悪戯好きな男の娘とショタコンな客人

夏山茂樹

幽霊の後悔

 さっき此岸を越えて、私はこの世の人でなくなった。幽霊として寂れた町を彷徨い、夜の公園の静けさに色々思いを馳せながらたった一人、この世に置いてきた子供のことばかりを心配している。


 死ぬ前に見た走馬灯のなかにいた小さな少女から手を伸ばされ、魂ごとこの世から去ることにした私だが、もし許されるのならば死ぬ前にあの子の成長した姿を見たかった。


 あれは五年前のこと、私がまだ小学校で教師をしていた頃のことだ。大学時代にベビーシッターをしていたレッテの少年と再会し、彼と再び少しずつ距離を近づけて親しくなろうとしていた時だった。

 彼は制服のセーラー型のワンピースを着こなし、長い髪を静香ちゃんのように結んで、いつも女の子に間違われていた。


 大事な客が学校に訪れた時も、彼を見た客が「元気のいい女の子ですね」とニヤケ面をしていたのを今でも覚えている。ロリコンにとってはそうなのかもしれない。大きなネコ目の明るい少女がワンピース姿で遊んでいたのだから。


 そんな客に近づいて、彼は聞く。目を細めて、首を傾げてどこか人を小馬鹿にするような様子で。


「ねえおじさん。おれのこと、女の子だと思ってる?」


 するとその時、彼はスカートの長い裾をたくし上げてガーターが見えるところで手を止めてまた聞く。スラリと伸びた長い脚に、客はすっかりと夢中のようでジッと脚ばかりを見つめていた。


「ふふふ……。正解は……」


 そう言いかけたところで琳音は下着を見せて、その膨らみから自分の性別を明かしたのだ。私は客が唖然としている中、挑発する彼を止めて怒った。


「琳音! 大事なお客様に対して何やってんだ」


「いや、いいですよ。それにしても元気のある教え子さんですね」


 満更でもない表情をした客が私によく通る声でフォローを入れた。まあ、ロリコンでも美少女にしか見えない少年に挑発されたら、きっと喜ばしい悪戯として受け入れるのだろう。


 それから客が悪戯に満足して学校を去った後、私は琳音を教員室に呼んでさっきの悪戯の件で怒った。


「おい琳音。なんださっきの悪戯は。お客様がビックリされていただろう」


「えー? でもあのおっさん、ニヤけながらおれの脚をじっと見ていましたよお? それも食いつくほどに」


「あのなあ。悪戯にも限度というものがあるだろう? 今回はお客様が許してくださったからいいものの、限度というものがあるんだ」


「…………」


 後れ毛をいじりながら私を見つめる琳音の目がどこか冷たい。一体私の何がいけないというのか。


 何も話さず、ただ無表情で私を見つめる琳音に困り果てたからだろうか。私は彼の手をつかんで立ち上がる。その様子にさすがの琳音もどこか困惑した様子で、焦点の合わない目で私に小さく聞いてきた。


「にいちゃん、何があったの? おれ、そんなに悪いことをしたの?」


「いいからついてこい」


 そのまま私は琳音の手をつかんで共用トイレに閉じこもった。鍵を閉めた時、その音を聞いた琳音の恐怖に怯える顔は今でも覚えている。冷や汗を顔中にかき、いつもは赤い頬も血の気が失せていた。


「にいちゃん……。やめて? おれを父みたいにするの? ひどいことを」


 怯え、体を震わせる彼は私を自分の父に重ねたらしい。性的虐待をし、言うことを聞かなかったら水風呂に頭を沈めたアイツに。


「そんなことしないよね? ね? にいちゃんはしないって信じてるよ……」


 そう言い出してとうとう泣き出した琳音を抱きしめて、私は彼に謝った。まさか彼の父と同じことをしていたとは。元々は教員室では話せないことを話すつもりでいたのに。だが琳音にとっては恐怖だったようだ。


