ある日の昼食時、ハジメ君の姿が見えなかった。


 私のクラスでは一人の女の子のお弁当が無くなる騒ぎも起きて居たのだけれど、最悪お弁当は私の物を上げれば良い。そう思って手の空いていた同僚にクラスを頼んでから、私はハジメ君を探しに行った。


 彼を探しに図書室の前を通ると、部屋の中から小さな声が聞こえた。

 少しだけドアを開けて、中の様子を見てみる。図書室の照明は消えていたけれど、閉じたカーテンが陽射しを受けて真っ白く輝いていて、おぼろげな光が壁際に並んだ本の臭いを際立たせている。

 カーテンの下にハジメ君が入り口に背を向けて座っていた。彼は誰かと話していた。


「こんな所にいたの? もうお昼だよ」


 私が声を掛けると彼は身体を揺らして驚いた。


「誰と話していたの?」

「『ともだち』と」

「……どこにいるの?」

「もう元の場所に戻ちゃった」


 不思議に思って「元の場所?」と尋ねても彼は答えない。肩から下げたバッグを抱え、彼は静かに私を見上げていた。


「もうお昼だから、ご飯にしましょうね」


 私は屈んで、彼の手を取った。ハジメ君が立ち上がると、目の高さが私と大体同じ位置にくる。彼はごく軽い力で、私の手を握っていた。


「藍ちゃんのお弁当はバスの中にあるよ……一番後ろの座るトコの下に」


 私も立ち上がって、彼と歩き出そうとしたときハジメ君が言った。


「何でわかるの?」

「教えてもらったから」

「誰から?」


 ハジメ君は何も答えない。感情を表に出さない彼には珍しく、必至な視線を向けていた。ショルダーバッグのひもを大事そうに握りしめて……


 ハジメ君をクラスに送ってから、私は車庫に向かった。車庫は薄暗く、鍵を開けてバスの中に入ると外の鮮やかな色彩が嘘のように思えた。

 座席の間を歩くと、探していた物はすぐに見つかった。一番後ろの座席の下に葵ちゃんのお弁当箱があった。


 私はそれを持って小走りで車庫を後にしながら不思議に思っていた。

 ハジメ君はいつもご両親に送られて幼稚園に来ているし、バスには鍵がかかっていたのだ。彼がこの場所にお弁当があると、知る事は出来ないはずだった。

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