第3話 月詠みの一族

 ムウやミアは月詠つきよみの一族であり、人々からは〈月詠つきよ〉と呼ばれている。

 月詠みの一族とは、月の光や満ち欠け、特殊な月の音色を聴き、これから起こりうる未来を詠む事が出来る一族のことである。

 長く続く歴史の中で先祖代々みかどに仕え、まつりごとや戦、恐慌などあらゆる場面でこの国を支え続けてきていた。

 中でも、ミアは誰よりも正確に月を詠む。その才が認められ、現在は先代の月詠み師――ムウやミアの父――に代わり帝に仕えていた。


 ムウは姉に促されて、しぶしぶ椅子に腰を下ろしながら、あまりにも落ち着き払った様子のミアに疑問を覚えた。

金色こんじきまなこの伝説は、ただの言い伝えだとお思いですか?」

 姉ほどの才を持ちながら、これから起こり得る事態を予測出来ないはずが無い……。

 それを聞いたミアは暖炉から離れると、ムウの問いに対して静かに首を振った。

「いいえ、そうじゃないわ。今回はあまりにも情報が無さすぎるのよ。伝説は長い年月をかけて折れ曲がり、真実が隠されてしまうことが多いから……」

 そう言うとミアは深いため息をついて、窓の外に目をやった。それを追うようにしてムウもまた窓の外へと視線を移した。

 遠くでは、煌々こうこうと照らされた帝達の住む宮殿がそびえ立っている。

 ムウは何度見てもこの景色に慣れなかった。

 宮殿を取り囲むようにして正確な円を描き、帝直属の衛兵や付き人、医者達が寝泊まりしている建物が等間隔に建ち並んでいる。

 それぞれの建物は渡り廊下で一繋ぎになっていて、宮に住んでいる者なら誰でも自由に行き来できるようになっていた。

 円の中心には立派な中庭があり、手入れの行き届いた木々や花々が植えられている。

 ここから見える景色は、この国に住むものなら誰もが一度は拝みたいと噂するほどの絶景であった。しかし、あまりにも正確なこの円がどことなくムウは嫌いだった。

 そして、ムウ達がいるこの建物は代々月詠み師に与えられた建物であり、宮殿からは一番離れた場所に立っている。

 天高くそびえ立つ円柱状のこの建物は、外者よそものからすれば異様なものに映るだろう。

 束の間、二人は無言で宮殿を見つめていたが、やがて、ミアは静かに話し始めた。

金色こんじきの瞳を持つ赤子が生まれるかもしれないと詠んだあの晩、私は帝にお伝えすることを一瞬躊躇ってしまったの……。長年、世継ぎを身ごもる事が出来なかった皇后様と一緒に、苦悩の日々を過ごしておられたのに、天が与えた運命は余りにも惨い結末だったのだから……」

「しかし!」

 ムウは興奮しながら姉の話をさえぎろうとした。

「話は最後まで聞きなさい」

 呆れた顔でミアは話を続けた。

「お話したのよ、帝に。伝説にある金色こんじきまなこが生まれるだろうと。ただし、この先本当に、伝説通り災いが起きるかどうかはまだ詠めていないという事も合わせて。ムウ、あなたもそうでしょう?」

 ムウは確信を突かれてしまい、黙ってしまった。

「月は日々姿を変えるもの、ほんの少しの満ち欠けや音色で先に起こる事は変わるのよ。それに、人々は多くの選択肢の中から己で考え、判断し、未来を選ぶ。その選択によっても未来は大きく変わってくる。例えその選択が誤っていようともね。だから帝は私にこうおっしゃったの」

――今後の月を慎重に詠んでくれ、変化があればすぐに知らせて欲しい。その先に何が起きようとも私はそれを受け入れる。決して己の為だけに民を見捨てることは無い。

 ミアはその時の帝の覚悟を伝えるように、強い眼差しでムウを見つめた。

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