第5話
あの後演劇部に入部を決めた春川は、高校最後の文化祭でステージに立った。ずっと裏で指導をしていたようだった。とても楽しそうで、あの大きな声の発声練習や劇の練習が聞こえてくると、俺も嬉しかった。
ステージでライトを浴びる彼女は綺麗でビックリした。なんでも白雪役が体調不良でダウンして急遽変更になったらしい。
その衣装で春川は俺に告白をした。
○○○○
この衣装で先生に告白しよう。そう決めたのはステージを降りたときだった。葉桜の公園であたしは本当に先生に捕まったのだ。時々すれ違えばあいさつをして、担任じゃなくなっても毎年文化祭のステージを見てくれて。お前は出ないのか?と聞いてくる。好きになった先生に好きなことをめいっぱいしてる姿を見せることができた。今日なら大丈夫。
あたしは大学生になった、季節はまた春のおわり。先生はあたしが卒業したら返事をするって言った。だけど卒業式が終わって、葉桜になっても返事は来なかった。あたしの勇気を出した告白を先生は見事にスルーした。どうせあたしはガキンチョですよ、どうせうるさい桜子ですよ。目の前の葉桜があたしにザアザアと言う。文句かもしれない。なんてくだらないことを考えなから、すねながらブランコをこぐ。少し風が強いけど日曜日だから子どもとお母さんがいる。昼間の公園は久しぶり。増えた親子から逃げるようにそそくさと帰る。さてお家で明日の講義の準備しなくちゃなあ。
「はるか…桜子、久しぶり」
「先生! お久しぶりです。元気でした?」
「元気だよ、お前はいつも元気そうだな」
元気じゃないときもありますよ。先生はいつもと違って少しおしゃれしていた。
「先生どこかへおでかけですか?」
「お前ん家」
「な、なんかしましたか、あたし?」
「しただろうが、忘れたのか?」
なんのことか全然思い出せない。うそ、なんかしたかな、机の落書きも消したはず。えー怒ってる、そりゃ怒るか。大学生になってもこんなんじゃ。
「あ、あたしその、ごめんなさい」
「え、こ、告白してくれただろ?その返事をしようと思ったんだ」
「え? はい! しました! 好きですよ!」
告白ね、したよ。しましたよ。白雪姫の衣装と舞台後の勢いを借りて。
「…桜子、一緒にお花見に行ってくれないか?」
「せ、せんせ? 桜散っちゃいましたよ」
「ソメイヨシノが葉桜の頃には八重桜が満開だよ。そこで返事がしたいんだ。だから今謝らないで」
なんだか必死な先生がおかしかった。
「もう返事しちゃってるようなもんじゃないですか」
「今度はちゃんと言葉にしなくちゃだめなんだ。桜子を逃がしたくない」
「わ、わかりましたよ! ひー! はずかしことばっか言わないでください! 着替えてくるのでお待ちください!」
「うん」
それから先生、葉太さんとは毎年お花見に行く。公園の桜も告白の返事をくれた桜も、ゆっくりと散って葉っぱになっていく。葉桜のきみにはずいぶん助けられたね。寒くなれば葉っぱも散ってしまう。それでもまた時を重ねて、花咲く。
あなたに呼ばれるあたしの名前が好きだ。そう思う自分がいるのがとても嬉しい。
葉桜の君に 新吉 @bottiti
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