月詠み師ムウ―金色の眼―

浦科 希穂

第一章 出発

第1話 序章

 金色こんじきの瞳に魅せられし一人の狩人かりびと罠にはまる。

 狩人その後、戦に駆られ鮮血まといて災いと成る。

 数多あまたの屍、劫火ごうかに焼かれ金色こんじきまなこは天を仰ぐ。

 あおまなこ集いて、狩人死すも

 金色こんじきまなこは雲をまといて姿を消した。

 裏切り者のまなこの行方――これ月のみぞ知る。

                   

        サリョ大陸の伝承より一部抜粋




 月の光がぼんやりと夜の闇を照らしている。

 穏やかな風に雲が乗り、ゆっくりと移動しながら時折月を隠して流れていった。

 眼下では凍てつく寒さの中を一人の男が足早に山をくだっていた。

 足首まで積もった雪に足を取られないよう、はやる気持ちを必死に押さえながら先を急いでいる。

 寒さ除けにと分厚いころもまとっていたが、寒さは衣を突き抜け肌を刺し、浅く吐く白い息は幾重にも重なりながら夜の闇に吸い込まれていった。

 肺の中は凍るように冷たく、雪が染み込んで濡れた足先は感覚を失っていたが、男の額にはじっとりと汗が滲んでいた。

(商人が通るならされた道では遅い)

――急がねば。

 男は歩道から脇道にそれると、慣れた手つきで伸びた草をかき分けながら斜面を滑るように進んでいった。

 時折、細い枝が頬をかすめてはピンと弾け、雪を落としてきらめいた。



「謁見、願う……」

 男は息を切らしながら膝に手をつき、門番の男にそう伝えた。

 暗闇から突如現れた男に門番は何事かと眉をひそめたが、男の顔を見るなり慌てて背筋を伸ばして敬礼をした。

「失礼いたしました、月詠つきよみのムウ様。緊急でしょうか?」

 ムウと呼ばれた男は息を整えると、すっと背筋を伸ばして門番に告げた。

「緊急事態だ、すぐに帝にお会いしたい」

 そう伝えた瞬間、ムウは門番が一瞬戸惑ったのを見逃さなかった。

「何かあったのか?」

 焦る気持ちを必死に抑えながら、出来るだけ優しい口調で訊ねた。

「……大変申し上げにくいのですが、皇后様のご出産のため、本日の謁見を全てお断りされております。もう間もなく生まれるとの情報が」

 門番はバツが悪そうに口ごもっている。

(遅かったか……)

 ムウは小さく舌を鳴らした。

「分かった。赤子を取り上げてからでいい。帝にムウが来ていると伝えてくれ、私はミアの所にいると」

「はっ、承知しました」

 門番は門の上の監視係に合図を送ると一礼して、足早に去って行った。

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