第2話 序章

 ミアはかたわらに置いていた蠟燭の灯りが一瞬大きく揺れたのを見て、顔を上げた。

 読んでいた書物に素早く薄い板を挟みながら、眉根を寄せた。

「どなたですか?」

 警戒心を悟られぬようになるべく穏やかな口調で、扉の向こうの人物に声をかける。

(こんな時間に人が訪ねてくるなんて珍しい……)

「ムウです」

 その声を聞いた途端、ミアは驚き足早に扉へと向かった。

「ムウ! 久しぶりね。元気にしていた? こんな夜中に一体どうしたの」

 ミアは急いで扉を開けて、ムウを中に招き入れた。

「お久しぶりです、姉さん」

 ムウがそう微笑むと、ミアはムウの顔にそっと両手を添えて、会いたかったわと呟いた。

 そして、二人は額と額をつけて、月詠み一族特有の家族の挨拶をかわした。


 冷え切ったムウの身体を温められるようにとミアが暖炉に薪を足し、火をくべている姿を見ながら、ムウはやっと今回のことを冷静に整理し始めた。

「姉さん、月が──」

 ムウが言い終わらないままに、ミアはゆっくりとムウの方に顔を向けると、静かに口を開いた。

金色こんじきまなこのことね」

「知っていたのですか!」

 ムウは驚き、姉に詰め寄った。

「声を抑えなさい、今まであなたが知っていて私が知らなかった事などないでしょう」

 ミアは凛とした口調でムウを制した。

 ムウは何か言おうと口を開きかけたが、思いとどまって口をつぐんだ。

(間違いない、今まで一度もこの姉に勝てたことは無い……)

 ミアは静かな口調で続けた。

「私たち月詠み師は、月からこれから起こる事を詠む、けれどそれは決して真実とは限らない、そう教えられたはずよ?」

 ミアはさとすようにムウに問いかけてから、暖炉の前に置かれた椅子に座るよう促した。

 その時ムウの頭の中で聞き慣れた声がこだました。


――ムウよ、月のきらめきを詠め、月の音色を聴け、月は全てを照らし、多くを語る。しかし、それだけが真実ではない。真実とは刻一刻と変化し様々なものを纏って雲隠れしやすい。決して表面だけを見るな。全てを慎重に詠め。


 遠い昔、父に教えられたこの言葉は今もムウの中でずっと生きていた。

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