※ ※ ※


 ユニコーンから逃れた騎士と遊牧民の少年は湖の畔で休んでいました。

 騎士は馬に水を飲ませ、少年は湖で顔を洗いました。少年は騎士も冷たい水で顔を洗って、肩の力を抜いたらどうだろう? と思いましたが、彼は決して兜を外しませんでした。


 騎士は少年に自分の仕事を手伝って欲しいと言いました。騎士は寡黙で湖に辿り着くまでの間、少年が話しかけても決して返事をしませんでした。その騎士が初めて少年に対し口にした言葉が助けの申し入れでした。


 騎士の声を初めて聴いた少年は、ウタツグミの囀りのような綺麗な声だと思いました。


 遊牧民の少年は快く、その話しを承諾しました。少年は騎士と共に、お姫様の出す試練を手伝う事になりました。試練を重ねるうちに少年の勇気と機転を騎士は尊敬し、寡黙ながらも優しさのある騎士に遊牧民は尊敬を抱きます。


 そしてお姫様は最後の試練を出すのでした。


※ ※ ※


 気が付くと私は眠っていた。

 開いたままの絵本が膝の上に乗っている。初夏の日差しが、私と、私に寄り掛かって眠るハジメ君を包んでいる。

 彼の寝顔は他の子供達のように安らいだ表情と少し違っていた。一抹の不安が、そのまぶたを覆っているように見えた。眉間に薄く寄った皺が私には気になった。

 本を閉じて床に置くと、それに気が付いたハジメ君は、ゆっくりと目を開けた。


「先生」

「なあに?」

「先生にだけ教えてあげる」


 ハジメ君から私に話しかけてきたのは、この時が初めてだったと思う。絵本の続きを読む時ですら、いつも私から話しかけていたのだ。窓際でポツンと絵本を抱えるハジメ君の存在が、私にとって気がかりだった。


「この中にね、ボクの『ともだち』がいるの」


 彼は肩のひもを引っ張り、バッグを持ち上げた。それから私によく見えるよう掲げてくれた。


「そうなの? どんな友達?」

「別に、普通。けど、すごく物知り。困ってる人がいると、すぐボクに教えてくれるんだ」

「困ってる人?」

「葵ちゃんのお弁当箱とか。それに、昨日は下駄箱の近くの花壇に、鍵が落ちてるって教えてくれた」


 私の中で昨日の出来事がはっきりと浮かびあがる。

 お昼前に副園長先生が金庫の鍵が無いと言って大騒ぎしていた。手の空いている職員は全員狩りだされて保育園中を探したのだけれど見つからない。

 そんな時、鍵を手にしたハジメ君が副園長先生の前を通りかかったそうだ。副園長先生は彼がその鍵を持ち出したと思い込んだようだった。


「何故この鍵を持ってるの? 何故これを持って行ったの?」


 ハジメ君は口を開かず、黙って副園長先生の顔を見ていた。彼に何を言っても答えてもらえないと気付いた副園長先生は、こめかみに手を当てて溜息をついた。

 それから副園長先生は、棘のある声で私を呼び付けた。私の隣でハジメ君は声を上げて泣き始めた。力いっぱいショルダーバッグのひもを握りしめて。


「良い子なんだね。妖精さんみたい」


 私の言葉にハジメ君は満足しているみたいだった。彼の頬には笑窪ができるのだと、その時知った。


「先生。絶対、誰にも内緒だよ。絶対だよ」

「もちろん。約束するよ」

「ボクの『ともだち』にも約束して」


 小さな彼の力強い訴えを拒む事は出来なかった。私は今でも他の職員に、彼との約束を話していない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る