人間の家

ちびまるフォイ

ニンゲンノメンテナンス

「ほぉ、ここが人間の家かぁ」


お菓子の家というのは絵本で読んだことはあるが、

人間の家というのははじめてだった。


壁も床も、はては家具まで人間で構成されていた。

ちゃんと全員息もしているし意識もある。


「これなら一人暮らしでも寂しくないぞ」


横たえられた人間を重ねたベッドに乗る。

人肌の暖かさが妙に心地よかった。


「きっと楽しい新生活になるだろうな」


人間の家での生活がはじまった。



朝は人間たちのモーニングスクリームで目をさます。


「起きろぉぉぉ。朝だぞぉぉぉ」


「ああ、はいはい。みんなおはよう」


人間たちに挨拶をしたあと、人間たちに栄養を与える。


「さて、今日はなにしようかな」


「外に出て散歩するのもいいんじゃない?」


「……なるほど、たまには外に出るのもいいな」


人間の家に越してきて話し相手に困ることはなかった。

家の中にいても外にいても、家からはいつも話し声が聞こえてくる。


人間を維持させるために栄養を与えたりする手間はあるけれど

まるでスマホの充電のように当たり前な日常で苦ではなかった。


ある日のこと、家に帰ると人間たちが口論していた。


「なんだよ! 天井にいるからって見下しやがって!」

「床ごときが偉そうにしてるんじゃない!」


「やめろやめろ。いったいどうしたんだ」


「天井の奴らが床を冷やかしてきたんだ」

「最初にケンカうってきたのはそっちだろ!」


「みんなケンカするな。みんな同じ家の中にいるんだから仲良くしようよ」


「ふんっ」


床と天井の人間のケンカをきっかけに徐々に家の空気は悪くなり始めた。


「また言ったな! このばか天井!」

「なにを! 床ごときが!」

「うるさいよお前ら! 壁の気持ち考えろ!」


「ああーーもういい加減にしてくれ!!」


床と天井の衝突は壁の人間たちにもストレスを与えた。


一度静かにさせても怒りの炎は人間の心にくすぶっているようで、

ちょっとしたタイミングで舌打ちが聞こえたりする。


自分に向けたものではないとわかっているはずなのに、

それでも聞こえたからには気になってしまう。


「……はぁ」


人間ベッドでも眠れなくなった夜。

目を開けると天井の人間と目があった。


天井を構成する人間たちがじっと床に向けて目を光らせている。


「うわ、うわぁぁあ!」


暗い部屋に目だけがいくつも浮かんでいるように見えて不気味に見えた。

ベッドから転げ落ちると、床も壁も目をじっと見開いていた。


怒りで眠ることもできなくなったのだろう。

人間たちは夜通し家の人間たちを監視するようになっていた。


あまりの気持ち悪さにもう耐えられなかった。

このままでは自分まで壊れてしまうと思った。



次の日、先を鋭く尖らせた鉄を槍のように構えると

家を構成する人間たちをひとりずつ殺した。


「な……なにを……ぎゃあああ!」


特に感情はわかなかった。

血抜き作業まで淡々と行うと久方ぶりの静寂が訪れた。


「やっぱり、こっちのほうがよかったなぁ。最初からこうすればよかった」


すべての人間を殺したので、もう家人間たちのケンカでストレスを溜めることもない。

見られているような気配を感じながら眠ることもない。


あらゆるストレスから解放された。


問題はその後だった。


「……なんか変なにおいするなぁ。風呂は入っているのに……」


くんくんと自分の体臭を確かめる。

匂いの発生原因は自分ではなく家の方からだった。


生命活動を終えた人間の体は徐々に腐り始めて悪臭を出し始めていた。

腐臭を出し続ける人間ベッドで毎晩横になっているのだから、

自分にも匂い移りがあってもおかしくはない。


「どうしよう……。このままじゃ匂いだけでなく、いつか腐り落ちてしまうかも……」


人間同士のケンカで嫌にはなったものの、この家が嫌いになったわけではない。

なんとか維持できないかと考えたとき、この家の建築家に相談した。


「というわけで、もう一度作って欲しいんです」


「それはいいんですが、手間はかかりますよ」


「お金ならいくらでも出します!」


「お金じゃなくて人間です。資材となる人間が必要になりますから」


「頑張って確保します!!」


むしろ自分にとって障害はお金のほうで人間はすぐに集められる自信があった。

SNSなどを通して人間を集めて資材用に確保する。


今住んでいる家と同じだけの人間はあっという間に確保できた。


「これでよし、と。うーーん……でも、もうちょっと集めたほうがいいだろうか」


思えば、前の人間の家が住みづらくなったのは床と天井人間のささいなケンカだった。

その発端となる人間だけを排除すれば済む話だったのかもしれない。


車のパンク用に予備のタイヤを積むように、

人間の家にも交換用の人間をいくつかキープしたほうがいいと思った。


「よーーし、またあんな失敗しないようにもっとたくさん集めよう!」


最初は予備人間を集める目的だったが、

途中からたくさんの人が集まっていくのが楽しくなっていった。


人間の家が何十軒も立てそうなほど人間を集めて、

倉庫に入り切らなくなったところでやっと我に返った。


「いやぁ、ハッスルしすぎちゃった。でもこれだけあれば十分だろう」


大量の人間がいれば都合の悪い人間は弾いて、新しく差し替えもできる。

ストックは大いに越したことはないだろう。


改めて人間建築家のもとを落とすれた。


「人間の資材をたくさん用意しましたよ。これで作れますか」


「おお、これはすごい。ようし任せてくれ。立派なのを作ってやる!」


建築家は腕をふるって作り始めた。

もうこれで腐臭に悩まされる生活から解放されるだろう。


「新居が楽しみだなぁ」


まだ見ぬ新しい家の完成を心待ちにした。

きっと素敵な新築が作られるはずだ。



「できたぞ!」



人間建築家の連絡が来たときは飛び上がるほど嬉しかった。


「あれだけ人間がいたから、張り切っちゃったよ。

 でも良いものができたと自負している。最高傑作だ」


人間建築家がそこに案内する。

見上げたときに固まってしまった。


「人間マンションの完成だ! どうだ、立派だろう!?」



数日後、栄養を与えていない空き部屋からの腐臭に悩まされることとなる。

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