第7話 ラガ・コテル
ムウはざわつく胸中を必死に押さえ、
目の前の山道を頭の隅では捉えているが、一方で意識は全く別のところにあった。
しかし、無意識であっても体は――足は通い慣れた山道を難なく登っていく。
ガルムやミアたちが住む宮から月詠み一族の
山といっても高さはそれほど無く、商人が行き来し易いようにと
とはいえ、溶けては凍って固まった氷上のような雪道を滑らないように慎重に歩きながら、ムウは昨晩の事を繰り返し思い出していた。
――ラガ・コテル(谷に棲む民)
昨晩ミアは聞きなれない言葉を口にした。
「
私はそれがずっと不思議でした。
あの悲劇が二度と起こらないようにと
大書物庫――宮にある建物で建国の歴史やこの国の
ミアは一瞬、様子を
「皇后様がご懐妊されたあの晩、つまり金色の眼の誕生を詠んだ日、私は一種の恐怖を覚えたのです。
──なぜ自分は何も知らない言い伝えを、何の疑いもなく易々と信じているのだろうかと」
ムウはその言葉を聞いてはっとした。先ほど寝具の上で掴み損ねた違和感を、姉は随分前から気付いていたのだ。
「それから私は大書物庫を諦めて、少しずつ街に出向き情報を集める事にしました。
そんなある日、オルガ・ヤシュ(
ムウとガルムは揃って眉根を寄せた。
一つの場所にはとどまらず、大陸を渡り歩きながら人々を楽しませるのを
ムウもガルムも一度、宮の
弦が張られた楽器や、息を吹き込むと音の鳴る細長い楽器を奏でながら、舞台の上では次々と物語が演じられていく。
口から紡がれる旋律は何とも言えない心地よさがあり、それぞれの場面に応じて変わっていく声色に魅了され、食事をするのを忘れて物語に引き込まれたのをムウは思い出した。
「
そこで私は〈ラガ・コテル〉と言う存在を知りました。彼らは〈谷に棲む民〉と呼ばれ、この大陸の北方の谷でひっそりと暮らしていると言われています。
ミアは一気に話終えた後少し間をあけて、やがて困ったように呟いた。
「ただ……彼らが今どこの谷に棲んでいるのかまでは分からないとのことでした」
ミアはそれきり口を閉ざし、再び静寂が三人を包みこんだ。
三人は一つの蠟燭を見つめながら、思い思いに思考を巡らせて暖炉から聞こえる薪の爆ぜる音だけを静かに聞いていた。
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