火星の薬
リョウ
火星の薬
洒落た小瓶に詰まった塩を買ったつもりだったが、どうも塩でないらしい。岩塩のような優しいピンク色だが岩塩でもない。ラベルには火星の薬と書かれてあるが、薬と書かれているからには、容易に手を出していいものだろうか。
「でもせっかく買ったしなあ」ほっとくのも勿体ないから僕は薬を試してみることにした。「少しでいいだろう」
指先に少量盛って一気に舐めた。塩の味がした。かなり濃い。やはり変わった名前の、ただの塩なのだろうか。即効性は無いらしく、体に異常は見られない。今や塩と決めつけたモノを舐めたせいで喉が渇いた。
冷蔵庫を開け水を取りだそうとしたら、冷蔵庫に体が吸い込まれた。
僕は天井がドーム型の白い部屋にいた。そこには人型の生命体が数人いた。
「来た、来た」生命体は僕を見るなり言った。
他の生命体も同じように言った。
「僕に何の用?」
「君は火星の薬を舐めたね」生命体は僕に指突きつけて言った。
「舐めたね」
「しょっぱかったろう」
「しょっぱかったよ」
「つまりあの薬はだね。塩なんだよ。それも濃度の高い」
「やっぱりね。で、どうして僕をこんなところに連れてきたんだい?」
「我々は火星人だ」
「突拍子もないし信じられないけど、状況が状況だからね。そうなんだろうね。で、火星人が何の用だい?」
『我々の種族はね、今塩分が非常に不足しているんだよ。だから火星の薬を精製し、人を塩分過多にした。そして我々は君らを通じて塩分を摂取するという段取りなのさ」
「君ら、そんな薬が作れるならわざわざ僕を必要としないんじゃないか?」
「火星の薬は、地球人を媒介に、塩分に変わるのだ。高純度の塩に変わるのだ。我々の肉体では不可能だ。さあ説明は終了だ。これから君をさばいて、仲間たちに分配しなくてはならない」
「待て待て。そういうことなら協力しよう。実のところ僕の体はまだまだ塩分を欲している。だからもっと薬を飲むよ。その方がいいだろう?」
「なるほど、その方がいい」
「じゃあついてきてくれよ。薬は部屋にあるんだから」
「わかった」
僕は部屋に戻ってきた。火星人もついてきた。
「それじゃあ早速薬を飲んでくれ」火星人は催促した。
「まあ待て」僕はコップに水を入れ。火星人に差し出した。「少し休んでいけよ。僕はもう君らの餌なんだ。急ぐことないだろう」
「そうだな。急ぐ必要はないな」火星人はコップの水を一気に飲み干した。満足したようだ
実のところ、水には大量の食塩を入れておいたのだが、塩分の不足している火星人にはご馳走だったらしい。僕は一杯と言わず、二杯三杯と勧めた。火星人は上機嫌に飲み干し、終いには倒れてしまい、全身が痙攣していた。
「どうしたんだい?」僕は白々しく尋ねた。
「え、え、塩分過多だ」舌も痺れているらしい火星人は言った。火星人は一分もしたら死んだ。
冷蔵庫を開けても、ただの冷蔵庫だった。無塩の水を一気に飲んだ。火星の薬はまだ残っていた。とりあえず薬は当面の調味料として重宝されるだろう。火星人の死体はいつの間にか塩の塊と化していた。なるほどこれなら次に火星人がやって来たら、これを土産にすれば穏便に事を済ませられる。火星の薬は友人にもわけてあげよう。教訓として得た、火星人の応対マニュアルもセットで。
火星の薬 リョウ @koyo-te
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