羽化
すしみ
第1話
さなぎ。幼なじみの名前。
虫が好きだったという彼女の母親がつけてくれた名前らしい。母親は私がさなぎの家の近所に引っ越してきた小学二年生のときには既に他界していた。さなぎの母親は元モデルでとても美しい人だったらしく、近所でも有名人のようだった。さなぎと仲良くなって、初めて家に遊びに行ったときに写真を見せてもらった。本当に美しい人だった。それまでの私の人生で見てきた人のなかでこんなに美しい人は居ない、と幼いながらにも本気でそう思った。さなぎは母親に似ておらず、やたらとそのことを気にしていたが、彼女の父親に初めて会ってみて、さなぎはただ父親に似ているだけだと思った。しかし私にとっては、母親に似ようが父親に似ようがどちらでもよいことだった。さなぎが、私にとって大切な幼なじみであることに違いはなかったからだ。
「さなぎ」
部活を終え、校門へ向かうとさなぎが立っていた。私が声をかけると、さなぎはこちらをふり返り、微笑んだ。
「リカ。お疲れさま」
「うん。ありがと。待った?」
「ううん。図書室で本読んでたら、あっという間だったよ」
さなぎは帰宅部だが、たまにこうして待ち合わせて一緒に帰る。待っている間、さなぎはだいたい図書室で本を読んでいるか自習している。本音を言うと私は毎日でもさなぎと一緒に帰りたかったが、部活が終わった後残ってミーティングをしたり、チームメイトと一緒に帰ることも多いため毎日というわけにはいかなかった。チームメイトの中にさなぎも一緒に混ざってはどうか、と提案したこともあったが人見知りなさなぎは、部外者が居ても邪魔だしと言って頑なに一緒に帰ることを拒んだ。
さなぎと同じクラスのチームメイトにちらりと聞いた話で、どうやらさなぎは三年生になり、新しいクラスで浮いてしまっているようだった。露骨にいじめられている、というわけではないようだったが、クラスの中心的人物に明らかにターゲッティングされてしまっているようだった。その話を聞いて、私は戸惑った。クラスが別だから詳しい様子はよくわからない。けれど、なんとかしなければいけないと思った。しかし下手に第三者の私が介入していって、余計にクラスでさなぎが浮いてしまうようなことは避けなければいけない。悩んだ末に私は、とりあえずさなぎの様子を見守ることに決めた。さなぎの口からクラスメイトになにかされているだとか、困っていると相談されたら、行動に出ればいいと考えた。
そのとき私は、断じて自分までターゲットにされたらどうしよう、などと自分の身を案じているわけではない、と頭の隅でこっそりと自分に言い聞かせていた。
翌日の放課後、部活が始まる前の時間。クラスメイトに呼び出された私は、一階にある人の居ない理科室で告白された。ほとんど話したことのない相手だった。彼が私のなにをどう気に入ったのかまるでわからなくて、困惑と少しの苛立ちを覚える。あなたが私のなにを知っているというのか。なんにも知らないくせに、簡単に好きとか言う人間は信用できなかった。
ごめんなさい。それだけ言って、私はクラスメイトの顔もろくに見ず、足早に理科室を出る。無性にさなぎに会いたくなった。既に部活は始まっている時間だったが、もう一度三年生の教室がある四階まで急いで階段を駆け上がる。三階まで辿り着いたところで、四階からなにか話し声が聞こえた。女子生徒の声だった。甲高くて耳障りな、私の嫌いな声だった。
「あいつ。雪村さあ、うざくない?」
「わかる。いい子ぶってるよね」
語尾を伸ばした口調で女子生徒たちが喋っているのが聞こえる。私は、思わず立ち止まる。雪村は、さなぎの苗字だ。
「それにさぁ、今日の体育のバスケだってあいつがもっとちゃんとできてれば、うちらのチーム、絶対負けなかったよね」
「ムカつくよね。なんか、鈍くさいし」
女子生徒たちの話す声がぼんやりと聞こえる。違う。さなぎはいい子ぶっているんじゃない。本当に、いい子なのだ。どうして彼女たちにはさなぎの良さがわからないのか。見えないのか。
