かずに僕は家を飛び出した。少しでも早く学校に着けば、先生からの説教も短くなると思ったからだ。
通学路をがむしゃらに走っていると、両手が空いていることに気づいた。そう、ペットボトルロケットを持っていないのだ。大遅刻で焦っていたのだろう、遅刻でさえ罪なのに宿題も忘れるだなんて、新学期初日から先が思いやられる。もはや急ぐ事はない。長時間の説教は確定してしまった。
学校に着いたときにはもう帰りのホームルームは始まっており、先生がまとめに入っているところだった。クラスの皆が一点に集中している教室に入る事は、自ら地獄に脚を踏み入れることと言っても過言ではない。だが、この静寂な廊下に立っていることもまた、罪悪感に苛まれ、僕にとっては地獄と変わらないのだ。扉を開け、すぐに謝ろう。こういう時はインパクトが大事だ。覚悟を決め、僕は教室の扉を開けた。
「すいません!遅れました!」
先生含むクラス全員の目が僕に向いた。まるで言葉を理解していないかのような困惑した表情を浮かべている。少し間が空き、先生が口を開いた。
「おいおい、夏休みは明日からだぞぉ?まぁ来た事は褒めてやるけど、気が早すぎだ」
先生の一言によってクラスが笑いに包まれた。
何か、何か言ってこの笑いに乗れば先生から怒られなくて済みそうなのに、声が全く出ない。こんなにも自分が緊張しているとは、
「まぁいいわ、早く席に座れ」
僕は心の底から安堵し、急いで席に着いた。良かった。みんなの前で怒られるだなんてまっぴらごめんだ。
だが、自由研究を忘れたという罪は残っている。周りの人の机には自由研究らしきものは見えないので、恐らくもう提出した後なのだろう。ホームルーム後に正直に言うしかない。先生の怒りを最小限にとどめるため、僕は言い訳を考えていた。
「明日から夏休みだけど最近怖い人が街をうろついているみたいだから、ちゃんと五時には家に帰って宿題しろよー。」
ん?なんだか聞いたことのあるフレーズだ。
「暗い道とか一人では歩かない!2020年の夏休み、んー、先生2020って数字好きなんだよなぁ」
夏休みはもう終わったはずだ。なぜ先生は夏休みについて話しているのだろう。明日から通常授業だから煽りの意味を含めて冗談を話しているのか?
「20が繰り返されるんだぜ?1010以来のことだよなぁ、うーんこれは歴史に残っちゃうなぁ」
この独り言、聞いたことがある。夏休み前の学校最終日に言っていたことと全く同じだ。全く同じことを一ヶ月後にまた言っているのか?メモをしていたのだろうか、冗談にしては手が込みすぎている。
数十秒が経ち、下校のチャイムが鳴った。
「おっ、ぴったりだったなぁ、じゃあ気をつけて帰れよ!」
周りが礼をしている中、僕は混乱していた。足早に教室から出ていくクラスメイトは夏休みが始まったと大声で騒いでいる。意味がわからない。
僕はすぐさま黒板を見た。右下に書いてあるその日付は七月三十一日、と先生が書いたであろう機械的なフォントで書かれていた。
健くんがニヤニヤした表情で僕の方に向かってくる。
「おいおいどうしたよ、最終日に遅刻ってずるいぞ。お前だけ夏休み多いじゃねえか」
「いやっ、夏休みはもう終わったじゃん?もう、うん、終わったよ。僕が遅刻したからみんなで驚かそうとしてるの?」
クラス全員がグルで、ドッキリか何かを仕組んでいるとしか考えられないからだ。健くんが驚いた表情をし、少し間を空けて僕に言った。
「そもそも、もし今日が夏休み明けなら、お前自由研究とか宿題はあんのか?」
そうか!自由研究は家に忘れたが、ドリルの宿題ならランドセルの中だ。
「あるあるある!ちょっと待ってて!」
僕は急いでランドセルの中身を机に広げると、出てきたのは名前すら書かれていない新品のドリルだった。すぐに手に取りページをめくったが、全てまっさらである。
「そんな…やったんだよ!?昨日夜遅くまで」
健くんは不思議そうな顔をして僕を見ている。そしてハッと思い出したかのように僕に言った。
「はいはい、もういいよ、言い訳は聞き飽きました。それより明日俺ん家で泊まりだろ?なんのゲームするか決めながら帰ろうぜ」
僕は健くんと一緒に帰り、一度した会話、一度した掛け合いを繰り返し家に着いた。
自分の部屋でベッドに座り、状況を整理してみる。どう考えてもおかしいのだ。時間が巻き戻っている。何故自分だけ?何故夏休みを?僕は考えながら机の上に目を向けた。
やはり、自由研究で作ったペットボトルロケットがなくなっている。これは現実なのだ。
僕だけが、夏休みを繰り返している。
だが、逆にラッキーと考えてもいいんじゃないか?もう一度夏休みを過ごせる。この不思議な現象が起こった以上、今この夏休みを満喫するしかないんじゃないか?母さんに話したところで健くんみたいに不思議がられるだけだろうし。ここは大人しく周りの様子を見て夏休みをもう一度。次はそのまま時間が進むかもしれない。宿題は一回やっているので全てわかるし、前回よりももっと楽しめる気がする。
僕は少しだけワクワクしていた
※
あれから何日、いや何回経っただろうか。もう覚えていない位夏休みを過ごしている。最初の方は楽しかったが、徐々に地獄へと変わっていった。そんな中で、繰り返していくうちに僕は何個か法則を発見した。
一つ目は9月1日(7月31日)は絶対に遅刻する。徹夜をしようと外に出ていようと結果的に部屋で遅刻する時間まで寝ている。
二つ目は夏休み前に立てていた予定はどんなに阻止しようとしても決行されるということ。何百回、何千回も同じ家族旅行。何百回何千回も同じ会話をするのが辛かったので、親に説得や友達に電話をして約束を断ったとしても、強引な理由を付けられて絶対に避ける事はできなかった。
最後に三つ目。死ぬ事はできないという事。もう限界をとっくに超えていた僕は何回も死ぬことを考えたが、いつも7月31日に戻っていた。
僕は受け入れようと思う。
心なしか夏休みの体感時間も早まっている気がする。
この現状を誰に話しても誰も聞いてくれない。
考えるのはもうやめよう。
※
「裕太〜、夜ご飯よ〜」
「はーいママ、ちょっと待ってセーブする」
「またそれやってるの?なにが楽しいの」
「いやタイムアタックだよ、繰り返しやってクリアタイムを早くしていくんだ。発売初期にセリフのバグが見つかって回収されちゃったから、あんまり世の中で出回ってなくてさ。動画のネタとしては評判いいんだ」
「へぇ〜、つまんなそ」
小学生の夏休み 白色 @sirooris
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ネクスト掲載小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます