俺が突如タイムリープした話を語りたいのだが。
誠二吾郎(まこじごろう)
俺が突如タイムリープした話を語りたいのだが。
2020年夏休み前、プール開きが始まりつつある季節。ちゅんちゅんと鳥の鳴き声と蝉の鳴き声と共に、一人の女子生徒が声を掛けてきた。
「南川せんせー、おはよー」
夏の太陽がギラギラと眩しく照らす中、俺に声を掛けてきた隣の住人、
背中ぐらいまであるサラサラな黒髪をしていて、前髪はおかっぱ頭のように揃っている。目がクリっとしていて可愛らしい女の子。
赤いランドセルに黄色の帽子、セーラー服のスカートの丈を揺らしながら、大きく手を振り、俺の隣までやってきた。
「おはよう。水梨、今日も元気いいな。何かいい事でもあったのかい?」
「今日も
「ああ、それより今日提出の宿題やってきたか?お前、昨日も忘れてただろう。忘れてたのならまた補習だぞ」
「えー、また、昨日補習したじゃん。今日は勘弁してよ。宿題はやってきてないけどさー」
「やってきてないのかよ。ダメだ、今日も補習。終わるまで帰らせないぞ。まったく、俺の身にもなってくれよ」
「えへへ、今日も
俺の腕に抱き着いてきて、水梨は片目を閉じてウインクを俺に向ける。
「おいおい、止めろ。ガチで止めろ、水梨。俺をこの小学校から追放する気か?はー。こんな所誰かに見られたら教師人生終わりだぞ」
俺は頭のこめかみを手で触りながら、大きくため息を吐く。周りを見渡し、誰も居ないことを確認し、ホッと息を吐く。
良かった、誰も居なくて本当に……。そんな中、水梨姫子はニマニマと笑みを向ける。
「そんな事言わないで、一端のレディーが口説いてるんだよ。
「小学生が見栄を張らなくていい。俺にはロリっ子属性なんてないよ。はー。ロリっ子にモテても嬉しくはないんだよ」
俺の発言に水梨姫子は頬を膨らまし、顔を真っ赤にして、俺の前に出た。
「もう知らないんだからね。ベーだ。ロリコン先生!」
水梨姫子は指で目の周りを押さえ、舌を出しながら、アッカンベーのポーズを取りながら大きな声で言い放つ。おい、このロリっ子やりやがった。
「おい、待て、水梨!それだけは訂正しろ。誰かに聞かれたら……」
「しーらない。
水梨姫子は俺にそう言いながら横断歩道を渡る。そんな時だった。目の前にトラック、スピードを出しながらこっちに向かってきていた。
「おい、水梨!危ない!」
俺は瞬時に飛び出した。身体が勝手に動いていた感覚。ギュッと少女を握る感覚が手に伝わってきた。それと同時に俺は強い衝撃を受けて、身体が地面にたたきつけられた。
目の視界がゆがむ。み、水梨は大丈夫なのだろうか。目があまり見えてない状態で、手をプルプルとさせながら水梨を探す。ギュッと誰かの手を握る。
「おい、水梨か?水梨なのか?」
「……、ううぅ、先生?先生なの?」
「ああ、先生だ……」
ダメだ、声がかすれて何も言えない。ここで俺が声を掛けないで何が先生なんだ。誰かが声をかける声がする。トラックの運転手だろうか。大声で何かを叫んでいる。こうなる前に前をちゃんと見やがれ。
俺はギュッと歯を食いしばりながら、あまり見えてない目で水梨を見つめる。水梨は俺に聞こえるようにボソリとつぶやいた。
「次も一緒に通学出来たらいいね。先生……」
水梨の声が途切れた時、俺の意識も途切れていった。
*
ミンミンと蝉の鳴き声が周囲を響かせる。「ううう」と唸り声を上げながら、ゆっくりと目を覚ますと懐かしい天井が目に入る。木造築の天井で外からは海の匂いが鼻につく。
「ここはどこだ?俺は助かったのか?」
ゆっくりと目を覚ますと横で、歳が二個違いの姉が寝ている事に気付く。懐かしい子供の時って姉と一緒に寝てたっけ。懐かしさを感じつつ、一つの疑問が頭をよぎる。俺の姉は子供の時にもうすでに死んでいる。なぜここに居る?ふと俺自身の手を見つめると異変に気付く。横にあった姉の立て鏡を見て姿を確認すると、俺自身が子供の姿になっていた。
ゴクリと喉を鳴らすと、頭によぎったのは『タイムリープ』の文字だった。
「これは一体?どういう事なんだ?」
いまだ眠っている姉の姿をジッと見つめると、容姿が何だか水梨姫子と似ていた。
「あれ?俺の姉って綺麗な黒髪してたっけ?それにここは一体?」
「ううん?
「い、いや、たまたま目が覚めちゃって……」
目を背けながら窓から見える畑を凝視する。だって下着姿の姉さんが目の前に居るんだぞ。目を背けるに決まってる。
「ふーん。照れてるんだ。かわいい。姉弟なんだからそんなに興奮しなくてもいいのに」
「いや、下着姿だから……、その……なんて言うか」
「クスクス、やっぱり明ちゃんは面白いね。この姿で興奮するってことは将来はロリコンせんせーなのかな?」
「ロリコンじゃない。そんな姿をしてる姉さんがいけないんじゃないかよ」
「せっかくのサービスシーンなのに、明っては勿体ないわよ。いつなんどき女性の下着姿なんて今後拝めるものじゃないのに」
「俺はショックだよ。はしたない姉さんを持ったばかりに将来心配だよ」
「まあまあ、そんな事を言わさんな。母さんが朝ご飯を作ってると思うし、早くリビングに行きましょう」
俺は姉の言われるままに部屋から出る。その時にボソリと姉がつぶやいた。
「私に将来なんて……、今度こそは明を助け……」
「今なんか言った?」
「な、何でもないわよ。さ、早くご飯を食べて、近くの海に遊びに行きましょ!」
背中を押されるように俺らはリビングに向かった。今まで感じていた疑問が脳裏からするりと逃げ出したように。
朝ご飯を食べ終わると、「準備してくる。玄関で待ってって」とだけ言い残し、姉は部屋に戻った。
流されるままの俺だったが、ふと冷静になる。なんだかデジャブを感じる。それも子供の時に体験したことのあるような、懐かしい感覚を覚える。ただ次に言う姉の言葉は覚えている。
「お待たせ。待った」
姉はスクール水着になっていた。ピーチサンダルを履き、俺の腕に抱き着くと胸を寄せ付ける。
「さ、行きましょう。今日はあたしの言う事だけを訊くのよ。分かったわね。お姉ちゃん命令なんだから」
お姉ちゃん命令ってなんだよと思いながらも、反論する気もなく、コクリとうなずく。姉は俺の手をギュッと握って歩き出すと突然、俺の手を引っ張った。
「何するんだよ。痛いじゃん」
「あはは、冗談だよ。いつまでも手をギュッと握っているからだよ」
姉は笑みを浮かべながら、いつもしていたたわいもない話をしながら歩いていくうちに家近くの海に着いていた。
「さ、今日も勝つわよ。何やってるのよ、さっさと着替えなさい。お姉ちゃんがなんなら着替えさせてあげようかしら」
「い、いい、いいから姉さんは準備運動でもしてて」
タオルを腰に巻き、スクール水着のパンツを履く。そんな俺の姿に姉は口を尖らせながら「いけず……」とだけつぶやいていた。子供だからって姉に着替えさせられるのは単純に恥ずかしいだけなんだよ、気づけ姉よ……。と思春期の思いを心の中で叫んだ。
着替えてからは思いっきり遊んだ。ボール遊び、沖合までの泳ぎの競争、砂遊び、かくれんぼなど、子供ならではの遊びを思いっきり楽しんだ。いつぶりだろうこんなにはしゃいだのは、いや、姉が死んでからはそんな思い出なんてなかった。なんだか懐かしい気分だ。
二人、砂浜で話しているうちに、もうすでに空は夕焼け色をしていた。夏の切ないような夏の終わりを感じさせる気分、なんだか二人は無言になる。
「なあ、姉さん、また明日も来れるかな、久々にはしゃいだ気がするよ」
俺のしんみりとした声に姉さんはニコリとだけ微笑んだ。姉さんは俺の頭を撫でると、口を開け子供の俺が理解できるようにゆっくりと語り掛ける。
「明、あなたには私にはない将来があるの。これからはあたしのことは忘れて、将来愛する人を大切にしなさい。そこであたしはずっと見守ってるからね」
俺はまぶたから涙を流す。なんで泣いている。意味が分からない、だけどなんだか心の中でもう終わりの時が近くなっている事と直感的に気づく。子供の六感だろうか、そんなバットエンドなんて俺は認めないぞ。ああ、視線が歪んでいく。急に睡魔が、眠気が襲ってきた。
「今日はありがとうね。久々の休暇楽しかったわ。それじゃ姫子ちゃんによろしくね」
「……姫子?誰だ……」
姉さんからの最後の言葉を訊いたのち意識を失った。
*
突然の日常にまるで走馬灯のような出来事だった。昔、子供の頃に初めて見た感動シーンをまた初見で見たかのような気持になる。心が浄化された気分にもなった気がした。ただ、心の中で大きなピースが無くなったのも事実だった。
目を覚ますとベットの上だった。天井は白い殺風景なモノだった。目から涙を流れる感覚と共に、ギュッと俺の手を握る感触が伝わってきた。ゆっくりと顔を見ると水梨姫子がギュッと俺の手を握りしめていた。
「せんせー。死なないで、あたしと結婚するんでしょう…………」
ゆっくりと水梨の髪に触れて撫でる。なんだか懐かしい、姉を見ている気分だ。
「ああ、お前が一端のレディーになったらな……、それに俺はロリコンじゃない、シスコンなんだよ。姉さん……」
「せんせー。せんせー、何言ってるかわかんないよ。姉さんって歳の差考えてよね」
水梨姫子は涙を流しながら、俺の身体を揺らしていた。揺らされながら、スマホの画面の曜日を確認する。そんな2020年8月15日の夜、病室から見える窓から花火が見えるころ合いの時だった。
俺が突如タイムリープした話を語りたいのだが。 誠二吾郎(まこじごろう) @shimashimao
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