今すぐ追いかけて、彼女たちに大声でそう言いたかった。
でも、できなかった。
私がまだ一年生のとき陸上部の三年生の先輩に、自分の彼氏に色目を使っただとかいう難癖をつけられて、制服とスパイクをぼろぼろにされたことがある。正確には、私が居ない間にこっそりと。スパイクは穴が開けられ、泥だらけになっていた。制服はシャツとスカートが切り刻まれ、ブレザーはスパイクと同様、泥だらけになっていた。怒りと恐怖が混ざって、呆然としていた私に手を差し伸べてくれたのは、さなぎだった。
スパイクには穴が開いていて、もう手の施しようがなかった。その日下校するために、せめてシャツとスカートはなんとかならないか、と考えたさなぎが家庭科室でシャツとスカートを一生懸命に繕ってくれた。シャツは白い糸で塗ってもさすがに不恰好さが否めなかったけれど、それでもなんとかその日はそれで下校することが出来た。スカートに関しては、さなぎが相当に頑張って綺麗に直してくれたおかげで、今でもそのスカートを履いている。ブレザーは急いで泥を落としクリーニングに出したおかげで綺麗になった。母親にみつかったとき、買い替えたほうがいいと言われたが、私はさなぎが一生懸命直してくれたスカートを履き続けている。さなぎが私のために直してくれたスカートだったから。
思えばその頃から、さなぎは自分にとって特別な存在として意識していたのかもしれない。
けれど私は女子生徒たちの話を聞いて咄嗟に、再びあんな目に遭う可能性を考えてしまった。さなぎのことよりも自分の保身を考えた。既に女子生徒たちの声は聞こえなくなっていたが、私はその場に立ち尽していた。臆病で愚かな私だけが、そこに居た。
その日は一晩中さなぎのことを考えた。さなぎのためにこれからどうしたらいいのか。私にとってさなぎは特別だけれど、それはどういう意味を持つものなのか。闇の中でひとり、思考を巡らせていると不安に押し潰されて自分が消えてしまうのではないかという思いに駆られる。そんな思いを振り払うように私はさなぎの顔を思い浮かべる。美人の母親に似ていないことを気に病んでいるさなぎ。確かに、さなぎは美人の類ではないと思う。けれど、さなぎには人を安心させるような温かみがあって、少し太っているところも、背が低いところも、私には全て魅力的に見える。いつだって笑っているイメージだけれど、時折、意志の強さを感じさせる鋭い瞳だって、たまらなく好きだ。私はさなぎのことを大切に想っているし、私にとってさなぎは希望を具現化したような存在であることに間違いはない。だから、さなぎが傷付くところは見たくないし、彼女を誰にも渡したくないと思う。ただ、この感情が恋愛という意味合いを持つものなのかどうかは、まだよくわからない。ただ、笑っていて欲しい。それだけは確かだった。私はそんなよくわからない感情を抱き締めたまま眠りについた。
目が覚めると、妙にすっきりとした気持ちになっていた。私の気持ちは固まっていた。さなぎを守りたい。彼女を傷付けるものすべてから、守りたい。そう思った矢先のことだった。朝練を終え、教室へ向かう途中、登校するさなぎの姿をみつけた。
隣には、見知らぬ男子が居た。
とても嫌な予感がした。そう感じるだけの雰囲気を、二人は醸し出していた。それからすぐ私は、次の休み時間にさなぎを呼び出し問い詰めた。するとさなぎはあっさりと言った。
「同じクラスの吉田くんていうの。告白されて、その……付き合うことになったの」
照れくさそうにさなぎは言う。さなぎに告げられたその瞬間、私の目の前が真っ暗になった。
「大丈夫!?」
ふらついた私をさなぎが受け止めてくれた。咄嗟に私はさなぎをぎゅっと抱き締めた。強く、強く抱き締める。どうして。どうしてなの。行かないで。ずっと私の傍に居て。置いて行かないで。飛んで行かないで。
「リカ、泣いてるの?」
そう指摘されて初めて私は、自分が泣いていたことに気が付く。私はさなぎを離すと、気分が悪い、と言ってそのまま保健室に行った。熱なんてなかったけれど、私の顔色を見て、先生が早退したほうがいいと言ってくれた。
翌日は学校を休んだ。母親はひどく心配していて、病院に行ったほうがいいと言ってきたが、大丈夫だからしばらく一人にしてくれ、と言うと顔を曇らせた。そんな母親を無視し、私は部屋にこもった。付き合うことになった、と言ったときのさなぎの表情が忘れられない。見たことのない表情だった。幼い頃から、ずっと一緒だったのに。
私は力なくベッドから起き上がり、本棚にある図鑑を手に取った。昆虫の不思議、と書かれた図鑑だ。そこから、お気に入りの栞を挟んである、モンシロチョウのページを開く。この図鑑を買って貰ったときに父親に、蛹の中身は、身体を作り変えるために一度、ぐちゃぐちゃのどろどろになるんだ、ということを教えてもらった。それから、人間も、新しく生まれ変わるためにぐちゃぐちゃのどろどろになるんだ。そうしたら、新しい自分になれる、父は言った。だとしたら、私の今のこの、ぐちゃぐちゃで、どろどろとした気持ちは、新しい自分になるために必要な気持ちなのだろうか? 私にはとてもそうは思えなかった。こんなの鬱陶しくて、辛いだけだ。痛いだけだ。モンシロチョウのページに、涙がこぼれ落ちる。面白いくらい次から次へと溢れてくる。それを見て私はようやく、さなぎのことが好きなのだと理解した。
吉田、という男子生徒と話してみようと思いついたのはそれからすぐのことだった。学校を休んだ次の日、私はいつも通り登校してそれからさなぎにバレないようこっそりと吉田を呼び出し、放課後話があるから時間を作って欲しい、と伝えるとすんなり了承された。それから、休み時間の度に部活のチームメイトに用事があるふりや、意味もなくさなぎのクラスの前を横切ったりして、さなぎと吉田の様子を窺ってみた。すると、どうやら吉田と一緒に居るからなのかどうかはよくわからないが、クラスの中心的人物にこそこそとなにかささやかれているような様子はあるものの、さなぎに聞こえるように悪口を言ったり直接なにかされているような雰囲気はなかった。
それから放課後までずっと、さなぎと吉田が二人で居る姿が私の脳裏に焼き付いて離れなかった。
吉田は私よりも背が低く、男子の中でもどちらかというと華奢な部類に入る人物だった。銀縁の洒落っ気のない眼鏡をかけていて、一見頭が良さそうな大人しい生徒にしか見えないが眼鏡の奥の瞳はどこかさなぎに似て意志の強さを感じさせるものがあった。
「話っていうのは」
真っ直ぐに私の目を見つめて、吉田が言う。私も吉田の目を見つめて口を開く。
「あなたがどんな人か、知りたいと思ったから」
本当は自分の友達が吉田のことを気に入っているから、と探りをいれるふりをして話そうと思っていた。けれど、いざ本人を目の前にすると、彼にはそういった嘘が通用しない気がしたので私は思っていることを正直に話そうと思った。
「俺と雪村さんとのことだよね」
察しが良くて、少しだけ驚くが話を続ける。
「どうしてわかったの?」
「君みたいに目立つ人が俺に話しかける理由なんてそれくらいしかないだろ」
自嘲的な笑みを浮かべながら吉田が言う。その態度に私は苛立ちを覚えるが吉田のペースにさせてはいけない気がして、私は平静を装った。
「どうしてさなぎなの」
「愚問だね。浅井さんって、確か頭良かったよね?」
私を馬鹿にするように言う。今度こそ頭にきて、いくら私のほうが背が高いからといってもこの年齢で男子に力で敵わないことを理解していながら、どうにか彼をひねり潰せないかなどと物騒な考えが頭をよぎる。
「答えて」
「そんなの雪村さんが魅力的だったからだよ」
わかるだろ? と、吉田は続ける。階段での女子生徒たちとは違って、彼は見つけていた。さなぎを。彼女の本当の姿を。
