第42話 夏の庭
その晩、ささやかな
大広間には各氏族の
この地は琥珀族のほかに六つの氏族たちが集まって集落を形成していることが見てとれた。
上座の中央には琥珀族の長が座っており、その横には月詠みの男が座っている。
どうやらあの男は高い位に就いているらしい。真正面から化物をじろりと睨みつける視線が
琥珀族の長の合図で
給仕の者たちが
大広間の三方の襖は全て開け放たれており解放的で、吹き込んでくる春の夜風が心地いい。
料理に舌鼓を打ちながら
見事な花見酒だ、とそっと心の内で呟いた時、バタバタと
すると、一人の男が息を切らしながら大広間に飛び込んできた。
「ヒョウリ様! ユク様が!」
その叫び声で音楽はぴたりと止み、各氏族の長たちは顔を見合わせて何事かとざわめき始めた。
しかし、琥珀族の長が一つ咳払いをしたのが聞こえると、大広間はしんと静まり返った。
「お願い出来ますか?」
長は
暫くの沈黙の後、
背に多くの視線を浴びながらも、
その後ろ姿を月詠みの男だけが歯痒そうに顔を歪めながら見つめていた。
*
その晩から、
そのおかげで娘も随分と回復した。青白かった顔にも血が通い、食事も喉を通るようになってからは、瘦せこけた身体もゆっくりと元に戻っていった。
それから季節は夏へと移り変わり、満開だった桜はその花弁を落としきり、青々とした葉を茂らせて新しい芽をつくる準備をしている。
そんな夏のある日、娘は縁側に腰掛けながら広大な庭を静かに眺めていた。
娘はこの庭の景色を眺めるのが好きなようで、いつしか、
いつものようにその光景を眺めていると、娘はふと何かに気付いたように振り返った。
「術師様もいかがですか?」
化物は一礼してから娘の隣に腰かけた。
互いに何を言うでもなく、暫く黙って庭を見つめていたが、やがて、娘が静かに口を開いた。
「術師様は私の命の恩人であらせられるお方です。良ければ名を教えていただけませんか?」
瞬間、
見開かれた
娘からすれば、何故こんなにも
「も、申し訳ございません。私が何か失礼を――」
「ああ、いえ……」
「こちらこそ、失礼いたしました。
「
「え……?」
「産みの親の記憶もございませんし、今まで名も必要では無かったのでそのままです」
娘は困惑気味に眉を下げながら、おずおずと
「では、今まで何と呼ばれていたのですか……?」
「……」
「……
娘はますます困惑したように顔を歪めた。
「
――人か。
人とは何だろうな。腐った屍の上に生まれ、
「……人とは何でしょうか?」
「己を人と呼べるのかどうか、
娘は暫く
「そう、ですか……私には術師様の事情を深く知ることはかないませんが、私はこう思うのです」
その時、清涼な夏の風が娘の金色の髪を巻き上げながら通り過ぎていった。
娘は風にさらわれた髪を耳にかけながら、少しだけ微笑んで続けた。
「人とは〈想う生き物〉だと思うのです。誰かを一心に想うこと――その想いが強くなればなるほど、時に何でも出来てしまうのが人ではないのかと。己の利だけを求めず、ただ純粋にその者の幸せを願う……そこに損得といった感情などないのです。想いが本能を超えた時、人は人に成るのかもしれませんね」
そう言って、娘は恥ずかしそうに、ふふっと笑った。
しかし、
娘の言葉を理解出来ずにいたのだ。
今まで生きてきた中でそんな風に思ったこともなければ、そうして動いたこともない。仮に、娘の言うようにそれが人と呼ばれるのなら、化物はそう呼べる者に出会ったことなどなかった。
だから、どう答えていいものか分からず、
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