自称堕天使ちゃん その3


 逃げるが勝ち。

 負けるが勝ち。

 逃げるという勇気。

 自称堕天使を名乗る少女は、逃げることへの正当性を口に出しながら懸命に逃げていた。

 なんとも情けない姿である。


「ちょ……まって……。あたしってこんな体力なかった……?」


 ぜぇーぜぇーと息を切らす少女だが、千を超える色を目から放つガイコツに情けなどない。

 ガイコツは間合いに入ると、目を月よりもギラギラと輝かせて剣を振り下ろした。

 少女はそれを持ち前の勘だけで避ける。

 しかし運が尽きたか、足がもつれ転んでしまった。


「待って待って!! 助けて!! 死にたくないって!!」


 嘆願もむなしく、ガイコツは上機嫌に笑いとばす。


「クククッ……。フハハハハハッ!! 何が天使だ。誰であろうと今の俺に刃向かい助かる奴などいない。後悔するがいい」


 少女は目をキュッとつむり、舌がもつれてしまいそうなほど早口で世話になった者達への詫びの言葉を言った。

 その間にも振り下ろされた剣が迫る。

 しかし次の瞬間。


「ッ?!」


 まるで祈りが届いたかのように少女は宙に羽ばたいていた。

 少女はゆっくり目を開けると、理解できない様子であたりを見渡す。


「うそ……。あたし飛んでる?」


 ふと少女は自らの翼を見た。

 なんと少女の黒い翼からは、一部ではあるが色が落ちて天使本来の純白の羽がのぞいていた。


「もしかして翼の色が戻ったから? どうして? ……ま、なんでもいいわ」


 少女はガイコツが見上げるほど高く飛ぶと、足を組みながら見下すように地上から見上げているガイコツを指した。


「どうよこの姿。 これが本来のあたしよ。そしてどうやら、誰の勝ちは決まったようね。ところでさっきあんた、何が天使だってって言ったわよね?」


 少女は両手を広げ、羽を舞い散らした。


「これが天使よ!!」


 少女は勝ち誇ったように高笑いをあげる。

 ところが急に笑うの止めた。

 その時、少女の体がガクンと下がり、まばたきをした途端地面に向けていびつな軌道を描きながら落ちていった。


「もうー!! なんなのよもうー!! 止まりなさいったらー!!」


 少女の言葉が(どこにかは知らないが)届いたようで、落下は指を伸ばせば届きそうなほどの高さで浮かんだ。

 思わず少女はふぅ……とため息をついた。

 だが。


「往生際の悪いやつだ」

「ヒィッッ?! どっちのことよー!!」


 再び始まる(一方的な)生死を賭けた鬼ごっこ。

 最初とは違い、少女はいびつに飛んだり走ったりを繰り返している。

 そして距離はというと、少女が飛行能力を不完全ではあるが得たおかげで一撃程度なら反撃も可能な程度には離れている。

 だが少女は逃げるのに必死であった。

 そうこうしている間にもゴールという名の城が迫りつつあった。


「?! 人がいる!!」


 少女は勢いそのまま、門の前にいる人影に助けを乞いながら突進していった。

 そしてその人影が白く長い髪をし、不機嫌とも眠たげともいえる微妙な顔をした寝間着姿の幼い美少女と、少女に後ろ首を掴まれ気の抜けた顔をしているミーニャであるとはっきり分かった時――


「お願い!! なんでもいいから助け――」

「うっさい」


 突っ込んできた天使の少女を、白髪の少女は空いた手で払いのけるように後ろに吹き飛ばした。

 吹き飛ばされた少女は「へぶぇッ!!」と情けない悲鳴をあげて壁の前まで転んでしまう。


「ミーニャが騒がしいから来てみたら、こんな夜に何の騒ぎじゃ。のうミーニャ」

「んにゃ~……」


 白髪の少女は天使の少女を見ながらミーニャの耳をいじっている。

 だが追いついたガイコツに気づくとガイコツの方に目をやった。


「ん? ルークや。これはどういうことじゃ、って聞かんでも何となく分かる気がするのう。何じゃその気分上々な目ん玉は」


 その時、気の抜けたミーニャがハッと我に返った。


「そうですリューネ様大変なんです! ルークさんがあの変な宝石を付けたらなんだか変になっちゃって」

「言われんでもだいたい察しはついておる。ミーニャ、おぬしはそこの仮装鳥人間の世話でもしておけ」


 天使の少女は「鳥人間じゃないっての!! あたしは天使、じゃなかった堕天使!!」と猛抗議するが、リューネはあくびをしながら「夜だからぶっとばすぞ」とめんどくさそうに脅した。