嫌だ。そう思った。さなぎを彼に取られるのが嫌だと思った。私はさなぎを取られた悔しさで、全身が震えるのがわかった。
「私は、あなたよりよっぽどさなぎのことを知ってる」
こんなことを言ったところで、どうにもならないことはわかっていた。でも止められなかった。自分がどんどん惨めになっていくのはわかっていてももう止めらなかった。
「私はあなたよりさなぎのことが好きだって、断言できる」
私が言うと吉田の眼鏡の奥の瞳に、うっすらと動揺が現れるのが見えた。
「私はあの子の、やさしさを、強さを、知ってる。ずっと隣で見てきたから」
「ちょっと待ってよ」
「なに?」
「好きってなに。まさか、恋愛的な意味で言ってる?」
動揺したままの様子で吉田が言う。私が頷くと、彼は苛立ったように、はあ?と口にした。それから、理解できないと言った。
「本気で言ってる? 浅井さんは確かに、勉強もスポーツも出来て、背も高いし、そのへんの男子よりもかっこいいかもしれないけどさ、君、女でしょ?」
「……そんなのわかってる」
「じゃあやめなよ。女同士なんて馬鹿げてる」
吉田がそう口にした瞬間、頭がカッとなるのがわかった。気が付けば私は右手で思い切り吉田の頬をぶっていた。私は、吉田がよろけるのをものすごく冷めた目で見ていた。
「なにすんだよ!」
私を睨みつけながら吉田が言う。誰であろうと、私のこの気持ちを否定させるつもりはなかった。私のこの気持ちは、私だけのものだ。
これ以上話していられないと思ったので、彼に背を向けて去ろうとした。待てよ、と彼が言うが私は振り向かない。
「君は俺より、彼女のことを知ってるって言ったけど、じゃあ、君のせいで、彼女が余計に悪く言われてるの知ってるか?」
私は思わず足を止め、彼のほうを振り返る。彼はにやりと笑みを浮かべてから続ける。
「浅井さん、君は目立つ。その端麗な容姿で勉強もスポーツも出来たら当然のことだと言える。君と仲良くなりたいと思う奴は男女共に多いんだよ。そんな君と、地味で目立たない生徒でしかない雪村さんが仲良くしてたら、面白くないと思う奴だって居るんだよ。でもこんなこと君はどうせ、知らないんだろ?」
どうせ、の部分が気に障ったが知らなかったことは事実なので、私はなにも言い返せずに黙っていた。すると、調子が出てきたのか吉田は続けて吐き捨てるように言う。
「俺は君みたいな人間が嫌いなんだよ。なんでも持ってるくせに、なにも持ってません、って澄ました顔してる奴。不愉快なんだよ」
そう言われて、心当たりがないわけではなかった。けれど、吉田の言っていることはただの妬みにしか聞こえなかった。妬ましいのなら、羨ましいのなら、努力をするべきだ。そう思ったのに私は吉田にそう伝えることが出来ない。それは吉田の言っていることが、きっと半分は正しいことだから。
「……別に私のことを嫌いならそれで構わない。けど、私のこの気持ちをあなたに否定される筋合いはない」
私はそう言い、再び吉田に背を向けると、そこにはさなぎが居た。さなぎ。微かに震える声で彼女の名前を呼ぶ。さなぎは黙って吉田のほうへと駆け寄り、大丈夫?と聞いた。吉田が大丈夫、と返す声が聞こえる。私はさなぎの顔を見ないまま、その場から逃げるように走り去った。途中、私の名前を呼ぶさなぎの声がしたけれど、無視する。それでもさなぎは、待って、リカ!と私を呼び、追いかけてくる。追いつけるはずがないのに、さなぎは息を切らしながら走って追いかけてくる。その姿をみて、こんな時でさえ私は、いま、吉田より私を選んでくれたことへの微かな優越感を覚えてしまう。
「リカ、リカああああああああ!」
その声に思わずびくっとして、立ち止まる。外とはいえ、まだ部活中の生徒がグラウンドには大勢居て、何人かの生徒がさなぎへ視線をぶつけている。私は戸惑いながらも、さなぎがこちらへやって来るのを待った。
「なんで逃げるの」
