第39話 琥珀族の地へ
「一晩だ」
グホンは笑みを消してから静かに話し始めた。
「一晩で天地を返す。お前は間者として琥珀族の懐にもぐり込み、随時情報をこちらに流せ。その為の膳立てはしてやる」
脇に置いてあった
「琥珀族の
奴らは戦慄しているはずだ。得体の知れぬ不治の病が娘の身体を
グホンはゆったりと顎をさすりながら更に続けた。
「お前はその娘を救うだけで良い。術を解いてやり、そこで腕を買われろ。娘の
グホンは
「一匹も取りこぼさぬ為だ」
それが答えだとでも言うようにグホンはさらりと言ったが、しかしそれは、
「今は分からずとも良い。お前はただ琥珀族と共に時を待てばいい、時が来たら合図を送る。食らい尽くすぞ」
グホンが話を終えた後の一室はやけに静かだった。
やがてグホンは一言、決してぬかるな、と静かに付け加えた。
*
思ったよりも長旅になってしまったが、おかげで情報を集めることが出来た。
どうやら、病んだ娘の噂は多くの氏族の間で広まっているようで、
――琥珀族の長は医術に富んだ
しかし、そんな名のある薬師たちですら、娘の前では成す
(薬師か……)
なぜ術師ではなく薬師を探し回っているのか、
以前グホンが琥珀族には呪術の学がないと言っていたが、どうやらそれは本当のようだった。
山間部を抜け、なだらかな丘の続く地を暫く進むと前方に小さな
近付いて行くと、番小屋の前には見張り番の男が一人立っているだけだった。
見張り番の男は
「何者だ」
化物は短く答えた。
「巡行中の術師だ。人づてに病んだ娘がいると聞き、ここに参った。俺ならその娘を救ってやれる」
見張り番の男は一瞬目を見開いた後、
質素な
暫くして、見張り番の男は小さく首を振った。
「俺の一存では決められん、主に報告し承諾をとってくるからここで待っていてくれ。分からないことがあれば番小屋の中に別の男がいるからそいつに聞いてくれ」
見張り番の男はそう言って
突如現れた素性の知れぬ術師を招き入れるべきかどうか一族で話合いが続いたのだろう、
ようやく戻ってきた見張り番の男は
「許可が下りた。案内するからついてこい」
見張り番の男の後を静かに追いながら、
そこには自然が織りなす広大な牧草地がどこまでも広がっていた。
足元に生える新緑の絨毯は遥か遠くまで続き、ずっと先にある地平線で天と交わっている。
天には透けた布がふわりと身を
牧草地の間を真っ直ぐに伸びる道の先には、石造りのしっかりとした家々が道をはさんで遠くの方まで綺麗に立ち並んでいた。
一氏族の領地にしてはやけに広い。
どうやらここは琥珀族だけの地ではないらしい。その証拠に番小屋にいた男たちの瞳の色は
恐らく氏族間で身を寄せ合い集落を形成しているのだろう。
ふと、グホンの言葉が頭に浮かんだ。
――一匹も取りこぼさぬ為だ。
そう言って、暗がりの中で口の端をうすく持ち上げたグホンの顔が脳裏によぎり、
その時、吹き渡る風に乗って、日に温められた牧草の香りがふわりと
(住む世が違う……)
ぼんやりと心に浮かんだその感情がつっと化物の胸を刺した。
なぜ娘の状態を病と信じて疑わず呪術の学がないのか、化物はここに来てようやく分かった気がした。
ここにはないのだ。
明日、首を狩られるやもしれぬ恐怖も、
遠くの方で日の光を浴びながら、のんびりと草を
天と地の狭間を悠々と飛んでいく鳥も、足元をゆっくりと這っていく虫も、自らがいかに自然であるかを物語っている。
そう思った瞬間、己だけがぐっと強く後ろに引かれ、景色が急速に遠のいていくような感覚が全身を襲い、
「おい、こっちだぞ」
見張り番の男がいつの間にか立ち止まっていた
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