 少女は一瞬言ってる意味が分からなかったが、大事にならないよう大人しくすることにした。


「さてルークよ。待たせてすまんな。おぬし会話はできるか?」


 リューネはルークに確かめるように手を振る。

 するとルークは彼女であると認識したようで、その場に跪いた。

 だがすぐに怪訝そうな息をつきながらゆっくりと立ち上がった。


「おかしい……。リューネ様が夜にこんなところにいるわけがない。リューネ様は古代人のように陽が沈むと寝るお方。そしていつまでも起きようとしないお方だ」

「おいこら。わしは夜更かしもするし普通に起きるぞ」


 しかしルークは剣先をリューネに向けた。


「お前はリューネ様を騙る偽物だ。よりによってリューネ様を騙るとは……。そのような者、ここで斬るまでだ」

「わしが本物かどうかの判断基準はそこか……。もっと他にあるじゃろう……」


 呆れたリューネだがすぐに気を取りなおし背伸びをした。


「まあよい。分からぬなら分からせるまでじゃ。それに最近は外出禁止令が出て鈍りそうだったのじゃ。まったく父上もうるさいもんじゃ。ちょっと人間の貴族の子をたぶらかしただけだというのに」


 ブツブツとリューネは不満を漏らし、区切りをつけるように大きくため息をついた。


「とにかく、わしのほぐし相手程度には動けるじゃろう?」


 ルークの体がピクリと動き、目がビカッと光った。

 その明るさはリューネが思わず目を細めるほどだ。


「それは今の俺に言った言葉か? ククク……。フハハハハハッッ!!!! なめられたものだ! 今の俺は誰であろうと勝てる! 何人なんぴとも止められぬ無双の存在だ!! なのにそう言ったか?!」

「魔王の娘であり天上の者の血を引いておるリューネの言葉じゃ。二言も一言もないわ」

「戯言を。偽物の言葉など何の価値も無い!!」

「ならばただ戯れようぞ」


 リューネはニヤリと不敵な笑みを浮かべながら、待ち構えるように腰を落とす。

 対するルークは背筋も凍る轟く雄叫びをあげながらリューネめがけて剣を振り落とした。

 剣が雷のごとく一瞬で彼女に迫る。

 二人を見ていたミーニャ達はルークの剣が触れるまさにその瞬間、思わず目を背けてしまった。


 ……だが時が流れても何も起きない。

 ミーニャ達は背けた目をゆっくりと元の場所へ戻し、そして息をのんだ。


「やっぱ眠い。やめじゃ」


 リューネは右手で軽々とルークの剣を受け止めていた。

 そして彼が驚くよりも前に、彼女は左手をルークの前にかざした。

 その時、辺り一面にまばゆいほどの光が放たれる。


「ちょっ?! なに!!」

「ふわわわ?!」


 ミーニャ達は一瞬で目をやられてしまった。

 二人はしばらく目をつむったままもがいていたが、光が徐々に消えて視界が回復していくと――


「ッ?!」

「リューネ様! ルークさん!」


 二人の目にルークが目につけていたクリスタルアイを手にしているリューネの姿が飛び込んだ。

 彼女のすぐ後ろには気を失って倒れているルークの姿もある。


「むう……この独特の魔力。持ってるだけで厄介なものじゃのう。ヤクめ、ルークが相手だからってまた個性を出しおったか」


 リューネはクリスタルアイを手でもてあそびながらミーニャにルークを城の中に運ぶよう指示を出し、門の中へ戻ろうとした。


「あの。リューネ様」

「ん? なんじゃ」

「この方はどうします?」


 ミーニャがそう言うと、リューネはぼうぜんとしている天使の少女を見た。


「のうお前。ここに何しに来た?」

「え?! ええっとー……。ちょっと近くに寄った……だけ?」


 リューネは疑いの目を少女に向けるが「災難じゃったのう」とどうでもよさそうに歩きだす。

 だがとっさに天使の少女はリューネを呼び止めた。


「まだなんか用か? わしはもう眠いのじゃ。それにこれをヤクのところまで持ってゆかねばならぬ」


 うんざりした様子のリューネに少女は気圧されてしまった。

 だが質問を続けた。


「ね、ねえ。リューネだっけ? さっきあなた天上の者の血を引いているって言ってたよね? それ本当?」

「多分そうじゃ。部分的にそうじゃ」

「え? ってちょっとまじめに答えてってば!」

「うるさいのう。父上がそう言ってたから多分そうなんじゃろ。母上はわしが幼い頃に行方知れずになったそうなんじゃ。じゃから知らん」


 そう言い残しリューネは城の中へと消えた。

 その後をルークを背負って必死に歩くミーニャが追っている。

 それをボーッと見ていた少女はハッと我に返りミーニャに訊ねた。


「ねえちょっと! あたしも中に入れてってば!」

「すみません。部外者は立ち入り禁止なんです」


 少女は途方に暮れたまま、閉まりゆく門を眺めていた。

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魔王城のガイコツ門番さん くぼたともゆき @kubotta0093

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