第38話 光を食らう者たち
霧の中に溶け出した土の匂いと山の精気を含んだ鮮緑の匂いが、濁った腐臭の漂う谷で育った
常人であれば、いつまで歩くつもりか、とぼやきそうな距離を
とうに歩く体力をなくした
――不思議だった。
無防備に背を見せているはずのこの男に、何故か
視界に立ち込める
その男は自らをグホンと名乗った。それ以外は何も知らされなかった。
ふと、前を歩くグホンが足を止めた。
食わねば食われる道理の中で生きてきた
しかし、そんな
「ここが今日からお前たちが暮らす場所だ」
「……」
すっとグホンの大きな背が視界から
大きな門を中心にぐるりと全体が
板塀の高さに目を奪われている
「口はきけるのか?」
上から降ってきたその声に
じりじりと燃え上がる
どちらも目は逸らさなかった。
しかし、自分を見下ろすその
そればかりか、激しく燃える
それに気付いた
「……きける」
久しく声を出していなかったのだろう、それはひどく
屋敷に入り、無理やり湯浴みをさせられてグホンの前に座らされた頃には、おぶわれていた妹もすっかり目を覚ましていたが、母親に
グホンが従者を呼び寄せてそんな二人の前に出させたのは、穀物をどろどろに煮溶かした粥だった。
湯気は立っていない。わざと冷めた粥を出させたのはグホンの僅かばかりの情けだった。
しかし、
「安心しろ、食いものだ。ゆっくり食べろ」
妹は条件反射で口を開け、流れ込んできた粥をゆっくりと時間をかけて嚥下していく。
しかし、数口ほど飲み込んだ後は、もういらぬとばかりに弱々しく首をふった。
どろりとした
――美味かった。
香ばしい穀物の香りとほんのりとした甘さが口内に染み渡り、舌先からゆっくりと胃に伝い落ちていく。
粥が胃に落ちた途端、感じたことのない熱が全身へ広がり、身体の末端を目指して駆け巡っていくのが分かるような奇妙な体験をした。
化物にとってそれは初めての感覚だった。
泥水以外の液体を口にしたことも、腐った獣の死骸や草以外の物を口にしたことも、寒さを
屍で溢れかえったあの谷で、弱った者に群がる獣から身を守っている時も、人さらいの大人たちに牙を剝いている時もこんな思いは決して抱かなかった。
地獄のような酷薄な世界で、温かい何かが身体を巡ることなど決してありはしなかったのだ。
だから、頬を伝うこの温かいものの正体が何なのかすら、化物は知らなかった。
*
それからは厳しい修練の日々であった。グホンの教えには一切の容赦がなかった。
毎日、息も出来ぬほどの痛みに耐え、大量の血を流し、痙攣する身体を無理やり起こされながら刀を握った。
関節を外される嫌な音も、骨が折れる鈍い音も飽きるほどに聞いた。また、泡を吹き、目をむきながら毒にも耐えた。
初めて任務に出たのは、グホンと出会ってから五年の歳月が経った頃だった。
周囲からは、まだ幼さの残る少年のなりをした
今までしてきたこととさして変わりはしない。ただ変わったことと言えば、確実に相手を仕留められる
どれだけの人数に囲まれようが、向かってくるものは全て切り刻んだ。邪魔だと思った者は誰であろうと切り捨てた。
そうして、グホンから伝えられた獲物は一人残らず狩った。
誤解だ、助けてくれと醜く命を
そんなことを繰り返していく内に、
――喚く前に狩ってしまえばいい。
そう気づいてからの化物はもう誰にも止められなかった。
音もなく闇に溶け込む異様さが、
そうして、自分が何者に成ったのかを知ったのは成人の儀が行われた後だった。
グホンは屋敷の一室に
「お前も晴れて今日より立派な
グホンは
「光を狩り食らう為に闇より生まれ落ちたのが我らだ。なあ、
グホンの横でイルが小さく頭を下げたのが見えた。
ついに
グホンは妹を
狩人の屋敷の門をくぐったあの日から、イルも
イルはその名の通り毒の才を発揮し、今ではグホンの
「
そう言って初めて見せたグホンの笑みを、
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