「ごめんよ、琳音。お前と話したいことがあったから、いつものようにこのトイレで話し合いたかっただけなんだ。どうか許しておくれ」


「……何を、話すつもり、だったの?」


 琳音が私の顔を見上げて聞いてきた。涙を目に溜めて、その顔はまるで恐怖から解放された人質のようだ。


「それはだな。お前だって気付いてるんだろ。自分には魅力があるって。だからさっきのお客といい、ニヤけた顔で近づいてくる変態には気を付けろよ」


「……おれに、魅力?」


 目を丸くして、自分を指さす琳音の頭を撫でて、私は話を続ける。夏が始まったからだろうか。トイレの中も湿度と温度が高くてじめったい。早く話を終わらせないと。


「ああそうだ。大人たちはお前のような子に魅力を見出して近づいてくるからな。今までお前の悪戯には目をつぶってきたが、今回はさすがにダメだと思ったのでな」


 もうあんな悪戯はするなよ? そう私が言うと、彼は目を細めて、ニヤけた顔を一瞬私に見せた。泣き止んだばかりの赤い目が印象的に映る。その赤さに目を取られていると、股間がわずかに痛み出した。


「痛っ」


 そう小さく叫んで琳音を見ると、私の股間を彼が握っていた。小さな手で限りある力を必死に使ったのだろう。私の股間を掴んだ手は震えていて、私のそれも危機を感じるほどに痛みのあまり悲鳴を上げ続けていた。


「痛い痛い……。やめろよ、琳音!」


 すると彼はニヤけた顔から、私を少し睨みつけて反論した。


「だってえ。にいちゃんの痛みに喘ぐ声ほど興奮するものはねえんだもん」


「だからって、やめなさい!」


 私が無理矢理琳音の手を股間から離すと、彼は共用トイレの入り口に立って、両腕を頭の上で組んだ。そろそろ出たいのだろうか? 私も暑さとじめったさで限界だ。


「もう出ようか。琳音」


 そう私が言うと、彼は苦笑して、いい香りのする汗を手で拭って自分のしたいことを言った。


「いやだぁ。おれ、にいちゃんと一緒にいたいんだ」


「俺だって仕事が残ってんだぞ。そこをどけ」


 琳音を無理矢理退かそうとすると、彼は私に抱きついて体を密着させてくる。特に私の脚と自分の足を絡めて、私の腕を滑り落ちる汗を舐めた。


「おれさ、誕生日が分かんねえんだ」


「四月二日じゃねえのか?」


「それは警察が決めた誕生日なんだ。……事件が起きるまでおれって戸籍がなかったから」


 うつむく琳音の小さな声に耳を傾けて、私は彼が何をしたいのかを察した。そのことを確認するために、さっきとは違って優しい声と顔で極力同情心を隠した。


「もしかして、誕生日を祝ってほしいのか?」


 そのことを聞かれた琳音がハッとした様子で私を見上げる。目を丸くして、口角の力を抜いたその顔からは驚きしか感じ取れない。


「なんでにいちゃん、それを……」


「いきなり誕生日の話になったから尋ねたまでだ。どうやら図星のようだな」


「……まあ、そうですけど……」


 琳音が頬を染めて、私から体を離してトイレの鍵を開ける。私からは目を背けて、自分の感情を知られたくないと言った様子だ。


「琳音、また何かあったら私に言いなさい」


「…………」


 琳音が何かを話す声がした。だが、彼が何を言っていたのかは聞き取れなかった。


 それから数ヶ月経って、その客人がレッテ社会を統率する組織の幹部だったことが災いしたのか。琳音は彼らに検体にされそうになった。


 色々なつてを借りて日本中を彷徨い、逃走資金も尽きて薬が買えなくなった頃、私は薬の代用品として自分の血を彼に与え始めた。


「そんな危険なこと、にいちゃんにはできないよ」


 そう拒み、私が腕を差し出して無理矢理血を啜らせようとしても拒絶して暴れる琳音。部屋に飾られていた日本人形が壊れ床に落ちるほど暴れて、彼は血の涙を流しながら私の腕を食い破って血を啜った。

 それが四月二日のことだった。その出来事から数ヶ月。琳音の体液が体の中に入って私もとうとうレッテがかかる病になって立つことができなくなってしまった。


 そうして数ヶ月後に大津で逮捕されたのだが、最後に琳音と別れる前に私は病床で聞いてみた。


「なあ琳音、あの悪戯のあとに話しただろ? トイレの中で。お前の去り際に何か聞こえたんだが、なんで言ったんだ?」


 すると琳音は横になって私の腕を掴んで、微笑んだ。


「それは……。なんだったんだろう、もう思い出せないや」


 寂しそうに笑う琳音の顔が、薄暗い部屋の中で印象的に映った。私はきっと、この顔を見るために彼の全てを知ろうとしたのだろう。彼の印象的な顔を思い浮かべながら、今夜も私は町を彷徨う。

 あの子がどこかの町で幸せに暮らしていることを願いながら。

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