怒った様子でさなぎが言う。だって、と私は口をつぐむ。だってじゃないでしょ、と子供を窘めるようにさなぎが言う。そう言われるとまるで本当に母親に怒られているみたいな気持ちになってくる。
「……吉田くんには、後でちゃんと謝ってね。私、どんな理由があっても人に暴力をふるう人は嫌いなの」
嫌い、という言葉にどきりとする。小さな声でうん、とだけ返すと。さなぎは、よし。約束。とはっきりと言った。それからさなぎは、私をぎゅっと抱き締めた。突然のことに戸惑っているとさなぎが耳元でごめんね、と口にした。
「吉田くんと話してたの、聞いちゃった。ごめん」
「……いつから?」
「結構最初のほうから」
聞かれた。私の気持ち。これでもう、おしまいだ。きっとさなぎは、私を気持ち悪がって、もう友達でいられなくなる。全てが、これで、終わってしまう。そう思うととても立っていられないくらい悲しくて、涙で視界が滲みだす。
「ごめんね。リカの気持ち、気が付かなくて」
「……え?」
「ありがとう、リカ。私もリカのこと好きだよ。でも、ごめんね」
そう言ってさなぎは、私を抱き締める腕に力を入れた。それから私の頭をやさしく撫でた。私は、自分の恋が叶わなかったことを理解した。悔しくて、悲しくて、私は今度こそ本当の子どもみたいに泣き出した。さなぎは私が泣き止むまで、ずっと、傍に居てくれた。
「リカはね、羽をくれたの。さなぎの私に」
それからしばらくして、私が泣き止むと、さなぎがぽつりぽつりと話をしてくれた。
「ね、これ見て」
そう言って、さなぎが私に見せたのはうちにあるのと同じ昆虫の不思議と書かれた図鑑だった。それから、私が栞を挟んでいたモンシロチョウのページを開いて見せた。
「これ、リカの家にあったやつ、図書室にもあったの。でね、ここ。ここ見て」
図鑑の下のほうに、(ちょこっと情報)と書かれた部分があり、さなぎはそこを指差す。そこには、モンシロチョウの蛹から細胞を死滅させる物質を取り出すことに成功したことと、その物質はがん細胞も死滅させると期待されている、ということが書かれてあった。
「これがどうしたの?」
「うん。あのね、私、この図鑑をリカの家で見てから、私でも、誰かの役に立てるかもしれないって、そう思ったの」
「え?」
「これは人間の私じゃなくて、虫の蛹について書かれてるっていうことはわかってたんだけど、私、このことを知ってなんだか、自分を肯定された気がして、すごく嬉しかったの。それこそ、私はさなぎっていう名前で、変わった名前だから嫌な目にも遭ったし、ずっとさなぎのままで美しい蝶には程遠いけど。でも、私、このことを知って、なんだか希望が持てたの。それこそさっき言った、羽をもらったような気がしたの。その羽をくれたのは、リカだよ」
さなぎはいつになく真剣な目で私をみつめて言う。そんな、大袈裟だよ、と私が返すと、さなぎは首を横に振り、ううん。大袈裟なんかじゃないよ。と言った。
「リカはもう覚えてないかもしれないけど、私、リカの家でこの図鑑を見たとき、すごく感動したの。そしたらリカが、じゃあさなぎは、将来病気で苦しんでいる人を助けてあげられるね、って言ったの。私、その言葉を聞いて、あっそっか、そういうことが私にも出来るかもしれないんだって思ったの。それから私、今までずっと考えてた。将来、本気で病気で苦しんでいる人の助けになりたい、って。……だからね、本当にリカは私にとっての羽をくれたも同然なんだよ」
そう言うと、さなぎは私に向かって微笑んだ。その後ろ姿には、本当に羽が生えているような気がして、私は思わず目を細めた。
ゆっくりと瞬きをする。すると、さなぎの背中にあった羽は、いつの間にか私の背中にも生えていた。この羽があれば、もしかすると私たちはこれからどこへだって飛んでゆけるのかもしれない。そう思った。
羽化 すしみ @muni_muni
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